8月26日 天気:晴れ。
今日は俺の14回目の誕生日。
夏休みだけど、今日の部活は無し。橘さんが俺の事を考慮して決めてくれた。
橘さんの言葉を借りると「誕生日は家族に祝ってもらえ」だそうだ。
だから部活のメンバーでの誕生会は明日、部活終了後にやってくれるらしい。
しかも杏ちゃんも来てくれるんだって。凄く、嬉しいよな。それって。
だけど橘さん、ごめんなさい。
確かに家族も大切なんだけど、俺は家族よりも先に祝ってもらいたい奴がいるんです。
Happy Birthday!
家の戸締りを確認し、俺は自分の愛車(もちろん自転車)に跨った。
べダルに足を乗せ、力強くこぐ。
今の時刻9時37分。って事は、駅には10時までには着くのか…。
ちょっと早く出て来すぎたな。
待ち合わせの時刻は10時ジャストなんだけど、今日はちょっぴり遅れていくつもりだった。勿論わざと。けど、普段はそんな事はしない。
3回に1回の割合で遅れてくるくせに、たまに俺が遅れると、跡部の機嫌が凄く悪くなるからだ。本当に俺様だよな、あいつも。
しかーし!今日1日だけは、別。
俺の誕生日と言う事で、今日1日は俺の我侭に付き合ってくれると、跡部本人が言ったから。だから、遅刻もOK!ビバ誕生日!!
跡部にどんな我侭を言ってやるか考えただけで、ペダルをこぐ足にも自然と力が入る。

ただこの時、俺は気付くべきだったのかもしれない。
べダルを早くこぐと言う事は自転車の速度が上がると言うことであり、予定の時間よりも早く駅に着いてしまうと言う事に。
そしてその事に気が付いたのは、駅が見えてきた頃だった。

9時56分かぁ。結局、時間通りに着いちゃったな。
どうせまだ跡部は来てないだろうし、これじゃあいつもと変わらないじゃんかよぅ。
そう思いつつ駅の中に入ると、時刻表のところに跡部の姿があった。

「おせぇぞ、神尾」

俺に気付いたらしく、ちょっと不機嫌な声で言ってきた。

「えっ!?なんで、もういるんだよ」

考え無しに、俺は思った事をそのまま口走ってしまった。しかもその言葉が気に入らなかったらしく、跡部は両手で俺の頬を掴むと、ぎゅーと左右に引っ張った。

「俺様がわざわざ早く来てやったというのに、その態度は何だ?えぇ?」

散々俺の頬を引っ張ると、跡部の手がぱっと離れた。
うぅ…、頬が痛い。ひりひりする。何も本気でやる事ないだろう!?今日は俺の誕生日だぞ。わかってんのか!?言ってる事とやってる事が、矛盾しまくりだ!!

「わざわざ引っ張るなよな!痛いだろ。俺はただ、今日も遅れてくると思ったから、驚いただけだろ」
「その考え方が気にいらねぇんだよ」
「仕方ないだろ。いつも遅れてくるお前が悪い!」
「あのなぁ…。俺はお前と違って忙しいんだよ」
「なんだと?俺だってなぁ…」

跡部に言い返そうと口を開いたが、骨ばった跡部の手が、俺の口を塞いだ。

「っうか、今日はこんな事をする為に来たんじゃねぇんだよ。お前の"我侭"とやらに付き合ってやる為に来たんだ。無駄な時間を使わせるんじゃねぇよ」

確かにそうかもしれない。これじゃあ、俺の誕生日があっと言う間に終わっちゃうじゃん。

「で、どこに行くんだ?」
「えっ?あぁ、まずはカラオケ」

跡部の手が離れたところで、俺は今日の予定を告げた。

「カラオケだぁ?」
「そう。っう訳で急いで切符買おうぜ。もうすぐ電車くるから、それに乗りたいし」

そう言うと、跡部も納得したように頷いた。

3駅分の切符を購入し、改札を抜けて隣のホームに向かう。
ふと、切符を見ていたら、ある事に気がついた。

「ラッキー。全部7だ」
「はぁ?」

意味が分からないと言った風に、跡部が顔をしかめたから切符を目の前に差し出した。

「ほら、ここの数字が全部7だろ?」

製造番号って言うのか?これって。4つの数字が全て7。
念のために跡部の切符も見てみるが、違う機械で購入したから、全然違う番号だった。

「なんかさ、こういうのって嬉しいよな」
「そうか?」
「だってラッキーな気がするだろ?」
「ラッキーって、てめぇは千石かって言うの」

うんざり顔で跡部が言うから、俺は思わず笑ってしまった。

「千石さんなら、いつもぞろ目だったりしてな」

自分で言ってみて、実際ありえるかもと思ってしまった。

「で、何でカラオケなんだ?」
「いや、今まで一緒に行った事なかっただろ?なんとなく跡部の歌を聞いてみたいなぁ~って。そもそも跡部って、カラオケ、行った事あるのか?」
「お前は俺をなんだとおもってるんだ?カラオケぐらい、俺だって行った事あるに決まっているだろ」
「えっ?マジ!?」
「あぁ。部活の連中と、たまにだけどな」

なんか意外だ。跡部の事だから、そういう誘いは断っているのかと思ってた。
だけど、逆を言えばそれなりに色々歌えるって事だよな?

「じゃあ跡部、勝負しようぜ。どっちがどれだけ高得点だせるか」
「俺様に勝てるわけねぇだろ?」
「やってみなきゃわからねぇだろ?」

そんな会話をしているうちに、目的の駅に到着した。

夏休みと言う事もあって、カラオケは結構客が入っているみたいだったが、ほんの10分ほど待つだけで部屋に入れた。
ガチャッとドアを閉め、まずはマイクの音量チェック。

「『あーあー。マイクのテスト中』こんなもんで、いいか?跡部」
「あぁ、いいんじゃねぇの」

そう言って、跡部はどかっと座った。俺は跡部の向かい側に腰を下ろす。

「よし、じゃあじゃんけんしようぜ」
「じゃんけんだぁ?何の為にんな事するんだよ」
「順番決め。いつもじゃんけんで決めてるんだ」

俺の発言に跡部は"仕方ねえなぁ…"と呟いた。

「じゃあ、最初はグーだからな。後出しするなよ?」
「んな、ガキみてぇな事はしねぇよ」
「よーし。最初はグー、じゃんけんぽい」

俺の掛け声に合わせ、じゃんけんをした。俺がチョキで、跡部はパー。つまり、俺の勝ち。

「よしっ、跡部に勝ったー!」
「じゃんけんで勝ったぐらいでうるせぇよ。どうせ喜ぶなら、俺にテニスで勝ってからにしろ。ほら、早く選曲しろよ」

そういって、リモコンを俺に差し出す。そう言えば、跡部に言い忘れてたや。

「違う違う。負けたほうが先に選曲するんだよ」
「わけわかんねぇ事してるな」

そう言って小さなため息をつくと、跡部は少し考えてからリモコンに手を伸ばした。
素早く番号を入れ、転送する。

「あっ!!」

跡部の選曲を見た瞬間、俺は思わず声を上げていた。

「跡部、その曲歌うのかよ。俺も後で歌おうと思ってたのによぅ」
「別にいいだろ。俺が何を歌おうと」
「そうかもしれねぇけど、俺も歌いたかったんだぞ。その歌」

そう言って跡部をじっーと見てると、跡部は"はぁー"と小さく息を吐いた。

「わかった。ならお前も一緒に歌え」
「えっ!?いいのか?」
「今日だけ特別だからな」

そう言ってもう一本のマイクを俺に差し出した。

「じゃあ俺は前半を歌うから、お前は後半を歌え。わかったな?」
「まかせとけ!」

そんなわけで急遽デュエット曲でもないのに、跡部と一緒に歌う事になった。
初めて聞く跡部の歌声は、悔しいけど結構様になっていて、本人には絶対言ってやらないけど、格好良かった…と思う。

歌いきった所で、俺は次の選曲をする為に本をめくる。

「それにしても珍しいよな」
「何がだ?」

ぱらぱらと曲を探しつつ、さっきから気になっていた事を言う。

「いやさ、以前不動峰のメンバーでカラオケに行った時も、これ歌ったんだけど、深司の奴もこの曲を歌えたんだよ。深司の好きな歌と俺の好きな歌って、全然違うタイプなのによ」

そう言うと、跡部も"そう言えば…"と言って言葉を続けてきた。

「俺もテニス部の奴らと一緒に行った時に、忍足がこの歌を歌っていたのを聞いたな…」
「へぇ~。なんでだろうな」

跡部と会話をしつつ、お目当ての曲を見つけた俺は、そのままリモコンに番号を入力していく。

「よし、リズムに乗って歌うぜ!」

そういってマイクを再び握る。
そんな俺を、跡部は"またかよ"といった顔で見た。



その後、2時間ほどカラオケをした。丁度お腹も空いて来たから、俺達はカラオケを出て、昼食を食べる事にした。

「今日は俺が奢ってやるよ。何が食いたい?」
「マジ?そうだな…。じゃあ、あそこがいい」

そう言って俺が指差したのは、俺が深司たちとよく寄るようなファーストフード店。
それを見た跡部は、一気に顔をしかめた。

「あぁ?お前は本気で言ってるのか?なんの為に奢ってやるって言ったと思ってんだよ」
「いいだろ。俺が決めた事なんだからさ。俺は、ファーストフードが食べたいの」

そう言って嫌々そうな跡部の腕を引き、店内に入った。

「俺はこれ、お願いします。飲み物はメロンソーダで。跡部は?」

今だ、納得していない様子の跡部を促すと、しぶしぶと言った調子で注文をした。
跡部が会計を済ましている間に、俺は番号札を持って、先に席に着いた。

「お前は、今日は何の日かわかってんのか?」
「確かフランス人権宣言が出された日?」
「お前にしては、中々まともな発言だな」
「だろ?この間、授業で出たんだ」

そう言って、得意げに言うと、頭をバシッと叩かれた。

「このバカ!俺が言いたい事は、そんな事じゃねぇよ。今日はお前の誕生日だから、普段お前が入れないような店に連れてってやるって言ってんのに、なんでお前は普通に、ファーストフードで満足してんだよ」

まくしたてられる様に一気に言われ、俺は何も言えず、取り合えずメロンソーダを飲んだ。

「今日は、俺の我侭に付き合ってくれるんだろ?なら、文句言うなよ。俺はファーストフードが食べたかったんだ!」
「あぁ、そうかよ」

少しいじけたように、跡部はポテトを口に放り込んだ。
そりゃ、跡部の事だから昼間からコースとか頼めるお店にでも連れて行ってくれると思ったけど、今日は俺の我侭が通用する日じゃん?
それなら、これの方が俺らしくて良いと思うんだよな。
今回、俺がしたかった事は、こういう普通な事だった訳だし。
けど、文句言いつつも、俺の我侭に付き合ってくれてるんだよな。跡部の奴。
一応、感謝しとくか。

「ありがとうな」

少し照れて言うと、跡部が首を傾げた。

「なんで、お前がそんな事を言うんだ?」
「いや、なんとなく」

どうって事ないように、俺はバーガーにかぶりついた。
本当は俺の我侭に付き合ってくれてありがとうと言いたいけど、そんな事言うと、跡部の奴が図に乗るから絶対言ってやらない。
跡部はまだ腑に落ちないって顔をしていたけど、俺はあえて言葉は付け足さなかった。


「次はどこ行くんだ?」

店を出ると、真っ先に跡部は聞いてきた。
まぁ、行き先が分からないと、向かう方向も決められないから当然だろう。

「ケーキ買って、跡部の家へ直行」

今日はラケットは持ってきてないから、ストリートテニス場に行くわけにもいかないし、このままこの暑い中を歩くのも嫌だしな。それに今日はカラオケがメインだった訳だし。

「ケーキか。どこかいい店あったか?この辺…」
「すでに下調べしてあるから、任せとけって」

そう言って、跡部の腕を引っ張ってお店を目指す。

「で、跡部1人で買って来てな」
「別にいいが、何が食べたい?」

すんなりと俺の申し出を受け入れてくれた跡部に、俺は小さく笑った。

「なんでもいいぜ。ケーキはどれでも食べれるし。何か、美味しそうなの選んでくれよ。あぁ、あそこな。ケーキ屋」

そう言って指差した先には、レンガ造りの可愛い建物。お店の前には、色とりどりの花がプランターに植わっていて、周囲から独立した世界のように見える。
そしてお店から出てくるのは、若いOLらしき女性や女子高生、可愛らしいカップル達だ。

「おい、神尾。お前、本気で言ってんのか?」
「うん」

凄く嫌そうに聞いてくる跡部に、それは即座に頷き返す。

「俺に、あんな乙女チックな店へ一人でケーキを買って来いと?」
「そう。頑張れ、跡部」

ぽんっと背中を叩いたら、跡部に凄い形相で睨まれた。

「お前、わざとだろ?」
「さぁ~、何の事だか。ほら、ケーキ」

ちょっと怖かったけど、精一杯の笑顔で言うと、跡部は観念したようにくるりとケーキ屋に視線を移した。

「今回だけだからな」
「わかってるって」

そう答えると、跡部はため息をつき、ケーキ屋へと入っていった。



数分後、小さなピンク色の可愛いケーキボックスを片手に、跡部が戻ってきた。

「ご苦労」
「神尾、お前覚えておけよ。俺様に、こんな事をさせた事を後悔させてやるからな」

そう言った跡部の顔がマジで怖かったから、俺は逃げるように駅に向かって走り出した。

「神尾、てめぇ」
「ケーキ、崩れるぞ」

俺の事を追いかけてこようとする跡部に、念のため一言注意しておく。
折角、跡部が恥を忍んで買ってきたケーキなのに、崩れて食べれなかったら元も甲も無いからな。

「じゃあ、先に行ってるぜ」

それだけ言うと、俺はリズムにのって駅に向かった。



俺が駅に到着して約3分後、跡部も駅に到着した。

「遅いぜ、跡部」
「てめぇが、ケーキを崩すなって言ったからだろ?」
「そうだっけか?まぁ、いいじゃんかよ。ほら、電車来ちゃうぜ」

そう言って跡部が切符を買うのを急かさせる。
ちょうど俺らが乗ったところでドアが閉まり、ゆっくりと動き出す。

「カラオケ、楽しかったな」

シートに座ったところで、今日あった事について話しあった。

「そうだな。まぁ俺様の美声のお陰だな」
「美声ってなぁ。お前、よく恥ずかしげも無くあんな台詞言えるよな。"俺様の美声に酔いな"なんてさ」
「あぁーん?じゃあ俺様の歌に感動して、見惚れてたのはどこの誰だよ?」
「見惚れてなんかねぇよ!。ただ、結構様になってるなぁーって思っただけだろ」
「それを、見惚れてたって言ってんだよ」

なんか言い返す言葉が見つからねぇ。
そりゃ、ちょっと格好良いと思ったのは事実だけど、見惚れてなんかいない!
心の中でそう思っていると、トントンと肩を叩かれた。

「おい神尾、耳かせ」
「えっ?なんでだよ」

俺の問いに答えずに、跡部は俺の耳音に顔を寄せた。
息がかかりそうなほど急接近され、俺は恥ずかしさのあまり、どうかしちゃうんじゃないかと思った。そしてここが電車の中だと言う事に慌てた。
しかし跡部はそんな事など気にする様子も無かった。

「Happy Birthday Akira」

跡部の口から紡がれたのは、俺の誕生日を祝う言葉だった。
美しく正しい発音の英語。
少し低く、けれどちょっと甘い感じの跡部の声。
そして滅多に、いや今まで一度も呼ばれたことの無い、俺の名前。
それは嬉しくもこそばゆい感じだった。

「お前、それ反則…」

跡部の顔が見れず、俺は窓の外を見ながら、小さく呟いた。
一方跡部は、満足そうに笑っっているようだ。

俺様で、口が悪くて、金持ちで、頭が良くて、俺との接点はテニスぐらい。
一緒にいても、よく喧嘩するし、苦しい思いや悲しい思いもする。
だけど、時折見せるこの優しさが、俺は大好きだ。
今日は、俺、神尾アキラの14回目の誕生日。
そしてそれと同時に、一番最初に好きな奴に祝ってもらった記念日になった。



END





モドル