神尾の言葉を真に受けて、それに従ったこの俺が悪いのかもしれない。 それでも比率はかなり下げた。 使った材料だって、そんざそこらにある安物では無い。 それなのにどうしてこいつはこんな風になっているんだ? |
カクテル |
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そもそもの始まりは、神尾があの本を見つけた事からだった。 夏休みに入り、部活の無い日は6割方神尾と会っていた。 今日も例に漏れず、神尾が俺の家に来ていた。 両親はいつもの如く、仕事で留守。 今日は、こいつの夏休みの宿題で分からないところを教える事になっていた。 いや、途中までは確かにそうだったのだ。 しかし勉強に関してはとことん集中力の続かない神尾は、休憩と称して俺の本棚の本を物色していた。洋書などを多く並べている本棚だが、もちろんテニスの本もあり、それを読もうとしたのだろう。それはいつもの事だった。 ただ、今回はそれとは別の本を見つけてしまったのだ。 「なぁ、跡部」 「何だ」 「なんで、酒の本なんて持ってんだ?」 そう言って一冊の本を出した。 それはカクテルの本で、俺はそれ以外にも何冊かその手の本を持っていた。 「たまに作るんだよ。親父の仕事関係者にな」 「えっ、マジ!?」 と言っても、本当にたまにだ。 カクテルは、見た目の美しさに反して、アルコール度の高いものが多い。 俺も多少は飲めるが、そう何種類ものカクテルの味見をするのは辛い。 だから基本的には親父がいる時にしか作らない。 「なぁ、なぁ。カクテルって、あのバーテンみたいにやるのか?」 好奇心の多い年頃の所為か、妙に目をキラキラと輝かせて、神尾が聞いている。 「あぁ。一応、道具は大体揃ってるしな」 シェーカー、ミキシング・グラスにストレーナー、メジャー・カップにバー・スプーン、バー・ブレンダー。あとは各種グラスに、アイス・ピックなどの道具など。 まぁ、どれの親父の所有物だけどな。 「俺、跡部がカクテル作るの見たい!!」 「あぁ?それで、誰がそのカクテルを飲むんだよ」 「俺!」 授業中に手を上げるように(実際、神尾が手を上げる場面はあまり想像つかないが)挙手をした。 「却下」 「なんでだよ!」 頬を膨らませ、どこかのげっ歯類のような顔で神尾が睨んでくる。 「てめぇは、何しに俺の家の来てるんだ?宿題を終わらせるためだろ?当のお前が、酒で酔ってたら進まねぇだろうが」 「大丈夫だって!俺、結構酒に強いし」 「どうせ、チューハイとかだろ?あんなのは酒って言わねぇよ」 いいところ、アルコール度数7%の酒で、しかもほとんどジュースのようなチューハイで酔わないとは、説得力に欠ける。 実際のカクテルは、ジンやウォッカなどアルコール度数40%を越える酒を使用する。 まぁ、ワインとかシャンパンを使ったのは少しはアルコール度数が低いが、それでもチューハイよりは確実に酔いやすいだろう。 神尾がどの位アルコールに強いか分からないで、倒れられたらそれこそ迷惑だしな。 しかし、このまま拒否しつづけてもうるさいだけなんだよな。 「はぁ~。少しだけだからな」 「そうでなくちゃな!」 先ほどまで静かにしていたのが嘘のように、神尾がはしゃいで言う。 本当に現金な奴だ。 「で、どんなのが飲みたいんだ?」 棚からシェーカーなどを持ち出しつつ、神尾に聞く。 一口にカクテルと言っても、ベースとする酒によって、何種類ものカクテルがある。 成り行きで、カクテルを作る事になったから有り合わせでカクテルを作るわけだが、それなりに希望を聞いてみた。 「そうだな…。あっ、スクリュー・ドライバーが飲みたい!」 スクリュー・ドライバーか。 そう言えば、どこかのメーカーで出してたな。度数はかなり低いが。 アメリカのテキサス州の油田で、男達が有り合わせのウォッカとオレンジ・ジュースで作ったと言われるカクテル。それらを混ぜ合わせる時に、混ぜ合わせる物が油田の中に無い為、ねじ回しでかき混ぜたのが名前の由来となっているらしいが、実際、そんな油まみれのもので混ぜたら、飲めたものじゃなかっただろうにな。 オレンジ・ジュースのお陰で非常に飲みやすいが、ウォッカをベースにしている為、"レディー・キラー・カクテル"の異名を持つ。 まぁ、どうせこのバカはそんな事も知らねぇんだろうな。 「本当に大丈夫なんだろうな?」 「大丈夫だって。そんなに心配するなよ」 何を根拠に言っているか分からないから、不安なんだよ。 まぁ、ウォッカの比率を下げれば平気か。オレンジジュースを多くして。 「じゃあ、ちょっと待ってろよ」 ゴブレットに氷をいれ、ウォッカとオレンジ・ジュースを入れる。 もちろん、本に載っている分量通りではない。 本通りに作れば、ウォッカがベースでオレンジ・ジュース適量だが、今回は同量で作る。 目の前で作っていても、神尾はその差も気付かないだろうしな。 バー・スプーンでステアする。ステア(Stir)とは、英語で"かくはん"、"かき回す"、"かき混ぜる"と言う意味だ。 ぺティーナイフでスライスオレンジを造り、エッジに飾って完成だ。 「ほらよ」 神尾の目の前に差し出すが、神尾は首を傾げるばかりだ。 「あれ?カシャカシャって、やんねぇの?」 カシャカシャってなぁ…。シャーカーぐらい、名前覚えろよ。 「スクリュー・ドライバーは、使わねぇんだよ」 そう言ってやると、感心したように頷いた。 ゴブレットに手を伸ばし、口をつけると4分の1程飲み干した。 「どうだ?」 「美味しい」 そりゃーな。殆どオレンジ・ジュースと変わらないしな。 「なぁなぁ。折角だから、シャカシャカってするカクテルも飲みたい!」 「そう言うのは、それが飲み終わってから言えよ」 「跡部だって、味見するだろ?」 そう言って、ゴブレットを差し出した。 まぁ、わざわざ同じものを作るよりはその方が楽だから、神尾からゴブレットを受け取って口を付けた。 殆どオレンジ・ジュースの味しかしねぇ…。 チューハイと変わらないな、これじゃあ。 「ほら、次」 俺に残りを飲ませておいて、神尾の奴は新しいカクテルを作れと急かす。 ったく、本当にガキだよな。 「あるもので作るから、リクエストは受け付けねぇからな」 「わかった」 ウォッカを仕舞い、アプリコット・ブランデーを出す。 シェーカーにアプリコット・ブランデー、レモン・ジュース、グレナデン・シロップに氷をいれ、シェークする。 シェーカーを振る俺の姿を見て、神尾が感嘆の声をあげる。 「カッコイイ。跡部、跡部!俺も振ってみたい!」 「出来るのか?」 試しにシェーカーを渡すと、構え方がわからないらしく、首を捻りながらシャーカーを構えようとしている。 「バーカ。こう持つんだ」 軽く手を取って教えてやると、先ほどより少しだけ様になった。 「どう?似合うか?」 「どうだかな」 「ちぇっ。で、これで次はどうすればいいんだ?」 シェーカーを持ったまま、神尾が言う。 俺は棚からコリンズ・グラスを取り出すと、氷を入れてシェーカーの中身を注いだ。 よく冷えているソーダを加え、ステアする。 「ほらよ」 ことんっと、グラスを置く。 「アプリコット・クーラーだ。ベースにアプリコット・ブランデーを使ってるんだ」 「へぇー。アプリコットのブランデーなんてあるんだな」 「リキュールだからな、ブランデーも。蒸留酒にフルーツや香草、木の根などのエキスを加えて造るんだ」 「なんか、勉強になるな」 アプリコット・クーラーを飲みつつ言う。 アプリコット・クーラーは、アルコール度数7%のロング・ドリンク・タイプのカクテルだから、アルコールに弱い奴でも安心して飲める。 まぁ、一応チューハイのようなものだな。 「夏だから、この氷をクラッシュド・アイスにして、フラッペにしてもいけるぞ」 「フラッペ?それも飲みたい!!」 ロング・ドリンク・タイプという事で油断していたのか、その後、神尾に言われるまま何種類かのカクテルを作った。 途中、自分でも作るとか言って作ったやつもあり、結構なアルコールを摂取してしまった。 そして気付けば、神尾は無駄に口数が増え(いつもうるさいが、それとは違うタイプだ)俺に絡み始めていた。 世に言う、絡み酒というやつだ。 「聞いてんのかぁ?あとべぇ~」 「あぁ。聞いてるよ」 軽くあしらってはいるが、いい加減こいつの絡み酒にも、うんざりしてきた。 大体、こんな良い酒で絡み酒なんかになってんじゃねぇよ。 そう言うのは、ビールとかでやれ。 「大体、いつもお前は偉そうなんだよ。少しは、俺を見習えって言うの」 この俺様のどこに、お前を見習うところがあるんだ? 「そもそも部長って言うのは、周りをまとめて、引っ張る存在だろ?それなのにお前は俺様だし、我侭だし、自己中心的だし、我侭だし…。少しは橘さんを見習えって言うの」 2度も我侭って言うって事は、いつもそう思っているって事か? この馬鹿は…。 しかも橘を見習えだ? まぁ、お前を見習うよりはまだマシかもしれないが、別の男の名前が出てくるのは、はっきり言って気に入らねぇな。 「けどな…」 俺の肩に頭を乗せてる。 神尾の奴も、大分酔いが回ったようだ。 「そんなお前が、俺は大好きなんだよ」 「そうか…よ?」 ちょっと待て、今こいつなんて言った? 大好きとか言わなかったか? 自分の耳を疑うが、まだ幻聴が聞こえるほどは酔っていないはずだ。 ばっと、急いで脇を見たが、当の神尾はいつの間にか机につっぷして寝ていた。 「てめぇ…。散々騒いで寝るんじゃねーよ」 頬を少し叩くが、身じろぐだけで起きる気配は無い。 「そう言う台詞は、素面の時に言えよ」 そう言っても、どうせこいつの耳には届いてないんだけどな。 「ったく。世話の焼ける奴だ」 これの片付けも全て俺がやらなければならねぇじゃないか。 あとで、こいつの家にも電話を入れねぇとな。 確か、今日は母親がいるって言ってたしな。 神尾を抱えながら、俺は本日何度目かのため息を吐いた。 |
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