同じソラの下
「越前!」

声のした方を見ると、息を切らし肩を上下させている手塚がいた。

「どうしたんっスか?そんなに息を切らして…」
「待ち合わせの…時間に遅れたからなっ…」
「待ち合わせの時間って…」

ポケットから携帯電話を取り出して見ると、1時42分。
待ち合わせの時刻は30分で、5分前行動の手塚にしては珍しく遅刻だった。

「悪かったな。出かけ際に、ばたばたしていたものだから…」

本当に申し訳なさそうに言う手塚に越前は、ふっと笑った。
普段、越前が遅れた時は"次からは気をつけるんだぞ"と言って許してくれるのに、自分がたかが10分遅れただけで、こんなにも申し訳なさそうな顔をするなんて、真面目な手塚らしい思ったのだ。

「先輩、そんな事はいいっスから。映画、見に行くんでしょ?」
「あぁ…」

街はカップルで溢れていた。それもそのはず、今日は12月24日-クリスマスイブだ。
諸外国と違い、日本では家族とではなく、恋人とクリスマスを過ごす者が多い。
その為、すれ違う者の多くは幸せな笑みを浮かべる恋人達だった。

「どうしたんっスか?先輩」
「いや、恋人達が多いからどうしたのかと思ってな」
「イブだからっしょ?」
「なんのだ?」

意外そうな顔で聞き返してくる手塚に、越前は気付かれない様に小さく溜め息をついた。

「先輩、今日何日か覚えてる?」
「あぁ、24日だ」
「普通、12月24日って言ったら、クリスマスイブっしょ」
「そうか?」
「そうっスよ」

何を言ってるんだ、と言わんばかりに手塚の事を見ると、手塚は何か考えてる様な顔をしていたが、何かに気づいたように口を開いた。

「うちは仏教で、関係無いからな。それに…」
「それに?」
「俺は、お前の誕生日しか思いつかなかった」
「なっ…」

思ってもいなかった言葉に越前は言葉を飲み込むと、少し俯きかげんに歩きだした。

「どうした、越前。下を向いてると人にぶつかるぞ?」

人通りの多いこの道で、人にぶつからない様にと越前の腕を掴むと、上目使いに越前は手塚を見た。

「反則っスよ。そんな事言うなんて…」

越前のぼそっと言った言葉に、手塚は越前は照れていた事を悟ると、手塚の口元が少し弛んだ。

「ハッピーバースディ、越前」

ロッマンチックの欠片も無いこんな街中で、お祝いの言葉を言われただけなのに、越前は自分の顔が酷く熱を帯びているのを感じた。



そして次第に覚醒していく意識。
越前は歪んだ視界を元に戻す為に、目を擦った。どうやらバスに揺られながら懐かしい夢を見ていたらしい。そして頬がかすかに濡れている事に気付き、袖で拭った。
料金表の脇に出ている文字は越前は降りるところのバス停の名だったので、越前は取りあえず安心した。
窓の外を見ると、空には飛行機雲が一筋走っていた。

目的のバス停で降りると、彩菜に書いてもらった地図を頼りに、越前は手塚の暮らしているアパートに向かう。手塚の住むアパートは、彩菜の説明によるとバス停から10分程度の距離らしい。はやる気持ちが越前の歩くスピードを上げる。

コーポ真田。手塚の住んでいるアパートだ。
越前は階段を一段一段、踏みしめる様に上がる。2階の端から3番目の部屋。ドアの脇にかかっているネームプレートには手塚国光と、綺麗な文字で書かれている。
越前は意を決してドアを叩こうとした時、中から話し声が聞こえ、勝手にドアが開いた。

「えっ?」

中から出てきたのは手塚ではなく、不二だった。

「越前?」

なぜ東京に居るはずの越前が、ここ長崎に居るのかと驚いた顔をした不二だったが、不二も越前と手塚が付き合っている事を知る者の一人だ。
刹那に理由を察したのか、にっこりと笑った。

「手塚、お客さんだよ」

部屋の奥にいる手塚に声をかける不二。
そして奥から出てきた、久しぶりに会った恋人の表情に越前は傷付く事になった。

「越前、どうしてここに…」

それは驚きと言うよりバツが悪いと言った感じだった。
本来、恋人が尋ねてきたのであれば、嬉しいものであろうが、手塚にとって突然の越前の訪問は、そんな甘いものでも無いと言う事を示していた。

「先輩…」

なんと言っていいのか分からず、ぽつりと越前の口から漏れる。
その声は越前の心境を現しているようで、酷く頼りないものだった。
そんな二人の間に立っていた不二だが、お互い何も言わない越前と手塚の顔を見比べると、その場でもっとも有効と思われる提案をした。

「取りあえず、上がってもらったらどうかな?手塚」
「あぁ、そうだな…」

不二の提案に同意した手塚であったが、そのさえない表情に、越前は心の中にしまい込んだ不安を拭い去る事が出来なかった。

テーブルを挟んで越前と手塚が向かい合って座る中、不二はキッチンで紅茶を入れていた。そんな不二を見て、越前の謎は深まるばかりだった。
なぜ、自分がずっと知らなかった事実を不二が知っていたのか。
どうして自分ではなく、不二が手塚の隣にいるのか。
数多の疑問が越前の頭の中を駆け巡っる。
しかしそのどれ一つとして言葉になる事はなかった。

「はい、越前」

不二の言葉に、越前は急にこちら側に連れ戻された感覚を受けた。
コトッと目の前に出されたティーカップ。中にはあめ色の紅茶が注がれており、その水面に、不安そうな顔をした自分が映っていた。

「それで、越前は急にどうしたの?」
「えっ、あっ…」

越前は思い出した様に自分の鞄の中から彩菜に渡された封筒を取り出すと、テーブルの脇に置いた。

「これを手塚先輩のお母さんから預かってきました」

それだけを言うと、越前は俯いて口を閉じた。
手塚はその袋の中身を確認すると、一通の手紙が入っていることに気付き、すぐさま封を切って中身を確認した。

「母が無理を言ってすまないな…」

さっと手紙を読み終えた手塚から越前へねぎらいの言葉がかけられる。
しかし手塚のその言葉に越前はガバッと顔を上げると、じっと手塚の事を見つめた。

「そんなんじゃないっス。そんなんじゃ…」

越前の必死な表情に不二は静かに言葉をかける。

「もしかして、手塚に会う為にわざわざ来たの?越前」

不二の言葉に、越前はこくりと頷いた。
そんな越前の反応に、不二の大きな溜め息をつく。

「越前はもう少し賢いと思ったんだけどな…」

思いがけない不二の言葉に、越前は怪訝な顔をする。

「どう言う事っスか?不二先輩」

じっと見つめる越前に、不二は以前のように笑みを返した。
それは天使の笑みのようであり、悪魔の微笑みのようでもあった。

「手塚はね、君じゃなくて僕を選んだんだよ」

信じられない言葉に越前は頭の中が真っ白になるのを感じていた。
そして"気付かなかったの?"と追い打ちをかける不二の言葉に、越前は視線を手塚へと移した。

「本当…っスか?」

一緒に不二の言葉を聞いていたはずなのに、手塚は先ほどから殆ど口も開かずにいる。
不二の言葉を否定もせず、手塚は越前の言葉にも答えようとしない。
その現状に痺れを切らしたのは越前だった。

「本当なのかって聞いてんだよ!」

バンッと手でテーブルを叩いた衝動で、カップの紅茶が少しソーサーの上に零れた。
しばらくの間、三人の間に無言の時が流れる。
そしてその静寂を破ったのは手塚の一言だった。。

「すまない、越前…」

1番言われたくなかった言葉に、越前は手塚に食いかかった。

「どう言う事?ねぇ、訳わかんないっスよ!どうして何も言わないんっスか?少しは弁解したらどうなの!?ねぇ!!」
「青学の事は頼んだぞ…」

全てを拒むような手塚の言葉に、越前は手の平に跡が残るほど手を握り締めた。
それは怒りなのか、悔しさなのかわからない。
それでも越前は、手塚の事をずっと睨む様に見ていた。

「わかりました。俺、もう帰ります。失礼しました」

そう言って自分の鞄を持つと、越前は玄関に向かった。
ドアの前で一度だけ、自分の顔を見ようとしない手塚の事を再度見つめると、やるせない表情で出て行った。



「すまない、越前」

ドアが閉まった事を確認すると、先ほど越前に言った事と同じ言葉を手塚は呟いた。
その言葉は越前へと言うよりも、自分自身へ言っているようだった。





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