永遠の恋人
携帯電話を開いてみると、メールが一件届いていた。
内容は見なくても分かる気はしたが、もしかたしら…という期待を込めて、俺はボタンを押した。

【 13:16 跡部 景吾】
no subject
悪い、今日の放課後、抜けられない予定が入った。
今日の約束はキャンセルだ。

今日の約束というのは、帰りに二人でスポーツショップによると言うものだった。
ガットの張替えを頼むのに、跡部が付き合ってくれる事になっていたのだ。
跡部からメールが来た時点で、嫌な予感はしていた。
だが予想通りの内容に、自然とため息がもれる。
それでも指は自然といつものように返信を打つ。
小さな液晶パネルに『了解』の二文字を入力し、メールを送信する。

以前はこんな事があるともっと傷付いて、キレてムカついて、散々文句を言い合ったんだよなと、ちょっと昔を振り返って懐かしく思う。
最近ではそんな事は殆どない。
まぁ、あいつが忙しい理由もわかっているから尚更なんだけどな。
ただ、これを成長かというと少し違う気がする。
諦め…ともまた違うと思う。
じゃあ、なんなんだと問われたところで、俺には適確な答えを出す事が出来ない。
正直言って、俺は難しい事を考えるのが苦手だ。
ただ俺に言えることは、俺は跡部の事が好きで、跡部も(多分)俺の事を好いてくれているって事だ。
最近、会う約束をキャンセルされる数は半端じゃない位多い。
だけどその分、久しぶりに会えた時は、言葉には出さないものの跡部のまとっている空気が凄く優しいと感じる。
俺はそれが嬉しい。愛されてるんだと、認識できるから。
ただ何か胸の奥が落ち着かなくて、何か嫌な予感があるのも事実だった。

ポケットに携帯電話をしまい、顔を上げると深司と目が合った。

「神尾ってさ、最近、変わったよね」

俺に問いかけるというより、呟くようにボソッと、深司が言う。

「なんだよ、いきなり」
「前は、ドタキャンされると凄い勢いで怒ってたけど、最近、それをしなくなったよね」

さっきまで、俺が考えていた事を深司も口にたので、一瞬声に出していたのだろうかと不安になった。でもさすがにそれは無いだろうと思い、平静を装って言葉を返した。

「そうか?」

こくりと静かに頷く深司から、俺は出来だけ自然に目をそらした。
深司の目をずっと見ていると、俺の心の中を見透かされそうな気がしたからだ。
"まっ、どうでもいいけどね"と言って、深くは追求されなかったのは幸いだった。
俺自身、嘘をつくのは苦手だし、深司は深司で俺の嘘を見破るのが上手いからだ。

「そういえば…」

思い出したように、深司が言葉を続ける。

「橘さん、○×高校の推薦を考えてるらしいね」
「マジで?深司」

○×高校と言えば、都内でも有名な進学校だ。
学業だけでなく、スポーツにも力を入れていると聞く。
そこへの推薦だなんて、さすが橘さんだよな。

「やっぱり、橘さんにはいつも世話になってるし、早く決まって欲しいよな」
「そうだね」

俺の言葉に同意した深司の声は凄く優しくて、やっぱり橘さんは俺達にとって特別な存在だと言う事を再認識させてくれる。

「ところで、跡部さんはどうするの?」

予想もしていなかった深司の言葉に、俺は俺の知っている事実を答えた。

「知らない。俺、何も聞いてねぇから」

嘘はついていないはずなのに、なぜか俺の心臓は凄い速さでドクンドクンと波打っているのがわかる。

「そうなんだ。まぁ、どうせあそこは付属だしね。いーよなぁ、私立は楽で…」

ボソボソとボヤキを言う深司の言葉の半分以上を聞き逃して、俺はその後深司にまた長いボヤキを言われた。





「ぼーっとしてっと、転ぶぞ」

ぐいっと腕を引かれ、俺は今跡部と一緒に並んで歩いてる事を思い出した。
今日は、この間行けなかったガットの張替えに来ていた。
良さそうなガットを選び、張替えを頼んだから、また後で取りに行かなければならない。
そして俺達は今、近くの公園へ向っている途中だった。
住宅内を歩いていた時だった。

「こんなところに、教会なんてあったんだな」

よく通る道だと言うのに、今まで気付かなかった。
白を基調とした外壁。丸い窓に、屋根には十字架。
俺には馴染みは無いが、そこは他の場所とは違った、とても神聖な空気に包まれている事が分かる。
ある者はそこで祈りを捧げ、またある者は永遠の愛を誓う。
そして永久の別れを告げる場所。

「なぁ、誓いの言葉ってどんなのだっけ?」
「結婚のか?」
「あぁ」

神教であれば、三々九度の杯で愛を交わす。
キリスト教では、神の前で誓いの言葉を交わす。
俺は今まで結婚式に参加した事が無いから実際に見た事はないが、それでもそれで愛を交わしたカップルは幸せの階段を一歩のぼるのだと思う。

「実際は色々とあるが、内容的には神の前で永遠の愛を誓うかって事だろ?」
「そっか…」

永遠の愛か…。
実際、この世に永遠なんてものはない。
だから人は来世でも再び出会い、結ばれる事を望む。
だけど永遠が無いように、来世なんて本当に存在するのだろうか?
俺はそんな不確かな来世よりも、現世の出会いを大切にしたいと思う。

跡部の言葉を聞き、何も言わない俺に対して、跡部は何も言わずにいきなり立ち止まった。偶然にもそこは教会のドアの目の前だった。

「一度しか言わないから、よく聞けよ」
「跡部?」

急に真面目な顔で俺の事を見た跡部に首を傾げていると、跡部は俺が予想もしなかった言葉を発した。

「俺、跡部景吾は神尾アキラを妻とし、生涯変わることなく愛する事を、ここに誓います」

そう言うと、跡部は俺に向って優しく笑った。
冗談のはずなのに、なんでこいつはこんなに真っ直ぐな目で、俺の事を見るんだよ。

「ばかじゃねぇの。俺は男だって言うの!」

"妻になれるわけねぇじゃん…"
そう言おうと思ったのに、それが声として発される事は無かった。
頬を伝う涙に、俺自身が驚いたからだ。

「今の言葉、迷惑だったか?」
「違う、そんなんじゃない…」

跡部の言葉に俺は首を横に振った。
迷惑だなんて思うはずがない。だって、俺は跡部の事を…。

「じゃあ、なんでてめぇは泣いてんだよ」
「わかんねぇよ。なんで涙が出るかなんてよぅ…」

壊れてしまった蛇口のように、俺の涙からはとめどなく涙が溢れてきた。
ぬぐってもぬぐっても、それは止まることなく、服の袖を濡らした。

「泣くなとは言わない。お前の好きなだけ泣け」

"俺が受け止めてやるから"そう言って、俺よりも大きな手で俺の事を引き寄せると、俺はそのまま跡部の肩口に顔を埋めた。

どうして、こいつはこんなに優しいんだよ。
この手を離せなくなっているのは、俺のほうだ。

「跡部…。俺、お前の事が好きだ。失いたくない。失いたくないんだ」
「わかってる。だから、今は何も言うな」

この幸せな時がずっと続けばいいのに…。
それこそ、叶わないであろう永遠と同じ事を俺は知っていた。



END





モドル