夏祭り
軽やかな鈴の音とおはやしの音が、耳を掠める。
灯篭の灯りによって、闇に浮き上がる縁日の風景が、俺は好きだ。
子ども達が人々の間を掛け抜け、浴衣を綺麗に着つけた女性達が、下駄の音を響かせながら歩く。
俺の脇には可愛い彼女ではなく、一見綺麗だけど、柄の悪い"彼氏"が肩を並べて歩いている。俺の視線に気付いたのか、かちりと目が合った。

「どうかしたか?」
「べっ、別に」

俺は恥ずかしくて、急いで視線をそらした。

ここは、俺の家の近所の神社だ。
毎年、お盆前にお祭りが開かれている。
俺も幼い頃から、母さんや深司、学校の奴らと一緒に来ていた。
ただ、今年は皆の誘いを断って、この跡部と来ている。
絶対断られると思っていたんだけど、意外にあっさりと跡部は俺の誘いを飲んでくれた。
そして祭の最終日である今日、俺は跡部と一緒に祭に来た訳だが、人が多すぎる。
いつもは祭りの初日か2日目に来ている所為かもしれないけど、これは予想外の多さだ。
ちょっと気を抜くと、すぐに人にぶつかりそうになる。
いや、それ以前に跡部とはぐれそうだ。
いくら携帯電話を持っていても、これじゃあ周囲の雑音で電話も出来ないよな。
そうすると、跡部の機嫌が凄く悪くなって、喧嘩して、折角の祭りが台無しになる。

うわっ、それって最悪。

自分の考えが現実にならないよう、跡部から離れないようにしようと顔を上げたら、隣りに居る筈の跡部はすでにいなかった。

えっ!?マジかよ。

1人、どうしようとおろおろしていると、ぐいっと後ろに引っ張られた。

「お前はどこに行く気なんだよ」

少し飽きれたような跡部の声。
でも心配してくれたらしく、そんなに機嫌を損ねてはいないようだった。
"よかった"と、ほっとしていたら、こつんと頭を小突かれた。

「なに、間抜けな顔してんだよ。ほら、金魚すくい。やるんだろ?」

どうやら跡部は、俺が金魚すくいをやるんだと言う発言を覚えていて、それで金魚すくいの屋台の前で止まったらしい。
だからそのまま歩いていた俺は、跡部の姿を見失ったと思ったのか。
謎が解けたところで、俺は跡部の脇に腰を下ろした。

「おじちゃん、ポイ2つ」

そう言って二人分の金を支払い、ポイを1つ跡部に差し出した。

「はい、跡部」
「俺もやるのか?」

ポイを見つめて、跡部が不思議そうに聞いてきた。

「その方が面白いだろ?」

跡部にポイを渡すと、俺は目の前のいけすに集中した。
赤い和金と黒い出目金が、泳ぎまわっている。
出目金は、目玉が飛び出ている所為で、ポイが破れやすい。
だから、数を狙うなら和金の方がいい。
ポイの和紙をしっかりと濡らし、少し斜めにもってゆっくりと持ち上げる。
水面から離れると、素早く入れ物へと移す。
よし、1匹目ゲット。
次の金魚を狙うべく、またいけすへと視線を移す。
ふと、脇の跡部が凄く真剣な顔で、いけすを見ているのに気がついた。
まだ、手にしている入れ物には、1匹も金魚は入っていない。
どうやら、お得意のインサイトで、狙っているらしい。
よし、じゃあ俺も跡部に負けない様に、頑張るかな。
そう思い、再びいけすに集中した。



「金魚すくい、結構面白かっただろう?」
「どこがだ?」

不機嫌そうな跡部に、俺は心の中で笑った。
真剣に金魚をすくおうをしていた跡部だが、1匹もすくえず終いに終わった。
跡部も結構な負けず嫌いだから、あの後二千円近く金魚すくいに金を使い込んだと思う。
一方俺は、あのあと3匹すくったから、合計4匹。
本当は全くすくえなくても、おじさんが1匹はくれるんだけど、俺が4匹すくったからそれを2つの袋にいれてもらって、俺と跡部で持つ事にした。
だから跡部が不機嫌なのは、俺に金魚を分けてもらったからではないかと思っている。
でもそれを口にしたら絶対否定されるから、俺はあえて言わない。
人の事をいつもガキだガキだって言うけど、跡部だって十分ガキだよな。
そう思いつつ、手に持った金魚と跡部の顔を交互に見比べた。

「あっ」

俺は小さく声をあげると、ちょっと跡部から離れて歩いた。

「あぁ?どうした」
「いや、鉄たちの姿が見えたからさ。つい…」

不動峰の中で、俺と跡部の関係を知っているのは、深司と橘さんの2人だけだ。
本当は心配を掛けるから橘さんにも知られたくなかったんだけど、色々あってさ。
一応、公認してもらったけど、今日も跡部と2人で祭りに行くからとは言えなかった。
別に後ろめたいわけではない…と思う。
だけどこう言うのって、そうはっきりと言えるものでもないだろ?

ちらりと跡部の顔を見ると、ちょっと不機嫌そうな顔をしていた。
やっぱり、怒らせたかな?
そう思っていると、ぐいっと強い力で引っ張られた。

「なっ、ちょっと。跡部!」

わざと作っておいた跡部との間が、あっというまに埋まってしまった。
しかも引っ張られた勢いで、俺は跡部の身体に寄りかかるような形になっていた。
跡部はそれに気付いているのか、わざと肩に手を回してくる。
それはまるで、カップルが肩を抱いて歩いてるような格好だ。
あまりの恥ずかしさに抗議の声を上げるが、跡部は一向に開放してくれる気はない様で、涼しげな顔をしている。

「何、考えてんだよ」

睨みつける様に跡部の顔を見つめて、声を出す。

「見つかりたくねぇんだろ?なら、少し黙ってろ」

耳元で囁かれたのは、怒りとは違う低い声。
跡部に言われた通り俺が黙ると、跡部は満足そうに口の端を上げて笑った。
半分は跡部の気まぐれと自己満足だと思うが、もしかしたら、鉄たちに見つからない様にこうしてくれたのかもしれない。
なんとなく、俺はそう思った。
と言うよりも、そう思わないとあまりの恥ずかしさに、どうかしてしまいそうだった。

「なぁ、跡部」
「なんだ?」
「俺、リンゴ飴が食いたい」
「それなら好きに買えばいいだろ」
「いや、だから離せって言ってんだよ」

俺の主張に、"あぁ、そうだったか"というように、跡部がぱっと手を離した。
密着していた所為か、身体が妙に熱い。
勿論それだけでは無いとは思うが…。

「なぁ、跡部もリンゴ飴食う?」
「そうだな、俺は杏飴でいい」
「オッケー」

差し出された金を受け取って、リンゴ飴1個と杏飴1個を頼む。
お釣と品物を受け取ると、俺は跡部のところに戻った。

「ほい、杏飴」

差し出した杏飴を、跡部は無言で受け取る。
歩きながら食べようとした俺に、跡部の静止の声が掛かる。

「人にぶつからないところで、食えよ」
「あっ、そっか」

確かに人通りの激しいここで、リンゴ飴を食べるのは少し危ない。
人とぶつかった拍子にリンゴ飴を落とす可能性もあるし、人の浴衣にリンゴ飴をつけてしまう可能性もある。
俺と跡部は、お社の脇にあるベンチに腰を下ろした。
勿論あまり人の目につきにくいベンチにだ。
俺の買ってきたリンゴ飴は、屋台に並んでいる物の中でも、サイズの1番小さいやつだ。
昔、大きいのを買って食べようとしたら、最後まで食べられずに悔しい思いをしたから、それ以来小さいサイズのしか買っていない。
リンゴ飴を食べつつ、跡部の顔をたまに盗み見た。
なんとなく、杏飴とか食べないイメージはあるのに、食べる姿はそれなりに絵になっていると言うか、変ではない。
やはり顔が整っていると、なんでも様になるらしい。
なんとなくずるいと思う。
俺の視線に気が付いたのか、跡部が俺の事を見た。

「食いたいのか?」

手にしている杏飴を少しこっちに差し出された。
別に欲しくて見ていたわけではないが、折角だから一口だけ貰った。
お礼に俺のリンゴ飴も差し出したら、ぱくりと一口口にした。

「甘いな」

そう言って、再び自分の杏飴を食べ出した。
杏飴だって十分甘いと思うけどな。
そう思いつつ、俺も自分のリンゴ飴を食べる。

もし、またどこかで祭りがあるなら、また跡部と行きたいと思った。
始めの頃は、喧嘩とかしたら嫌だとか思ったが、それも俺の取り越し苦労だったしな。
跡部の意外な一面も見れたし、少し嬉しい事もあったし。
その事を跡部に言う気はさらさらないが、結構ドキドキしたのも事実だ。

なぁ、跡部。
来年もまたこうして、ここに来れるといいな。

俺は心の中で、そっと跡部に話し掛けた。
返ってくるはずのない答えを、俺は1人で想像した。

「おい、神尾」

突然、跡部が俺の名を呼んだ。

「えっ、何?」
「来年、また誘えよ」

跡部の突然の発言に、俺は首を傾げる。
跡部は少し小さなため息をつき、俺の事を見た。

「だから、祭りに決まってるだろ。来年こそは金魚すくいのリベンジをしてやるって、言ってんだよ」

少し不機嫌そうに言う跡部が、可笑しかった。
まだ、あの金魚すくいの事を根に持っていたらしい。
俺が笑いを堪えられずに笑い出すと、凄く不機嫌な顔で睨まれた。

「てめぇ、神尾のくせに笑ってんじゃねぇよ」

そう言って、俺の頬を左右へと引っ張る。
俺は跡部の手を逃れ、呼吸を整えると、跡部に向かってにっこりと笑った。

「分かったって、跡部。絶対来年も、ここに来ような」

俺の言葉に、跡部は満足そうに頷いた。



END





モドル