家族旅行 |
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別に、神尾と出掛けるのが嫌と言う訳ではない。 もしこいつが行きたいと言うのであれば、どこにでも付き合ってやる気はある。 しかし、それには当然ながら2人っきりという前提があるわけで、どうしてこう言う事になったのか。俺は今だ頭を抱えている。 「あら、跡部君。体調でも悪いの?さっきから、黙っているけど」 「そうなのか?なんなら、少し休憩するかい?」 「あっ、いえ。平気です」 「そう?なら、いいけど」 そう、二人っきりで無い事が問題なのだ。 どうして俺がここにいるんだ? 「それにしても、アキラにこんな友達がいたとはな」 「本当ね。母さんも、驚いたわ」 「前から、話はしてただろ?」 「けど、会った事は無いでしょ?」 「それは、母さんが家に居ないからだろ。何度か、うちにも来てるし」 「あら、そうなの?」 どうしてこの俺様が、こいつの家族旅行に同行してるんだ!? しかも妙に和やかな雰囲気だしよ。 あぁ、訳わからねぇ…。 はぁ~と、ため息をつくと、このバカが顔を覗いてきて。 「大丈夫か?跡部」 「あぁ、平気だ。気にするな」 そう答えたが、神尾は声を潜めて、こう言った。 「ゴメンな」 確かに、今回の1件はこいつが原因なのだから当然の言葉ではあった。 1週間前 「あぁ?家族旅行だ?」 「そう」 突如、俺の家に着たかと思えば、神尾がそんな事を言い出した。 なんでも、神尾の家では毎年お盆過ぎに家族旅行に行くらしい。 そんなのは、どこの家でもやっている事だから大した事ではない。 ただ今年は、急きょ神尾の姉が旅行に行かない事になったらしい。 なんでも、学校の友人達と出掛けるらしいのだ。 ただ神尾自身は、彼氏と出掛けるのではないかと思っているらしい。 それで一人分空いてしまい、俺に一緒に行かないかと持ちかけてきたのだ。 キャンセルするにしても、どうせ部屋は一人分空いてしまうし、キャンセル料が生じてしまう。それなら仲の良い友達でも誘ったらどうかと、神尾の親が言い出したそうだ。 「行かない…か?」 俺が、あまりそう言う事が好きで無いのを知っている所為か、かなり弱気だ。 まぁ他人の家族旅行に付いて行くというのは、あまり気分の良いものではない。 だが、それを除けばまぁまぁ楽しめるかもしれないと思った。 そう、柄にも無くそう思ってしまったのだ。 気付けば、これは二言で返事をし、今に至る訳だ。 「気にするな。俺が選んだんだからな」 そう言ってやると、神尾は嬉しそうに、しかしちょっと恥ずかしそうに笑った。 今回、神尾が俺を最初に誘った事も、俺が了承した理由の一つだ。 こいつの事だから、てっきりの伊武にも声を掛けたのだろうと思ったからだ。 もともと、幼馴染みだから親とも親しいし、俺より気がね無く誘えるはずだしな。 それでも俺を誘ったと言う事は、俺の気分を良くさせた。 そう言う訳で、神尾の父親の運転する車で、長野県を目指して走っている。 「跡部君は、温泉は好きかね?」 「えぇ、気持ちが落ち着くので」 取り合えず、会話を合わせておく。 まぁ、温泉が嫌いな奴もそうそういるとは思えないがな。 「今日泊まるところはね、町で温泉の管理をしているんだ」 「町でですか?」 「あぁ。だから、町のいたるところにある温泉に、好きなだけ入る事が出来る。自分の好みの湯に入れるんだ。特に、入浴料を取られる事もないしね。それに足湯もあるから、試してみるといいよ」 さすが旅行代理店に勤務しているだけあって、下調べは万全のようだ。 「共同の洗濯場があってね、冬なんかは皆そこのお湯を使って洗濯をするらしいよ。雪が多く降る地域だから、温泉は大切なんだね」 神尾の父親の説明に、俺や神尾は思わず頷く。 「楽しみだな」 「あぁ」 そう言って、少し笑ってやる。 さっきまでの、不安そうな表情は消え、楽しそうにしている。 「そう言えば、跡部」 「なんだ?」 「跡部って、この夏休み家族でどこか行かないか?」 「あぁ、一応予定は入っているが、もしかしたら中止になるかもな」 俺の答えに、神尾が目を丸くする。 「えっ、どうしてだよ?」 「親父の仕事の都合だな。まぁ、その時は母親と2人で行くだろう」 「そう言えば、跡部のお母さんって会ったことなかったな」 「あぁ。父親同様に、忙しい人だからな」 家族での約束が無くなる事は、今までも何度かあった。 それでも俺が小さい頃は、頑張って都合を合わせていたらしい。今では俺もガキじゃないから、無理して合わせるようなら大変だからと言って、断る様にしている。 別に親にないがしろにされている訳ではない。 ただ、お互いの時間が合わないだけなのだ。 「跡部君のご両親は、お忙しい方なんだね」 「えぇ、まぁ…」 「なら、今回のこの旅行が家族旅行代わりになるんだね」 「そうですね」 「じゃあ、気がね無く過ごしてくれ。自分の家族だと思ってね」 ミラー越しに、神尾の父親が笑った。 神尾に良く似た笑いだ。 「そうさせてもらいます」 そう言って、俺はミラー越しの神尾の父親に笑い返した。 |