10月4日 天気:生憎の雨。 そして今日は俺の15回目の誕生日だ。 だからと言って、学校が休みなわけでもなく、いつもと変わらない一日。 学校に行けば、自分では持ちきれないほどのプレゼントと祝いの言葉を受け取り、全て樺地に持たせる事になるだろう。 部活を引退してから、週に3度行っている後輩達の指導もある。 誕生日とは名ばかりの一日が始まる。 |
Happy Birthday! |
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「跡部君、お誕生日おめでとう」 「これ、プレゼントです。貰って下さい」 「おめでとう御座います」 案の定、学校に着くと次から次へと女子生徒に囲まれた。 毎年の事だからいまさらどうという事も無く、すぐに手を打つ。 「おい、樺地」 「ウス」 既に準備しておいたダンボール箱に、次々にプレゼントか入れられていく。 「相変わらず、仰山もらっとるなぁ~」 少し離れたところでこの光景を見ていた忍足がつぶやいた。 「なんだ、いたのか」 「いたのかって、そりゃ俺がここにいても不思議やないやろ?ここは学校の廊下やで?」 「まぁーな」 まだ朝だと言うのに、樺地の持っているダンボール1箱目が埋まろうとしている。 しかも、これのお陰で廊下は埋めくるされている。 全く、朝からめんどくせぇなぁ…。 「うわっ。なんだよ、この人だかり」 その声がした方から赤い髪が、ぴょんぴょんと見え隠れする。 「おはようさん、がっくん」 「よっ、侑士。あと、跡部もおはよう」 そう言って、乱れた髪を整えた。 確かに、この人だかりだから髪は乱れると思う。だが、わざわざジャンプしないで、普通に歩いてこればいいと思うのは、多分俺だけじゃないはずだ。 「で、この人だかりは何なんだよ」 「今日は、こいつの誕生日やろ?だからや」 俺の事を指差しながら、忍足がこの状況を説明をすると"なるほどな"と言って納得したように頷いた。 「で、本命君からは、貰ったん?」 ちょっと軽いトーンで、忍足が聞いてくる。 多分、こいつとしては、からかっているつもりなのだろう。 「いいや」 「せやったら、放課後に貰うん?」 「さぁーな」 「なんや、つれないなぁ~」 実際、俺自身もわからないのだ。神尾に自分の誕生日を教えた事は無い…はずだ。 だから今日が俺の誕生日である事を知らない。 いつも通りなら、俺が後輩の指導を終え、神尾も部活を終えた後で会うかもしれない。 だが、それさえも確定ではない。 今のところ、放課後に会おうと言うメールも来ていない。 つまり、このまま連絡も取らずに今日と言う日が終わる可能性もあるのだ。 「まぁ、楽しんでこいよ。神尾とのデート」 ぽんっと俺の肩を叩き、岳人が言う。 「そろそろチャイム鳴りそうやし、俺らは教室に行くわ。ほな、またな」 そう言って、忍足と岳人は教室へと入っていった。 確かに、そろそろ時間だな。 俺は少し後ろでプレゼントを受け取っている樺地に視線を移し、声を掛けた。 「おい、樺地。もうそろそろ、お前も教室に戻っていいぞ」 「ウス」 プレゼントで埋め尽くされたダンボール箱を俺の教室の後ろに置き、樺地は自分の教室へと戻っていった。 その後は朝に思ったとおり、いつもと何も変わらない一日だった。 休み時間ごとにプレゼントを樺地が回収し、放課後には後輩達の指導。 今日は監督がじきじきに指導しに来ていた為、俺はいつもより少し早めに切り上げられる事になった。 鞄を背に担ぎ門をくぐると、黒い制服に身を包んだ神尾が立っているのに気が付いた。 俺の気配に気が付いたのか、あさっての方向を見ていた視線は俺に向かい、片手を少し挙げた。 「よっ。早かったな」 ゆっくりとした動作で、神尾が近づいてくる。 その動作はいつもと変わらず、ただ待ち合わせをしている時と同じだった。 「今日、会う約束してたか?」 「いや、してねぇよ」 「じゃあ、なんでいるんだよ」 「部活が少し早く終わってよ。ちょっと跡部の家に行きたいと思ってさ」 そう言って、手に持っていた紙袋を目の前に突き出した。 「昨日さ、紅茶買ったんだ。折角だから、跡部と飲もうと思ってよ」 神尾の手から、紙袋を受け取り中を覗く。 確かに、中には紅茶が入っていると思しき缶が1つ入っていた。 「もしかして、何か予定あるのか?」 紙袋を覗いていた俺に、神尾が心配そうに聞いてくる。 「別に、予定は無い」 「そっか。なら、よかった」 嬉しそうに笑う神尾を見て、やはり知らないのだと確信した。 「でさ、折角だから何か甘いもの買って帰ろうぜ」 「あぁ、いいぜ」 「じゃあ、駅前のケーキ屋でいいか?」 楽しそうに言う神尾に二言で返事を返すと、神尾は俺の事を急かしつつ、少し歩くテンポを速めた。 「で、どれにするんだ?」 店内に入り、神尾にケーキを選ばせる。 神尾とこうして一緒にケーキを買う場合、大抵、俺の分も神尾が選ぶ。 あとで食べた時にこいつは俺の分も味見するから、いつの間にか自然とそういうスタイルになっていた。 「そうだな。じゃあ、このパンプキンモンブランと栗の抹茶ロールケーキを1つずつ下さい」 「はい、かしこまりました」 店員が丁寧にショーウィンドーからケーキを出している間に、鞄の中から財布を出そうとすると、神尾の手がそれを静止した。 「今日は、俺が出すから」 「あぁ?急にどう言う風の吹き回しだ?」 「いつもいつも悪いじゃん。それに今日ケーキを買おうって言い出したのは、俺の勝手だしさ。だから、俺が払うから」 そう言って、神尾はさっさと会計を済ましてしまった。 そんな神尾の姿を見て、実は俺の誕生日を知っているのではないかと思った。 でないと、いくらなんでも出来すぎている気がする。 約束もしていないのに、わざわざ氷帝まで来て、ケーキを自分の金で購入するなど。 だが、それを問いただした際、もし違っていたら、なぜそんなに追求されたら面倒だな。 こいつは妙な所で勘がいいからな。 取りあえず、こいつが何か言うまで俺は何も言わないほうが良いだろうと判断した。 その後、電車に乗り、家までの道を歩く間、神尾は妙に機嫌がよかった。 ポケットから自宅の鍵を取り出して玄関を開けると、神尾は"失礼しまーす"と言って、俺より先に上がった。 「じゃあ、台所借りるな」 そういって、自分の家のように台所へと消えていった。 まぁ、今まで何度も神尾の事は家に上げているし、台所で料理もしている。だからそれは自然な行動だと思う。 俺は一旦部屋に戻り、ブレザーをハンガーに掛けると、下のロビーに戻った。 普段は、俺の部屋にいる事が多いが、お茶をするのならばこちらの方が良い。 ソファーにゆったりと座り、近くにあった雑誌を拾う。 少しして、神尾が戻ってきた。 「今、お湯を沸かしてるから、ちょっと待っててな」 そう言って神尾は俺が座っている脇に腰を下ろした。 「おい、神尾」 「うん?なんだよ」 ちょっと見上げるように神尾がこちらに顔を向ける。 「お前、今日は妙に機嫌がよくないか?」 「そうか?いつもこんなもんだろ」 そう言って、ごまかすように俺の見ていた雑誌に視線を落とした。 「そんな事言ったら、跡部だって今日は妙にそわそわしているだろ」 「俺がか?」 「そう。何かあったのか?」 不思議そうに聞いてくる神尾に、これ以上これについて詮索されるのはまずいと思い、俺はこの話とさっさと切り上げることにした。 しばらくして、カタカタと、何かが揺れる音が聞こえてきた。 「あっ、お湯沸騰したみたいだな」 すくっと立ち上がり、神尾はキッチンへと向かう。 「あとべー、今何分?」 間延びした声で、キッチンから神尾の声が聞いてくる。 「51分だ」 「じゃあ55分まで蒸らしな」 そう言って、ティーポットとカップを運んできた。 テーブルの上にティーポットを置くと、素早くティーコゼーを被せる。 「今、ケーキも持ってくるから」 そう言って、ぱたぱたとキッチンへ後戻りする。 ケーキの箱と皿、フォークを持って戻ってくると、時計の針は丁度55分を指していた。 「もういいな」 くるくるとポットを回し、中の紅茶の濃度を均等にさせる。 そして茶漉しを使いながら、2つのカップを交互に紅茶を注いでいく。 「どうぞ」 ことんっと、ティーカップを俺の前に出した。中には綺麗な飴色の紅茶が入れられている。 そしてテーブルの中央には、先ほど購入したケーキが並べられた。 「跡部、どっち食う?」 「そうだな…。モンブランで」 「OK」 モンブランを俺の方に差し出し、自分の方へロールケーキを引き寄せた。 「じゃあ、頂きます」 早速ケーキにフォークを入れる神尾を見つつ、俺はまず紅茶に口をつける。 ダージリンだと思っていたが、ふんわりと別の香りがする。 「これ、どこで買ってきたんだ?」 「紅茶の専門店だけど。確かベースはダージリンだけど、花びらが入ってるんだぜ」 言われてみれば、確かにこの香りは花の香りだな。 「お前にしては、中々いいセレクトしたんじゃねぇの」 「俺にしてはってのが、余計だ!」 ちょっとむすっとしながらも、嬉しそうに神尾も紅茶に口をつける。 「そこのお店、試し飲みさせてもらえてさ、凄く気に入ったから、跡部にも飲ませてやろうと思ったんだ」 "なんか、優しい感じの味だろ"と言って、神尾が笑う。 「あぁ、そうだな」 そう言って、ケーキを一口食べる。 その後、少しテニスについて話していたら、どこからか聞き覚えのある音が聞こえているのに気が付いた。 「おい、お前の携帯、鳴ってないか?」 そう言って鞄を指差すと、その音が鳴り止んだ。 「あっ、本当だ。メールか」 鞄の中から取り出した携帯電話を開き、カチカチと弄っているかと思うと、何かを思い出したように、ばっと顔を上げて時計を凝視した。 「やばっ。今日は、母さんがいるから早く帰らないといけないんだった。悪い、跡部。俺、帰るわ」 「あぁ、そうか」 「じゃあ、またな」 神尾を玄関まで見送ると、さっさと神尾は帰ってしまった。 結局、神尾は俺の誕生日など知らずにいたのだろう。 ケーキを買ったのも、紅茶に合わせてだったし、特に祝いの言葉もプレゼントも貰っていない。俺の考えは、見事にはずれたわけだ。 別に予想していなかったわけではない。だが、あいつなら…と思っていたのも事実だ。 どうやら俺は自分が思っていた以上に、神尾に祝いの言葉を貰うことを、期待していたらしい。 「情けねぇな。全く」 あいつに自分の誕生日を言わなかった、自分のちっぽけなプライドが、今ではバカらしいとさえ思える。 まぁ、今更あいつに今日が俺の誕生日だったなんて、言えるわけでもないがな。 そんな事を思いつつ、俺は自称気味に笑った。 取りあえず、いつまでもこうしていても仕方ないと思い、食べ終えたケーキの皿と、紅茶のセットを台所に運ぶ。 ふと、テーブルの上に置かれた紅茶の缶と封筒に視線がいった。 「なんだ、置いていったのか。あいつ」 確か、紅茶の専門店で購入したブレンドティーだって、言ってたよな。 手にとって缶のラベルを見てみる。 紅茶の名前は…バースディ。生誕記念日? あいつ、もしかして…。 自分の予想を確かめるべく、紅茶の缶の脇に置かれていた手紙に手を伸ばした。 裏には神尾の名前が書かれているから、あいつが置いていった物に間違いないようだ。 それを開封すると、中には2つ折りにされた便箋が一枚だけ入っていた。 空をバックに、観覧車が写っている写真の柄。 神尾にしては中々良いセンスだと思う。 そう思いつつ、便箋を開くと俺は唖然とした。 「なんだ、こりゃ」 思わず、声に出してしまったが、実際にそう思ったのだから仕方が無い。 なぜか、文字が全て鏡に映したように逆に書かれているのだ。しかも無理やり逆に書いたようで、もともと綺麗とは言えない字が、余計酷い有様になっている。 よく見ると、一番下に書いてある文だけは、普通どおりに書いてある。 「"写真の方から、光に透かして読めよ。"だと?」 あいつの考えている事はいつも意味不明だが、今回のは特に訳がわからねぇ。 不本意だが、俺は手紙に書かれているとおり、便箋を蛍光灯の光に透かしてみた。 「なるほどな」 神尾らしい行動に、俺は自然と口元が緩んだ。 鏡に写したような左右が反転した文字。 写真の柄から見る手紙。 光に透かすという行為。 それらが組み合わさる事によって、この手紙の本来の姿が現れると言う仕組みか。 「ったく、あのバカ。手の込んだことしやがって」 あの単純バカな神尾が、まさか俺様に気付かれずにこんな事をしていたとは、夢にも思わなかった。 どうやら俺は、あいつに一本取られたようだ。 俺は片付けようと思っていたカップなどをその場に放置し、急いでリビングに戻る。 そしてテーブルの上に置いた携帯電話に手を伸ばすと、短縮を押した。 コール音が続く間、あいつが電話に出たら、まず最初に何を言ってやろうか考える。 まずは、そうだな。きちんとあいつに祝いの言葉を言わせるか。 電話越しとは言え、紙に書かれた言葉よりも、きちんとあいつの声で聞きたいしな。 早く出ろよ、神尾。 |
END |