「君の隣りで、また全国へ行きたいんだ」

手塚にそう伝えてから3年の月日が経った。
その言葉通り、僕は手塚と共にインターハイの切符を手にした。
ソラの裏側
手塚が越前と共に去って行くのを見送ると、僕は踵を返して歩き出した。
ポケットから携帯電話を取り出し、自宅に電話をかける。

1コール
2コール
3コール……

『はい、不二です』
「あっ、裕太?僕だけど…」
『なんだ、兄貴かよ。誰に用?母さん?』
「ううん、裕太に話があったんだ」
『俺に?』

意外そうに言う裕太に、くすっと笑う。

「今日の対戦相手、越前だったんだ」
『えっ、マジ!?』
「やっぱり越前って強いや」
『以前この話をした時は、“青学”って言ってたよな、兄貴』
「うん、そうだね。もちろん、青学も強かったよ?」
『そうかよ…』

そう言えば、ルドルフは今年も、青学に負けたんだっけ?
裕太の不機嫌な声の理由を考え、笑っていると電話越しに、裕太に怒られた。

『なぁ、兄貴』
「何?」
『今度、こっちに帰ってきたら…』
「帰ってきたら?」
『試合、しような』
「いいよ」
『今度こそは、俺が勝つからな』
「そう簡単には、いかないと思うよ?」
『やってみなきゃわからねぇだろ?だから…、早く帰って来いよ』
「うん。じゃあ、またね」
『待ってるからな!』

裕太の真剣な声に、胸の奥が熱くなったのを感じた。

「ありがとう、裕太」

そう言ってボタンを押すと、画面はいつもの写真に戻った。



期待していなかった…。と言えば嘘になってしまう。
3年間と言うリミット。
その間、手塚に1番近い存在になりたい。
そう思ったのは自由でも、叶えるのは自由ではなかった。
その事を最も良く分かっていたのは、他ならぬ自分自身だった。
きっと越前は、どんなに離されても、すぐにココまで来る。
だからこの機会を逃したら、次は無いと思った。



「ねぇ、手塚」
「なんだ、不二か」

部員達が居なくなった部室で、グリップテープを巻いていた手塚を見て、丁度いい機会だと思った。手塚は普段、人前で立ち入った話をするタイプではなく、面と向かって話さないと本音を聞けないタイプだったからだ。

「最近さ、なんか変じゃない?」
「何がだ?」
「時々、僕等の声が聞こえてないんじゃないかと思う時があるんだよね。なんか悩み事でもあるの?」

少し考える様に黙ったから、何か大切な事なのはすぐにわかった。
顔を上げて、僕を見た時の顔は本当に真剣で、少し怖かった。
一体、何を話すつもりなのかと…。

「実はな…」

僕だけに話してくれた、手塚の胸のうち。
長崎にある高校に進学をしたいと言う気持ち。
そしてその事を誰にも、まだ述べていないという事実。
僕はこの時決めたんだよ?
手塚は知らないだろうけどね。



全国大会も終わり、部室の片付けをしてる時だった。

「手塚、僕も君と同じ学校を受けるから」
「なっ…」

驚いた手塚に、いつものように笑いかけたっけ…。

「君の隣りで、また全国へ行きたいんだ」

その言葉に嘘は無かった。
手塚国光は、僕が認める数少ない選手の一人だったし、どうせ全国へ行くのなら強い者と一緒に頑張りたいと思ったんだ。

そう言えば、手塚の事を気になりだしたのもそれがきっかけだったと思う。
中学に上がるまで、自分より強いと思えた選手はほとんどいなかった。
でも手塚の試合を見た時、胸の中でなにかが弾けた。
それは自分も戦ってみたい。手塚にテニスで勝ちたい。
そう言った願望だったと思う。

その気持ちが次第とこの気持ちに変わってきたのは、そう…。
越前が入学してきてからだと思う。
越前は手塚みたいに強い選手だった。
どんなに突き放しても、あっという間に追いついてくる。
それだけでわくわくしたけど、それと同時に胸騒ぎを覚えた。
皮肉だよね…。
越前が来なかったら、僕はこの気持ちに気付く事は無かった。
でも越前がいたから、手塚は越前を好きになった。
僕の事は目に入らなくなった。

手塚、知ってる?
この3年間、君の近くに一番多くいたのは僕だったよね。
でも僕の事を見てない時の君は、まるで知らない人のようだったんだよ。
それがなによりも怖かった。
だってそういう時、君の心を占めていたのは越前だったからね。
だから言えなかったんだ。
自分の気持ちをさ…。
このまま思っていても このまま近くにいても このまま見つめてても
自分の気持ちが伝わらない事は知ってたよ。

「悪かったな、不二。こんな事に巻き込んでしまって」

2年前、越前が長崎に尋ねてきた時、手塚はすまなそうに僕に言った。
越前と同じくらい傷付いているのはずなのに、僕の事を気遣う手塚の言葉に、僕は自称気味に笑った。

「僕のは、ただの我が侭だからね…」

そう、ただの我が侭だったんだ。
手塚の脇に居て、自分が1番手塚に近いと勘違いしていたかった。
叶う事の無い夢だと分かっていたから、都合の悪い事はすべて忘れた。
手塚の気持ちとか、越前の気持ちとか。
忘れられる事は全部、忘れたんだ。



結局、手塚は越前の物になっちゃったな…。
いや、ちょっと違うか。
元々、あの2人はお互いの事を1番大切に思っていたんだよね。
ただ2人とも不器用だから、あんな事しか出来なかっただけなんだよね。
だとしたら、僕はいらない道化だったのかな?
2人の仲を裂こうとして、失敗した道化。
この夕日は終わりの幕で、僕の出番は終わり。

そう思うと、妙に心が痛かった。
夕焼けが眩しすぎて、涙が零れた。
もし今が月も出ていない真っ暗な夜なら、この涙も誰にも見られないのに…。
そう思ってしまうのは、僕の我が侭なのかな。



END





モドル