ヤギの追伸
暑い夏が終わり、残暑厳しい秋になった。
昼間の気温は25度以上になる日もあるが、頬を撫でる風に、秋の気配を感じる。
授業を終え、掃除当番のクラスメイトがカレンダーをめくる姿に、明日から10月が始まることを思い出した。

先月の末、3年ぶりに会った跡部と改めて、お付き合いを始めた。
正直、自分でもこの決断は、凄いことだと思う。
俺は男で、跡部も男だ。
つまり、同性同士の恋人。
社会的に公にするのは難しいし、色々と問題の方が多いと思う。
将来のビジョンを描くときに、昔みたいのその時だけ良ければなんて思ったりは出来ない。
実際、中学生の俺は、将来が不安で跡部との付き合いを終わらせた。
それなのに大学受験が目前の高校三年生で、この決断はどうしたものかと思う。
ただ、それでもあいつの手を掴みたいと思ってしまった。
3年前の気持ちを、今、受け取った俺が素直にそう思ったのだ。
ありがたい事に、跡部は俺の手を掴んでくれた。
いや、掴み返してくれた。
それだけで2人で色々悩んでいけばいいんじゃないかと、楽観視出来てしまうのだ。

あぁ、本当に俺って単純だ。

そうは思うものの、深く考えたって、模範解答なんて出せるわけがないのだから仕方がないと、俺は開き直った。



学校を後にし、自転車で最寄駅まで向かう。
昼休みに跡部に勉強を教えてもらえないかとメールをしておいたら、色よい返事をもらえたので、跡部の家へと向かう為だ。
大学生の夏休みは長く、先週までずっと休みで暇だからとの言葉に甘え、学校帰りに図書館等で待ち合わせをし、勉強を教えてもらっていた。
今週から学校も始まったが、今日は午後の授業がないから、家に来ればいいとのことだった。

駐輪場に自転車を預け、並びのケーキ屋へ足を向ける。
さすがに勉強を教えてもらう手前、手土産が必要だろうと思ったからだ。
ガラスのショーケースの中には、秋の味覚である栗やカボチャを使ったケーキが彩りを添えている。
どれにしようかと悩んでいると、小学校低学年位の男の子と母親と思われる女性が入店してきた。

「すみません、誕生日ケーキを予約していた小橋と申します」
「お待ちしておりました。今、ケーキをご準備いたしますので、お待ちいただけますか」

店員のお姉さんが奥のキッチンから四角いケースの箱を持って来るのを眺める。
ケーキを確認してもらう為、箱を開けて取りだすと、少年の顔が満面の笑みになる。

「こちらでお間違いないでしょうか」
「はい、大丈夫です」
「では、これからラッピングを行いますので、少々お待ちください」

ケーキの箱にお店の名前がプリントされたリボンを綺麗にかけていく姿を見ながら、俺もケーキを選ばなければとショーケースに視線を移した。
だが、隣から聞こえてくる会話に、はっとした。

「おかあさん。ゆみこ、よろこぶかな」
「えぇ、絶対喜ぶわよ。だって、とし君が選んでくれたケーキですもの」
「きょねんはいっしょにたべられなかったから、ぼくのぶんもゆみこのあげるんだ」
「あらあら、とし君は優しいわね。じゃあ、とし君はおかあさんの分をあげるわね」 「えー、はんぶんこにしようよ」
「いいの?とし君は優しいわね」

何か事情がある会話のようだが、そう言えば俺も跡部と誕生日を3年分祝えてない事に気づいた。
当たり前だが、空白の3年間が凄く残念な気がして、俺は財布の中を覗き込んだ。

うん、大丈夫だな。

手持ちの残金を確認し、俺は親子がケーキを受け取るのを見送ってから、ケーキを注文した。



「なんだ、その手荷物は」

跡部の家に着くなり、手にしていた手提げを差し出すと、跡部から飽きれたような顔をされた。
確かに、自分でも随分と大胆なことをしたと思う。
しばらく無駄遣いはしないでおこうと心に決めたのは、仕方がないだろう。

「何って手土産のケーキ。跡部、紅茶いれてくれないか」

以前だったら、勝手知ったるなんとやらで俺がキッチンに立つこともあったが、さすがに前回押しかけてから二度目の訪問で、それも図々しいかと思い、跡部に紅茶をせがむ。
せがんでる時点で、それはそれで図々しいのだが、やはりケーキには温かい紅茶を添えたい。

「じゃあ、皿とフォークはお前が用意しろ。場所は大してて変わってないからな」
「オッケー」

跡部が電気ケトルに水を入れ、ティーセットを準備する傍ら、ケーキ用のお皿とフォークを食器戸棚から取り出す。
持参したケーキの箱をテーブルの真ん中に置き、対面する形にお皿とフォークをセッティングする。
しばらくして、跡部がお盆に乗ったティーセットを持って現れた。
俺の反対側に座ると、跡部がケーキの箱を開ける。

「ケーキバイキングでもするのか」
「いや、そういうつもりじゃなかったんだけどな」

跡部が「バイキング」と表現するのも最もで、箱の中には種類の違うケーキが6個並んでいる。
定番の苺のショートケーキ、レアチーズケーキ、チョコレートケーキ、栗のモンブラン、カボチャのタルト、木苺のロールケーキ。
確かにこれだけを見れば、ケーキバイキングを始めるとしてもおかしくはない。

「ケーキを選びきれなかったのか」
「いや、故意に選んで、これなんだ」

そう答えると、跡部は首をかしげる。
まぁ、これだけで俺の意図がわかるはずもなく、俺は言葉を続ける。

「俺とお前ってさ、3年間空白の時間があるだろ」
「あぁ、そうだな」
「その間の誕生日祝いが出来なかったから、その代わりが出来たらなって思ったんだ」

ケーキ屋で聞いた、親子の会話を話し、だから俺もそれが出来ればと思ったんだと説明したら、跡部は盛大なため息をついた。
そしていきなり腰を上げ、キッチンへと引っ込んでしまった。
しばらくして、小さなナイフを持って戻ってきた。

「二人で祝うなら、半分こで食べた方がそれらしいだろ」

そういって、ショートケーキに手を伸ばすと、周囲に巻いてあるセロハンを剥がし、ケーキを半分にカットした。
スクエアデザインのケーキを対角線でカットした為、三角形になったショートケーキを俺の目の前の皿と、自分の皿に乗せる。

「なんか、妙に緊張するな」
「バーカ、なんでだよ」
「いや、なんとなく」

自分の思いつきとはいえ、改めて過去の誕生日を祝うのって変だったかなと思う。
だが跡部は笑わずに付き合ってくれているのだから、タイマイを叩いてケーキを買ってきてよかったと思う。

「じゃあ、15歳のお前おめでとう」
「ありがとう。いただきます」
「いただきます」

銀色のフォークで、白いクリームに覆われたケーキを一口すくい、口へと運ぶ。
苺の仄かな香りと甘さに、顔がほころぶ。
その瞬間、目の前の跡部が軽く鼻で笑った気がしたが、それはバカにされたのではなく、多分俺の気持ちを汲み取ってのことだろう。
だから、俺は気づかないふりをして、ケーキを食べ続ける。

「次は食べるのは跡部が選べよ」
「あぁ、わかった」

ティーカップに口をつけ、ケーキを眺める跡部を見ていて、心の中に温かな気持ちが広がる。

あぁ、俺って幸せだな。

6個のケーキを食べ終えるまでに、3年分の思い出話を聞いてみよう。
過去に戻って、思い出を作ることは出来ないが、思い出を共有することはこれからだって出来るはずだ。
俺と跡部の物語は、これからもっと広がりをみせるのだから。



END





モドル