家族旅行
神尾の発案で、お土産物を見て回る事にした。
と言っても、俺は買うつもりはない。
わざわざあのレギュラー陣に買って行っても、今回の事を聞かれるだけだからな。
だが、神尾の奴は違うようだ。
"皆に何買っていけばいいかな?"とか言いつつ、店先を覗いている。
まぁ、神尾の財布の中身を考慮して、食い物が妥当だろうな。
どうせ、部のやつら全員に買うつもりだろうしな。
それにしても湯上りの所為か、妙に神尾のうなじが色っぽく思える。
もともと、神尾は色が白い。そして筋肉の付き具合も、成長期に入り始めたばかり神尾は、まだまだあまい。その所為で、少し色っぽく見えるのだろう。

って、俺は一体何を考えているんだ。

なんとなく、自分の思考に恥ずかしくなり、俺はそれを誤魔化す為に土産物に視線を移した。そして目に付いたのは、花や蝶が描かれた櫛や鏡だった。
滑らかな曲線に、色とりどりの美しい絵。
それに吸い寄せられるように、俺はそのうちの1つに手を伸ばした。
しばらくそれを眺めていて、ちょっとした思惑が俺の頭に浮かんだ

「おい、神尾。ちょっと来い」

少し離れた所にいた神尾を呼び寄せると、俺は手にしてた櫛を神尾の髪にさしてみた。
神尾の髪によく映えているが、やはりちょっと、使い方が違うよな。
そう思いつつも、わざと俺は櫛を取らずに放置した。

「えっ?何さした!?」

一人あたふたする神尾を見て、俺は思わず笑いをかみ殺す。

「あっ、櫛か…」

ようやく自分の髪に挿してあったの櫛だと知り、神尾はちょっと安心したようだ。

「っうか、俺に挿すんじゃねぇよ。櫛って言うのは、髪を梳くものだろ?かんざしじゃねぇんだからさ」

文句を言い終えると、自分が手にしている櫛をじっと見つめた。

「けど、これ綺麗だな。杏ちゃんのお土産、これにしよっかな」

神尾の発言に、まだこいつは橘の妹に気があるのかと、思わず疑いたくなる。

「てめぇ、俺と言う恋人がいながら、そんな事いってんじゃねぇよ」
「ばっ、バカじゃねぇの!そんなんじゃねぇよ」

すぐさまに否定する神尾だが、顔は風呂でのぼせたように真っ赤にして言われても、何の説得力もないと思うのは俺だけか?

「じゃあ、跡部は何も買わないのかよぅ」

ちらっと俺の事を一瞥し、神尾は別の話題をふってきた。

「あぁ、そのつもりだが」
「つまらねぇ…。何か買おうぜ」

つまらねぇって、どこのガキだよ。こいつは…。

「誰に買えって言うんだ?」
「部活の仲間とか」
「あぁ?樺地はともかく、他の奴らはやる必要はねぇよ」

そんな義理がこの俺にあるわけじゃない。
それにこいつみたいに部の奴ら全員に買うとしたら、荷物がかさばるだけだ。
そもそも、不動峰のように氷帝はアットホームな部活ではないしな。

「じゃあ、自分自身へとか」
「お前、バカか?」

なんで俺が、俺自身に土産を買わないといけないんだ?
確かに、この目の前のバカなら自分自身にみやげ物を買うだろうが。

「バカじゃねぇよ。じゃあ…」

そこまで言うと、神尾は口を閉じた。
既に2回否定されているから、少し慎重になっているようだ。
ったく、これだからガキは困る。

「じゃあの続きはなんだよ」

少し顔を覗いて言ってやれば、神尾は伏せていた視線を上げ、ちらっと目をそらしつつ、神尾は控えめに口を開いた。

「跡部のお母さんとかによぅ」

神尾にしては大分まともな返事が返ってきたことに、思わず驚く。

「母親にか…」

そんな事、今まで考えた事はなかった。
一応、今回の事は母親の耳には入れてはある。だが、忙しい人だから大して気にはしてはいないだろう。そもそも俺自身、そんな事で心配をかける年でもない。

「おい!何か言えよ」

沈黙に耐えられないのか、神尾が声を上げる。

「そうだな。たまにはいいかもな」
「えっ、マジ?」

自分の言った事が受け入れられた事が嬉しかったのか、神尾は明るい声を上げた。

「あぁ」
「じゃあ、何にするんだ?」

まるで自分の買い物をするように、神尾が聞いてくる。

「そうだな…」

個人的には、ここにおいてある櫛や鏡などがいいと思うが、少しこれでは使いにくいかもしれないと思いとどまる。
確かに、毎日鏡は使うだろうが、それならファンデーションなどが入っているコンパクトを持ち歩いているだろう。
またこの櫛では、少しガキっぽい気がする。
そう思いつつ、店に並んだ品を見ていると、奥のほうにいる神尾が俺の名を呼んだ。

「なぁ、これなんかいいんじゃねぇ?」

嬉々として見せてきたのは、ペンだった。
先ほどまで見ていた櫛や鏡同様に、花や蝶が描かれており、綺麗に漆でコーティングされている。

「ペンか…」

確かに、これなら毎日使うだろうし、ガキっぽくない。
むしろこの深みのある、しかし落ち着いた赤の色合いが、花や蝶を引き立てていて、とても品がいい。

「てめぇにしては、いい選択だな」

神尾の手からペンを受け取り、眺める。

「俺にしてはってのが、余計だって」

ガキみたいに頬を膨らまし言う神尾だが、その顔はどこか嬉しそうだ。
俺はそのペンを持って、レジに向った。

「ありがとう御座いました」

袋に入れられたペンを受け取り、表で待っている神尾のところに向う。

「跡部のお母さん、喜んでくれるといいな」
「あぁ。ありがとうな」

きっと神尾が言わなかったら、俺は何も買わずに帰っていたことだろう。

「へへっ。どういたしまして」

カランコロンと響く下駄の音が、軽やかに響く。
周囲からは、所々に設けられている足湯から漂う硫黄の香りがたちこめている。
夏の日差しが少し和らいで感じる。
肌に感じる風に耳をすませていたら、神尾が"そう言えばよぅ"と口を開いた。

「晩御飯はなんだろうな」
「あぁ?もう夕飯の心配か?」

まだ日は高い所にあると言うのに、飽きれたやつだ。

「いいだろう。楽しみなんだからよぅ」

カランカランと響く下駄。
いつもの神尾なら、ここで「リズムにのるぜ」とか言って、歩くテンポを上げるところだが、今日はしないようだ。
温泉町にいるせいか、妙にここは時間がゆっくり進んでいる気がする。
普段、色々と忙しい生活をしている所為か、それが凄く新鮮だと思った。
たまには、こんなのも悪くねぇな。
そんな事を思いつつ、俺たちは宿に向って歩いた。



END





モドル