月のウサギ |
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暑い夏休みが終わり、2学期が始まった9月半ば。 今日は十五夜だ。 陰暦15日の満月の夜。 特に8月15日の夜をいうが、それも旧暦での事。 今は十五夜と言えば、9月の満月の夜を指す。 月が出ていて、嬉しい事。 それは部活帰りに、月夜が夜道を照らしてくれるおかげで、ほんの少しだけいつもより時間を延長して、部活が出来る事だと思う。 そうは言っても、夏と比べればかなり日が落ちるのは早くなった。 橘さんが引退して、俺達は来年の大会に向けて、新たな一歩を踏み出そうとしている。 新しい部長には、森が任命された。 静かながらも、しっかりしたあいつなら適任だと思う。 勿論、俺も橘さんみたいな部長になりたいとは思ったけど、それは周囲に無理だとダメ出しをされた。 失礼だよな、あいつら。 手にしているスーパーの袋を片手に、テニス部の面々を思い出しながら、先日言われた事を思い出していた。 母さんに言われ、近所のスーパーまで上新粉を買いに行った帰り道、いつもは遠回りになるからさける公園を通過した。晩御飯のおかずであれば、急いで帰る必要もあるが、お団子の材料なら平気だろうと思ったからだ。 昼間はいまだ、暑い日が続いているが、夕方になれば、秋の涼しげな風が頬を掠める。 すっかり秋だなと思っていると、目の前をトンボが通過した。 そういえば、子供の頃はよく追いかけてたよな。 空に舞いあがるトンボを目で追うと、空に白く浮かんできた月が視界に入った。 どこも欠けていない、綺麗な丸々とした月。 水から光る事が出来ず、太陽の光を受けてのみ、その存在をアピールする。 それはとても綺麗で、それでいて儚い存在にも感じる。 そして時折だが、あいつに似ている気もする。 って、なんでわざわざあいつの事を考えてるんだろ、俺。 ぶんぶんと頭をふり、雑念を振り払うと、家へ急ぐ。 帰り道、段々と空に昇っていく月がやはり綺麗だと思った。 夕食後、部屋でテニス雑誌を見ていた時の事だ。 ベッドの上に置いておいた携帯電話が、聞きなれたリズムを刻み出した。 ディスプレイには、あいつが勝手に入れた文字が表示されている。 ボタンを押して通話に切りかえれば、すぐに不機嫌そうな声が聞こえてくる。 『お前、もう少し早く電話に出れないのか?』 「勝手にかけてきて、文句言うなよな」 電話の相手は、跡部景吾。 ふとしたきっかけで知り合い、一時期は物凄いライバル視していたが、今では深司や橘さん達のようにテニスをやったりしている。 「で、いきなり電話してきて、どうかしたのかよ」 『いや、用と言うほどの事じゃないんだけどな』 「はぁ?用もないのに、電話してきたのかよ。お前も、よっぽどの暇人なんだな」 いつも人の事を、暇人とか言ってからかうくせに、自分こそ暇人なんじゃんかよ。 そんな風に、からかう口調で言えば、受話器越しに『ちげーよ、このバーカ』という言葉が返って来た。 「バカってなんだよ、バカって」 『お前、今、暇か?』 「お前の相手してんだから、暇なわけねーだろ」 『そうか、暇か』 「跡部ってよ、時々人の話、無視するよな」 いや、時々ってもんじゃない、いつもだな。 自分で言った言葉に、自らツッコミをしていると、受話器の向こうから、微かに笑い声が聞こえた。 『今から20分後、いつものストリートテニス場に集合だからな』 「はぁ?ちょっと待てよ!」 『用件はそれだけだ。遅れるなよ』 俺の言葉を無視し、跡部の奴は勝手に通話を切った。 時計に目をやる。 今から20分後と言う事は、7時50分頃だよな? 取り合えず、財布と携帯電話、テニスラケットを鞄につめると、急いで階段を駆け下りた。 「アキラ、出掛けるの?」 キッチンで、後片付けをしている母さんから声を掛けられた。 「跡部と少しテニスやってくる!」 「気をつけるのよ」 「わかった。行って来ます」 玄関のドアをくぐり、駐輪場に置いてある自転車にまたがると、俺はストリートテニス場へと急いだ。 跡部に言われた時間よりも数分早く、ストリートテニス場には着いた。 自転車に防犯用の鍵をかけ、急いでコートに向かう。 案の定、跡部は俺よりも先についていたらしく、コート脇のベンチに座っている。 「おせーよ」 「あぁ?時間通りだろ」 そう言ってやや乱暴に、鞄を脇に置く。 「で、いきなりどうしたんだよ」 「いや、綺麗だからよ」 「何が?」 「月に決まってるだろ」 そう言って、空を指差した。 さっき公園で見た月は白かったのに、今、空に浮かぶ月は、自ら光を発しているようにキラキラと輝いている。 「たまには悪くないだろ?月明かりの下でテニスもよ」 そう言って跡部は、月のように丸々と黄色いテニスボールを1つ、俺に向かって放り投げてきた。 「そりゃ、そうだけどよう」 「なら、文句はないだろ?ほら、ゲームするぞ」 そう言って、跡部はさきにコートに入っていった。 俺も跡部を追うようにコートに入ると、いつものようにゲームを始めた。 始めは涼しく感じられた風も、ゲームをこなしているうちに、物足りなくなってきて、水分休憩を取る頃には、やや暑いくらいだった。 「ほらよ」 跡部からスポーツドリンクを受け取り、まずは一口だけ飲む。 ゆっくりとそれが体に浸透していくのを感じ、続けて半分ぐらいまで飲み干す。 「跡部とテニスするの、久しぶりだな」 俺の記憶が正しければ、以前跡部とテニスをしたのは、夏休み末の事だ。 学校が始まってからは、跡部も色々と忙しいだろうと思って、無理にテニスの誘いはしなかった。勿論、俺自身もそうそう遊んでいられる時間があったわけじゃないし。 「少しは上手くなったんじゃねぇの?」 「えっ?マジで」 「嘘に決まってるだろ。バーカ」 そう言って、ハンドタオルを投げつけられた。 「バカって言う方が、バカなんだぜ」 「ガキみたいな事、言ってんじゃねぇよ」 久しぶりに会っても、跡部は跡部だと思う。 俺様な所とか、自分勝手な所とか。 タオルを跡部に投げ返して、ごろんとコート場に横になると、真上に浮かんだ月が自分の意思とは別に目に映る。 クレーターで出来た影が、日本からだとウサギに見える。 確か、外国だとまた別なんだよな。 月にはウサギがいて、餅をついていると言い出したのは誰なんだろう。 そんなどうでもいい疑問が頭に浮かんだ。 「なぁ、跡部」 「なんだ?」 「跡部はさ、月にウサギがいると思う?」 「はぁ?月にウサギだ?」 多分、今、跡部は"こいつバカか?"と思っている事だろう。 別に、俺だって本気で月にウサギが住んでいるとは思っているわけではない。 しかしなぜ昔の人は月にウサギが住んでいて、餅をついているのだと思ったのか、ふと疑問に思ったのだから仕方がない。 「まぁ、いるんじゃねぇの」 やや飽きれ声で、跡部にしては意外な言葉が返って来た。 「跡部、マジでそれ言ってる?俺をからかってるとかじゃなくて」 「あぁ。まーな」 跡部の顔をじっと見るが、どうやら本気らしい。 正直、相手にされないと思っていたから、かなり驚きではあった。 しかしそれと同時に、なぜ跡部そう思うのか。それも聞きたいと思った。 「その根拠は何だよ」 「別に根拠はねぇよ。ただ、月にウサギがいたって、いいと思っただけだ」 「なら、そのウサギはどこにいるんだよ」 なぜか、俺もムキになって聞き返していた。 「そうだな、月の裏側じゃねぇの?」 「月の裏側?」 「太陽の位置と地球の位置の関係で、月の裏側は地球からも見れないだろ。だから、いるとしたらそこしかないだろ」 俺では絶対思いつかない答えに、なんとなく頷き返しそうになっていた。 こういう時、さすが跡部だと思う。 「くだらねぇ事言ってないで、テニスの続きをやるぞ」 横になっていた俺の手をぐっと引っ張り、俺の体を起こした。 俺はラケットに手を伸ばし、再び跡部とテニスを始めた。 跡部とゲームの最中、本当にウサギは餅をついているのだろうかと思った。 どうせなら、この疑問も聞いてみればよかったと思ったが、それはそれでバカにされそうだと思い、俺はゲームに集中した。 満月の光が、ライトアップされたテニス場を更に照らすなか、テニスボールの跳ねる音だけが、辺りに響いていた。 |
END |