真夏のある日
「蝉の声、うるせぇ~」

夏なのだから蝉が鳴くのはば当然なのだが、ここまでうるさいと本当に嫌になる。
こんな暑い日はエアコンの効いた部屋で、冷たい飲み物とアイスなんかを食べながら、お気に入りの音楽を聴いているのが1番なんだけど、それも俺の家では叶わぬ夢だ。
省エネとか言って、母さんがエアコンの使用時間を決めてるからな。
それに対して抗議をすると"それなら図書館にでも行って、勉強でもしてきたら?"と言われるのが関の山だ。だから、俺はあえて抗議はしない。
そう言うわけで、くつろげて涼める場所を目指して、今俺は歩いているんだけど…。

「跡部の所に辿りつくまでに、干からびたらどうすっかな…」

気温は35度。そんな中を歩いている俺って、結構無謀かもしれない。
だけど、エアコンも使えない部屋でじっとしていられるほど、俺も我慢強くないわけで、ここまで来たらとっとと跡部の家に上げてもらって、涼むしかねぇよな?

「よし、リズムにのるぜ!」

俺は少しでも早く涼む為に、リズムに乗って跡部の家へと向かった。



跡部の家に着くと、まずはチャイムを鳴らす。
それでも中々返事が無いから、2、3度連続で押したら、いきなり怒鳴られた。

「ガキみたいな事を、やってんじゃねぇよ!一度押せば、十分だ」

跡部の声にビビリつつも、ようやく開かれたドアに、俺は思わず顔の筋肉が弛んだ。

「涼しいー」
「あぁ?当たり前だろ。貴様ら庶民と一緒にすんじゃねぇよ」

頭を軽く小突かれて、俺は少し睨むように跡部を見た。

「悪かったな、庶民で。どうせ、俺の家は省エネ中だよ」

脱いだ靴をきちんと揃え、俺は跡部の部屋に向かおうとした。
だけど跡部が俺の髪に触れているのに気が付いて、動くのを止めた。

「神尾。お前、この炎天下の中、走ってきたのか?」

まるで俺がここに来るまでの映像を見ていたように、跡部が言う。

「そうだけど、なんで?」
「髪の毛が濡れ過ぎだ。徒歩だったら、背中に汗をかくくらいで、ここまで髪が濡れるわけないだろ」

跡部の指摘に、思わず納得する。
確かに、テニスや体育をやった後は、こんな感じに髪が濡れるけど、普通に外を歩いている際は、こんな風に髪は濡れないよな。
俺が跡部の推理(?)に感心していると、腕を引っ張られ、方向転換させられた。

「えっ、何?」
「お前は、まずはシャワー浴びろ。そのままでエアコンの効いた部屋に入ったら、風邪ひくだろ。バカなんだからな」

確かによく跡部にバカとは言われるけど、どうして今の状態でそんな言葉が出てくるんだろうか。大体風邪って、基本的には冬にひくものだろ?それが夏って事は…。

「あぁ!」
「なんだよ、うるせぇな」
「もしかして、はバカだから、夏風邪をひくって言いたいのか?」

俺の発言に、跡部は一瞬、何を言っているのか分からなそうな顔をしたが、ちょっとして理解したらしくて、頷いた。

「お前、今頃気付いたのか?」

"本当に、バカだな"と言って、呆れ顔する跡部に、カチンときたのは俺の我が侭ではないと思う。

「悪かったな!どうせ俺はバカだよ。じゃあシャワー借りるから、お前は部屋にでも戻ってろよ」

跡部の手を振り払って、俺は勝手知ったる、跡部の家の浴室へと向かった。
後ろで、跡部の大げさなため息が聞こえたが、俺はそれを無視した。



「あぁー、気持ちよかった」

シャワーを浴びた事で、さっきの怒りもすっかり流され、俺は爽快な気分で跡部の部屋に入った。
汗で濡れたTシャツは着ず、上に羽織っていたシャツを直接着ている。
髪の毛から滴り落ちる水を、首に掛けたタオルでごしごしと拭く。

「シャワー、サンキューな」

ソファーで雑誌を読んでいた跡部に、一応お礼の言葉を述べる。
跡部は、俺がさっきの事を気にしていないのに気がついたのか、安堵の表情が見れる。

「で、わざわざ今日は、何をしに来たんだ?」

視線を移すことなく、跡部が聞いてきた。

「あぁ、これを見ようと思ってさ」

跡部の言葉に、自分がここを訪れた本来の目的を思い出し、リュックの中を漁る。
涼む為って言うのもあるが、今回はそれだけじゃないんだった。
跡部の家に来た理由、それはこれだ。
"じゃーん"と言って、見せびらかすように薄い長方形の物を取り出して、跡部に見せた。

「何だそれ?」

さも興味が無いように、跡部が言う。
なんて言うか、予想通りだよな。この反応って。
でも、もう少しのってくれても良いと思うんだよな。

「映画だよ、映画。しかもミステリーホラーサスペンス!」

去年の夏、どうしても見たかったんだけど、色々あって見に行けなかったやつだ。
折角借りてきたんだから、やはり映画館みたいにド迫力で見たい。
それが可能なのは、跡部の家のシアタールームだ。
四方から聞こえるサウンドと、大画面。
しかもエアコン完備の部屋だから、ちょっと設定温度を下げて、スリルたっぷりに堪能出来るという計画だ。

「って訳だから、一緒に見ようぜ?」

そう言って跡部を見つめると、いかにもかったるいと言う感じに笑った。

「貴様がそこまで言うなら、仕方ねぇから付き合ってやるよ」

やはり俺様な態度に、ちょっとムカついたけど、ここで跡部の機嫌を損ねて、この計画を台無しにするのは嫌だから、俺はあえてすまなそうに

「恩にきるぜ」

と、一言言った。
それに満足したのか、跡部は特に何も言わずシアタールームに案内してくれた。



まず、プレーヤーにDVDをセットし、カーテンを閉める。
エアコンの設定温度を少し涼しめにセットし、跡部の脇に座る。
リモコンで部屋の照明を暗くし、DVDを再生する。
黒い画面に映像が映し出され、映画が始まった。

「お前、ホラー系なんて見れるのか?」

跡部が、からかうような声で聞いてきた。

「見れるに決まってるだろ!俺を何だと思ってんだよ」

ちょっと睨む様に言うと、納得した様に頷く。

「そうか。なら、別にいいけどな」

そう言うと、再び画面へと顔を向けた。

なんだったんだ?
もしかして跡部って、怖いの嫌いとか?
いや、それは無いか。
いかにも、幽霊とか信じてませんって感じだしな。
でも、もしかしてって言う事もあるし…。

ちらっと跡部の顔を盗み見て、もしこれで嫌いだったら笑えるよなと思った。

「アーン?何、変な顔してんだよ」

べしっとデコピンをされ、俺は大人しく映画を見る事にした。



1時間後

うわぁ~。噂には聞いてたけど、すっげぇ怖い。
ホラー系が好きな俺でも、これは結構ヤバイかもしれない。

そんな事を思っている間に、映画はクライマックスへと近付いて行く。
そして主人公たちがドアを開けようと手を掛けた瞬間、ぱちっと画面の映像が消えた。

「うわぁぁぁああああ!!」

なっ、なんで。いきなり部屋が暗くなるんだよ!?
DVDの呪い!?

「あっ、あとべ~」

思わず、脇にいる跡部の服を掴む。
跡部は小さい子どもを慰める様に、俺の頭を2,3撫でると、俺から離れた。

「どこ行くんだよぉ~」

俺の質問には答えず、跡部は窓際まで行くと、きちんと締めてあったカーテンを開けた。

「やっぱりな」
「?」

1人納得する跡部に"何が?"と言う顔で見ていると、俺に分かるように補足の言葉を付け足す。

「停電だ。どこの家も、電気が消えてる」

そう言って、窓の外を指差す。
確かに窓から外を覗くと、電気のついている家はどこもない。

「映画を大音量で見てたから、雷の音が聞こえなかったんだな。ほら、雨が降り出してきてやがる」

濃い灰色の空から、大粒の雨が降ってきた。
映画も消えて静かになった分、ザァーと言う雨音がよく響く。

「なんだ。停電か…」

ほっとしていると、妙な視線を感じた。
脇にいる跡部の顔を見ると、にやにやと笑っていた。

「なに笑ってんだよ。気持ち悪いな」
「なぁ、神尾」
「なんだよ」
「さっき、怖い物は平気だって言ったよな」
「あぁ、言ったけど。それがどうかしたか?」
「さっき、停電になった時、凄い叫び声で叫んだよな?」

えっ…。
確かに、俺はさっき映画が突然ぱっと消えたから、ちょっと叫んだけど、それが何?

「怖いものは平気だとか言っておきながら、俺の服を掴んだよな?」

その言葉でこいつが何を言いたいのかなんとなく理解した。

「やっぱり、怖い物が苦手なんじゃねーのか?神尾君よう」
「あっ、あれは状況が違うだろ!」
「何が違うって言うんだ?」
「だから、いきなり停電になって、それで…」
「それで俺様の服を掴むほど、怖かったのか?」

にやにやと笑いながら、からかう様に言う。

「情けない声で、俺の事呼んだよな?」
「だから…」
「神尾、男の言い訳は格好悪いぜ」

悔しいけど、もう何も言い返せない。
そう言えば俺が跡部に言葉で勝てた事なんて、今まで一度も無いんだよな。
跡部の言葉に、俺は心の中で白旗を上げた。

「悪かったな!どうせ悲鳴上げたよ。お前に縋りついたよ。仕方ねぇだろ、怖かったんだからよ!これで満足か?あぁ?」

睨みつける様に跡部を見ると、ちょっと満足した様に笑った。

「素直に認めればいいんだよ」
「くっそぉ~。性格悪過ぎだ!」

悔しいやら、情けないやら、俺は複雑な心境となった。

パッと、再び映画が画面に映し出された。

「停電も、復活したみたいだな」

外を眺めながら、跡部が言う。

「で、まだ続きを見るのか?」
「あぁ…」

まぁ怖かったのは事実だけど、やっぱり最後まで見ないと続き気になるしな。
俺の脇を通り、跡部が先にソファーに座る。
そしてポンポンと、自分の脇のスペースを叩いた。

「心優しい俺様が、怖がりな神尾君と共に映画を見てやるから座れ」

跡部の、俺を小ばかにした言いまわしに、ちょっと(いや、かなり)ムカついたけど、俺は大人しく跡部の脇に座った。

「てめぇが、もたもたしている間に、大分進んじまったな」

そう言って、跡部が映画を巻き戻していく。
なんとなく跡部のペースで物事が進むのが悔しくて、俺は跡部に抱きついた。

「どう言う風の吹きまわしだ?」

意外そうに、跡部が俺を見る。

「別にいいだろ。ほら、早く再生しろよ!!」

俺の言葉に、跡部は少し嬉しそうに笑いながら、再生ボタンを押した。


俺が跡部の家で映画を見ているのも、停電で俺が叫んだのも、こうやって跡部に抱きついているのも、全て夏の所為にして、俺は映画に没頭した。



END





モドル