同じソラの下
それから時は流れ、3年後の8月某日。
○○県××市 総合体育大会 テニス会場

『これよりシングルス2の試合を始めます。両選手、前へ』

審判に促がされ、不二と越前はコートに立った。

「3年ぶりっスね。不二先輩と試合するの」

3年前 都大会後半準決勝前日、不二と越前は紅白戦で一戦を交えていた。
どちらも一歩も譲らぬ激闘。
あの時は突然の雨で決着をつけられず、その後二人が試合をする事は無かった。

「そうだね。今度こそ、決着をつけようか」

誰よりも勝負をしたいと思ってきた相手だからこそ、この一戦は負けられない。二人は共通の思いを抱いていた。

『これより第4試合シングルス2を始めます』

越前と不二がポジションにつく。越前はセンターよりに立ち、不二はサーブに備えラケットを構える。

『ザ・ベスト・オブ・1セットマッチ 青学サービスプレイ!!』

ポーン ポーン ポーン

リズミカルにボールを跳ねらせ、越前はツイストサーブを繰り出した。
不二の顔面に向かって跳ね上がるボールを、不二は逆クロスへと返す。あの不二相手にツイストサーブが軽く決まると思ってはいなかった越前は、それをスライスで不二の足元へと打つ。深く返されたボールに不二はタイミングを見計らう。その間に越前はネットに詰めて来た。それは3年前同様、攻撃的な態勢だった。

やっぱ不二先輩には攻めあるのみっしょ。

不二がリターンしたボールを越前は絶妙なロブで返す。
そんな越前の脇を、不二がリターンしたボールが通過した。

『0-15』

不二の打ったストレートパスが決まったのだ。

俺の脇を抜くなんて…。やっぱ面白い!

ポーン ポーン ポーン

ツイストサーブを打つと再び越前は前に出てきた。今度は越前の足元へとリターンする。
越前は待っていましたと言うようにスライディングをし、ジャンプをする。

「ドライブB!」

右コーナーへと狙いを定め力一杯に振りぬく。だが不二のラケットがボールを捕えた。
そして不二のショートクロスが決まった。

『0-30』

「今回は完璧に決まった様だね」

3年前にも同じ様にドライブBを打たれた不二。その時は持久走後の体力を消耗した越前のドライブBだからなんとか返せたが、あの時は特に攻略法も見つからなかった。
しかし3年と言う間に、不二はいつか越前と戦う時の為、攻略法を考えていたのだ。

どうする?越前

ネットを挟んで反対側にいる越前に視線を移す。
すると不二の視線に気付いたのか、二人の目があった。

……笑ってる?

そう越前は笑っていた。
それは純粋に、このゲームが楽しいと言った笑い。
どうやって不二の脇を抜くか。どうやって1ゲーム取ろうか。
越前の目は輝いていた。

「次、行くっスよ」

ラケットは左手のまま、越前はセンターへと深く、速く打つ。不二はスライスで越前を前に越させない様にするが、越前は気にせずに責めてくる。
そして不二もネットへと詰め寄る。
越前の打ったボールは不二のラケットのスイートポイントに当たり、不二は力強いリターンを決める。
しかし越前は高く弾んだボールを、一番高い所で打ち込む。

『15-30』

越前のグランドスマッシュが決まったのだ。

『15-40』

『30-40』

『40-40』

お互いにポイントを取って行く。

『ゲーム青学 3-2』

『15-0』

『30-30』

どちらも一歩も引かず、ゲームは展開して行く。
越前の打ったジャンプスマッシュを返す不二。不二のボレーを拾う越前。
決め球のはずである球ですら、二人はお互いに拾い、相手コートにリターンをする。


ラリーを続ける越前の頭に、開会式の帰りの事が蘇る。

「手塚先輩!」

丁度手塚が、自動販売機で飲み物を買っている場面に遭遇した越前は、声をかけずにはいられなかった。

「俺、明日の試合、もちろん勝つ気でいますから。先輩に、この3年間で成長した俺を見てもらいたいから。だから俺が勝った時、俺の質問に答えて下さいね」

越前の懸命な声に手塚は答えようとしたが、越前はそれだけを言うと踵を返し歩き出してしまった。そんな越前に手塚は手を伸ばしたが、その手が越前を掴む事は無く、行き場を失った手をぎゅっと握り締めた。
もちろん越前はその事は知らない。



俺は絶対この試合に勝つ!

それは自分へのけじめであると同時に、自分が今、ここにいる存在理由。
越前のラケットのヘッドがわずかに下がった。

ポンッ

ネットを越えたボールは真っ直ぐ落下し、ボールはネットに吸い込まれる様に戻った。
手塚の得意としていた、ドロップショット-伝家の宝刀-だ。

『30-40』

「あと少し…」

少し前に構え、不二からのサーブを待つ。
小気味のいいインパクト音がし、ワンバウンドしたボールが左に切れる。変化球だ。越前はそれをクロスへと返す。バックスピンのかかったボールはネットすれすれを通過し、不二の足元に返る。
そしてまたしも、長いラリーが続く。



そしてボールが綺麗な弧を描いて決まった。

『ゲームセット!』

審判の声が会場に響き渡る。

『ウォンバイ青学 越前 ゲームカウント 7-5!!』

審判のコールが言い終わると同時に観客達から拍手のシャワーが降り注ぐ。

越前は肩で息をしながら、反対側のコートにいる不二の事を見た。
不二も同じく乱れた息を整えていたが、こちらの視線に気付いたのか、にこりと笑いを返した。その笑みは結果はどうであれ、越前との試合に満足した事を表しており、越前もそれは同じだった。
越前も不二もある程度呼吸が整ったところでネットに近寄る。不二は越前に手を差し出し、先に握手を求めてきた。越前もそれに答えるため手を差し出す。

「また負けちゃったね…。残念だけど」
「えっ?」

不二の言葉に、越前は不二の顔を見つめた。

「またってどういう事っスか?」

以前の試合は不二の優勢で中断となっていた。だから“また”と言う言葉が当てはまらない。しかしそれ以外に心当たりの無い越前に対して、不二はにっこりと笑う。

「すぐにわかるよ」

不二の言葉に疑問を持った越前だったが、その疑問は全て次の試合を見ていたら吹き飛んでしまった。

3年ぶりに見る手塚の試合。あの頃でさえ、自分より強く、追い越す目標だった手塚はこの3年間で、また一回りも二回りも成長していた。
サーブからリターンに至るまで、プロとしても通用する実力。
青学のシングルス1である部長の倉碕は千石や跡部、立海の真田、柳同様にJr.選抜にも選ばれたほどの実力の持ち主だ。アグレッシブ・ベースランナータイプで、元は九州の選手だ。高校から青学に入り、その実力で青学の部長となった。越前も何度か対戦した事があり、倉碕の力は知っている。
しかしその倉碕ですら手塚ゾーンにはまったり、サービスエースを取られたりと苦戦を強いられた。

結局、ゲームカウント 6-2と、手塚の圧勝だった。
青学のインターハイは、幕を閉じた。



「おい、越前」

脇を歩く桃城が越前の名を呼んだ。

「何っスか?桃先輩」

桃城は声を立てず、左を指差した。
そこには手塚と不二が立っていた。

「手塚先輩…」

手塚があそこに居る理由はただ1つ。自分を待っている。

「じゃあ俺らは先に宿に戻ってるからな。先輩達によろしくな」

越前の背中をぽんっと押して、桃城は他のメンバー達と行ってしまう。
越前は手塚達に向かい歩き出した。

「やっと来たみたいだね」

先に気付いた不二が手塚に言う。

「さっきはどうも」
「こちらこそ」

越前と不二が、先ほどの試合について幾つか言葉を交わす。

「そう言えば手塚先輩」

思い出したように、視線を手塚に移す。

「さっきの試合、お疲れ様っス」
「あぁ」

手塚はそれ以外、越前に何の言葉もかけず、不二に向き直る。

「じゃあまたな、不二」
「うん。また後で…」

それだけを言うと、手塚は不二を残して歩き出した。
その後に越前は無言で続いた。

しばらく歩き、手塚の足が止まった。そこは少し高台にある公園の一画。西日が二人を照らしている。手塚は越前に背を向けたまま、市街を見つめていた。

「3年前、俺が九州に行っている間、お前の活躍は大石達から聞いていた」

ゆっくりと手塚が話し始めた。

「お前は俺が言った通り、青学の柱となり全国へと導いた。俺はお前のその力が世界に通用する事を知っていた。これから多くの選手達と戦い、よりその力を伸ばして欲しいと思った」
「初めて聞いたっス」

普段、手塚とこれからの事について話した事は皆無だった。

「あぁ、これは誰にも言った事は無い」
「不二先輩にも?」

手塚と共に長崎の高校に進学した不二。
越前はこの3年間ずっと、不二も手塚の事情をしているものだと思っていた。
だからこそ、この手塚の言葉に驚きを隠せなかった。

「あぁ…。不二には、長崎の高校に進学する事を考えてるとしか言ってなかった。あいつにも、すまなかったと思っている」

そこまでで言葉を切ると手塚は越前に向き直った。

「すまなかった、越前…。俺はお前の可能性を摘みたくなかったんだ。俺のエゴかもしれないが、俺がお前の前に居る事によって、何かしらの影響を与えると思ったんだ。それは良い方向に進むのならいいが、逆に悪い方向に進むかもしれないと…」

手塚の言葉に越前は"なんだ…"と呟く。
わかってしまえば簡単な事で、知らなければいつまでもあのままだったのだ。
それでも自分の気持ちを、手塚の事を信じてここまで来た価値はあった。

「先輩って本当に不器用っスね」

生意気な口調に反して、越前の顔には安殿の表情が見られる。

「ねぇ、質問してもいい?」
「なんだ?」

越前が自分に質問をしたい事が、山ほどあるだろうと手塚自身も思っていた。
それを作ってしまったのは自分なのだから仕方が無いとも…。

「本当は一杯あんたに聞きたい事があったんだけど、1つだけでいいや」

そう言って、手塚の顔を見つめる。

「これから先、また俺の前からいなくなる予定は?」
「それは…、無い」

力強く、手塚は答えた。
3年前ですら悩んだ事。それは越前に何も言わずに、長崎に行く事だった。
越前がどれだけ傷付くかも分かっていた。それでも手塚は越前の為を思い、長崎に来たのだ。

「そっか。まぁ…」

言葉を切って一歩、ニ歩と手塚に近付くと、3年前よりは差は縮まったものの、まだ自分より背の高い手塚の胸に左手の握りこぶしをトンっと当てる。

「どんなに離されても…。俺はあんたを追いかけるから…」

この3年間の俺がしてきたように、俺はあんたを追うから。
どんなに困難な道でも、諦めるつもりはないから。

「だから俺から逃げられると思わないで下さいね」

下から見上げる様に手塚の顔を見つめ、にやりと笑う。

「あぁ…。そうだったな」

手塚も越前と言う少年の性格を思いだし、苦笑する。

どうして今まで気付かなかったのだろう。
そう思いつつ、手塚の長い腕が越前を包み込む。



遠くにいて、実は近い存在。近くにいて、実は遠い存在。
近くに居ると見えなくなり、遠くに居ると忘れてしまう。
それほど人間とは、難しい生き物。
だから二人で居る事が必要なのかもしれない。
自分という人間を必要とし、また自分も相手を必要とする。

「まだまだだね」

越前の声が優しい夕日に溶け込んだ。


END





モドル