バイト上がりの聖夜
ジングルベル、ジングルベル、鈴が鳴る。
そんなリズミカルな音楽が街を満たす12月。
大学の授業も冬季休講となり、俺はコンビニでのバイトに精を出していた。


「神尾君、上がる前にデザートの補充だけ手伝ってもらえる?」
「わかりました」

店長から頼まれたコンテナを持って、デザートを陳列するケース前まで移動する。
クリスマスを意識したデザートは、真っ赤な苺と相反する白いクリームで飾られた定番のショートケーキから、雪化粧のように粉砂糖をまとったチョコレートケーキのシックなものまで様々だ。
帰りには、お付き合いで購入したホールのクリスマスケーキがあるとは言え、色とりどりのケーキを目の前にしていれば、心は踊る。
別に可愛い彼女がいなくとも寂しくはないと、わざわざ言うつもりはないが、バイトの子たちはそういった理由でシフトを外している子が殆どだ。
主婦のパートさんも、家族の為、夕方にはシフトを終えて家に帰っている。

俺の場合、一緒に過ごすような可愛い彼女もいなければ、今年は銀婚式だからと両親は二人で旅行に行っている。
出かける前に、おでんを仕込んでおいたからと、母さんからメールが入っていたのは、お昼前の事。
姉貴も彼氏とお泊りだと、昨日張り切って準備をしてながら言っていた為、決して広くはない家に誰もいない状況だ。
別に海外みたいに、クリスマスは家族で過ごすものとは思わないが、あまりにも一人ぼっちな状況に、レンタルショップで映画をまとめ借りをしようと決めたのは、1週間ほど前の事だ。

バイト先の制服を脱ぎ、今年新調したダウンジャケットを着こむと、片手に6号サイズの苺のデコレーションケーキを持ち、自宅へと急ぐ。
口から吐き出される息は、白く冬の夜空を彩り、首元にまいたマフラーを右手で口元まで寄せる。
にぎやかな商店街を抜け、住宅地に入ればクリスマスの飾りつけをしている家もいくつかり、目を楽しませている。
等間隔で並ぶ街灯の下、角を曲がり500mほど歩けば自宅だというところで、一人電柱の脇に佇む人がいるのに気付いた。
こんな寒い日に酔狂なと思い、隣を通り抜けようと思ったところで、ぐっと腕をつかまれた。
ひったくりか?と訝しげに相手の顔を見れば、そこには見知った顔があった。

「イブにバイトとは、精が出るな」
「イブに待ち伏せしている奴の方が、精が出るだろうよ」

グレーのPコートにワインレッドのマフラー。
俺が身に着けているような安物ではなく、ちょっとしたブランド物と分かる服。
認めたくないが10人中10人がイケメンと認める容姿をした男、それが目の前にいる跡部景吾だった。
何もクリスマスイブの夜に、一人住宅街で、バイト上がりの男を引き留めなくともいいだろう。
これが駅前だったら、間違いなく可愛い恰好をした女の子たちから声がかかっているはずだ。
残念ながら、住宅街のここでは、そういう女性陣はいない。
いいところパトロール中のお巡りさんに、どうされました?って心配された声がかかるぐらいだろう。

「で、何してんだよ、一人で」
「クリスマスに一人さびしい神尾君をからかってやろうと思ってな」

そういえば、少し前に休みの予定を聞かれ、ずっとバイトである事と、クリスマスに家族が居ない事を答えていたのだった。
跡部はいつも約束などしない。
自分の都合で、予定が合えば連絡をしてきて、都合がつけば、一緒に出かける。
俺の都合が悪ければ、それは簡単に流れるのだが、なぜかそう言う日は少なくて、どこまで読んで動いでいるのだろうといつも疑問に感じていた。
その眼はなんでも見透かしいて、自信に溢れて顔をしている。
なぜか跡部の掌の上で転がされている気がして、イライラが募る。

「俺はお前のそう言うところが嫌いだ」

じろりと睨みつけたはずなのに、目の前の跡部は口の端を持ち上げ、鼻で笑った。

「あぁ、知ってる。だがな」

言葉を一旦区切り、大股一歩俺に近づくと、ぐっとダウンの衿をつかまれた。
まるでケンカを売るような動作だが、拳が飛んでくることはなかった。
そのかわり、キスをする恋人同士かってくらい顔が近づいている。

「俺はお前のそう言う事をはっきり言うところが気に入ってんだ」

にやりと笑うその姿を見て、世の女たちが黄色い声をあげそうだと心の中で思う。
だが、俺はれっきとした男で、この男のこういうパフォーマンスが凄く嫌いだった。

「性格悪すぎるだろ」

呆れて言葉が出ないと言ってもいい状況に、本音が漏れる。
いつものように、否定されるかと思えば、跡部は何が楽しいのか、ふっと笑った。

「他が全て優れているんだ。一つぐらい悪いところがないと、神様が嫉妬するだろ」
「お前、神様なんて信じるキャラかよ」
「違わないな。だが、聖夜位はイエスの顔を立てるのも悪くはないだろ」

そういって、星を見ているのか、空を仰いだ。
頭上にはキラキラと星々が輝いており、無駄にロマンチックな夜であることを認識させられた。
ここまで来て、嫌いだと言いつつも、トータル的には好きな奴の珍しい姿に、たまには素直にこっちから誘ってみようと思った。
右手に持っていたケーキの箱を目の前に突き出す。

「ケーキ、食うか」
「あぁ?」
「紅茶もつける」
「それだけか」

女子じゃあるまいし、それだけでは釣られないぞと言っている気がして、もともと自分ひとりで進めるはずだったプランを提示する。

「あと映画。いくつか借りてきたのがある」
「悪くはないな」

色々なジャンルの映画をまとめて借りてきたから、きっと一つくらいは跡部が気に入る作品もあるだろう。
なかったら、それはそれであそこがよくないとか、ダメ出しをしながら見ればいい。
うちに向かおうと、止まっていた足を動かそうとして、母さんからのメールを思い出す。

「そうだ、あとおでんがある。うちの母親お手製のやつ」

今までに何度かうちのご飯を食べている跡部は、母さんが作る出汁の効いた料理が好きだったことを思い出し、急いで付け足す。
それが決定打のように、跡部も後に続く。

「酒でも買ってきて、飲むのもいいな」

おでんに酒って、おっさんぽいなと思ったが、今日みたいに寒い日にはそれもいいのかもしれない。
だが、根本的な問題はそこではない。

「まだ俺は未成年だって」
「別に一緒にとは言ってないだろ」

お子様はジュースでも飲んでろと言われ、急に炭酸が飲みたくなった。
一度、ケーキを自宅においてから、コンビニに行こうと脳内で、この後の段取りをつけつつ、跡部への文句も忘れない。

「本当に性格悪いな」
「あんま褒めるなよ」
「褒めてないだろ」

いつものように軽口をたたきつつ、冬の住宅街を歩く。
決して可愛くはない恋人と、一緒に過ごすクリスマスは、手にしているケーキのように甘くはない。
それでも心が満たされるのは確かで、自分の性格も悪いのは認めるしかない。
早く家に帰って、暖かい部屋でおでんを温めて食事をしよう。
そう急ぎたてるように、跡部の手を引っ張り、家路を急いだ。



END





モドル