夏の始まり
1つの学期が終わる日。
それはこれから始まる楽しい休日と、成績返しという恐怖が絡み合う瞬間。
ここにも1人、その恐怖を体験している者がいた。

どくん どくん
1人1人名前が呼ばれていく。
あぁ、心臓に悪い。っうか、心臓の音が五月蝿い。
なんで、楽しい事の前って、こう嫌な事があるんだ?
いいじゃん。成績なんてさ。

そう思っていると、誰かに声を掛けられた。

「…尾」

トントンと、誰かが俺の肩を叩く。
取り合えず、今の俺には、余裕が無いから無視をした。

「神尾」

それなのにまた呼ばれ、俺はそいつを睨みつける為に振り向いた。

「うっさいな。なんなんだよ!」

言った後に、今まで俺の事を呼んでいたのが、深司である事を知った。
"まずい。ぼやかれる"と思ったが、深司はあまり気にしていないようで、表情を崩しはしなかった。
それどころか、俺が予想もしていなかった言葉を発した。

「呼ばれてる」

そう言って、前方を指差す。
深司の指差す先を見ると、イライラとした表情の担任がいた。

「神尾!早く成績を取りに来ないか!!」
「あっ、はい!」

皆に注目され、恥ずかしいやら、情けないやらで、俺は成績表を受けとると、そそくさと席に戻った。

「おい、深司」

後ろの席に座ってる深司に声を掛ける。

「何?」
「何じゃねーよ。どうして、もっと早く言ってくれねぇんだよ」
「何言ってるの?俺はちゃんと、声を掛けてあげたでしょ?それを聞いてなかったのは、神尾じゃん。全く嫌になるよね。人が親切に声を掛けてやったのに、無視するし。挙句に逆ギレするし。あーぁ、今度からは、何があっても声を掛けてやら無くていいや。どうせ人の話聞いてないんだし」

やばい、本格的に深司がぼやき始めた。

「大体、神尾はいつも…」
「悪かったって!機嫌直してくれよ、深司」

まだぼやきを続けようとする深司の言葉を遮り、俺は謝った。

「宇治金時」
「はっ?」
「だから、宇治金時で許してあげるって言ってんの」


つまりそれは俺に奢れと言ってるのか?
っうか、たかられてるよな、俺。
今月、新しいアルバムを購入して金無いのにな。

「かっ、カップじゃダメ?」
「いいよ。どうせそう言うと思ってたし」
「よかった~。じゃあ、ストテニ寄る時でいいか?」

俺の言葉に、深司はこくりと頷いた。



チャイムが鳴ると、俺と深司は足早に教室を出た。

「なぁなぁ。深司は成績、どうだった?」

脇を歩く深司に問い掛ける。

「まぁまぁかな。でも神尾よりは、いいんじゃん」
「うっ…、悪かったな」

どうせ俺は頭悪いよ。
体育と音楽は自信を持って5だと言えるが、他の教科は…。

「けど、2は無かったからな!」

一応、俺のプライドの為に、それだけは主張しておく。

「それは良かったね」

それなのに深司はそれをさらりとかわす。

「って言うかさ、誰か来てるの?ストテニ」

あそこのストリートテニス場は、本来ダブルス専用だ。
だから俺と深司でワンペアとして、もう一組相手が必要となる。

「まぁ今日で学校も終わりだし、きっと誰かしらいるんじゃねぇの?」
「ふ~ん。そうだといいけどね」

少し歯切れの悪い深司の答えに、俺の胸は少しざわついた。



無事、ストリートテニス場に着き、コートに見える人影に俺は安堵した。
はずだった…。

「あっ、跡部!!」

脇に深司がいるのも忘れ、思わず叫んでしまった。
俺達より先にコートにいたのは、氷帝の跡部と山吹の千石さんだった。

「あっれ~?不動産のリズム君と伊武君じゃん」

跡部が言葉を発するより先に、千石さんが口を開く。
相変わらず、不動産って言うし。
うちは、不動峰なんだけどなぁ。
そう言っても、どうせ聞き入れてもらえないのは見えていたから、それは無視した。

「あの、なんで千石さんと跡部がここにいるんですか?」

わざわざ跡部に声を掛けたくはなかったから、そのまま千石さんに質問をする。

「ほら、今日って終了式で、早く学校が終わるじゃん?だから跡部君と、ちょっと手合わせなんかしたいなぁ~って、思ってさ。で、君達は?」
「俺達も、学校が早く終わったらテニスをやりに…」
「そっか~。じゃあ一緒に手合わせしよっか?俺一度、伊武君と試合してみたかったし」

"どうかな?"と言って、深司に返事を求めた。

「いいですよ。千石さん相手なら、面白そうだし」

そう言って、ラケットを持って、コートに向かう。
って事は、シングルス?まぁ、他には誰もいないから、平気か。

そう思って深司と千石さんを見送ってると、ぐいっとYシャツの裾を引っ張られた。

「あぁ?なんだよ」
「いつまでもボケッと突っ立ってないで、座ったらどうだ?」

そう言って、自分の脇に座れと言う様に、空いているベンチのスペースを叩く。
ちょっと癇に障ったが、確かに跡部の言うとおり、ずっと立っているのもなんだから、言われたとおり大人しく腰を下ろした。

「っうか、千石さんと仲良かったんだな」

無言のままでいるのも、居心地が悪いから、取り合えず声を掛けてみた。

「あいつが強引に誘ってきただけだ」

"ったく、面倒でしかねぇ"と、愚痴を零す跡部。
思えば、きちんと言葉を交わすのはこれが初めてだった。

「あいつらが終わったら、1ゲームやるか?」
「えっ?」

跡部の突然の申し出に、一瞬きょとんとしてしまった。

1ゲーム?って事は、跡部と試合が出来るって事か?

ようやく跡部の言っている事を理解し、俺は真っ直ぐ跡部を見返した。

「やる!そしててめぇを倒す!!」
「あぁ?何生意気な事、言ってんだ?」

軽くにらみをきかして言われると"そう言う事を言うのは、この口か?"と言って両頬を引っ張られた。

「いひゃいっ。にゃにひゅんだっ!」

力一杯に跡部を突き放すと、俺の頬は跡部の手から解放された。

「礼儀がなってねぇんだよ。てめぇは」

見下したように言われ、さっきまでの静かな雰囲気は見る影も無くぶち壊された。

「やっぱり、てめぇムカつく!」

指差しして言うと、"あぁ?"って言われて、睨まれた。
なんとなく悔しくなって、俺は思わずこう叫んだ。

「跡部、勝負しろ!」
「あぁ?さっき、1ゲームやるって言っただろうが。そんな事も忘れたのか?」
「そうじゃなくて、賭けをしようって言ったんだよ」
「賭けだぁ?」

跡部が不思議なものを見るように、俺の事を見返した。

「俺がお前に勝ったら、俺と深司と千石さんにカキ氷を奢れ!」

なんとなくムカついたから、さっき深司に言われた宇治金時を跡部に奢らせる事にした。
本当なら深司だけでもいいんだけど、折角だから上乗せして要求する。

「で、俺が勝ったら?」
「お前の出す用件をのむ」

そう言って、じっと睨むと、跡部は面白そうに笑った。

「いいぜ。受けてやるよ」

こうして、深司と千石さんの試合が終わり次第、俺らは宇治金時をかけたゲームをする事になった。



「ゲームセットだな」

反対側のコートから、跡部がそう言ってきた。
悔しいけど、結果は俺の惨敗。
さすがに、氷帝の部長をやっているだけの事はあるらしい。

「くっそー!!」

悔しい、悔しい。なんかさっき以上に、イライラする。
そう思っていると、追い討ちをかけるような一言を言われた。

「で、俺の出す用件を、のんでくれるんだったよな?」

うっ…、そうだった。

「男に二言は無いよな?」
「あぁ、ねぇよ。で、用件は?」

俺の言葉に、少し考えるように、跡部が俯く。

「そうだな、てめぇの成績表でも見させてもらうか」
「なっ!!」

俺の成績表!?
って、そんなの見せたら、こいつの事だから絶対、バカにするに決まってる!
正直、それは凄くムカつくから拒否したかったが、男に二言は無いと言った以上、それも叶わない。少し躊躇したが、俺は仕方なく自分の鞄の中から、成績表を取り出すと、跡部に差し出した。

「笑うなよ?」

一応、そう忠告するが、たぶんそれも無駄だろう。
成績表は俺の手から、跡部の手へと渡った。

「ふ~ん」

跡部は、上から下へ。左から右へと、穴が開くんじゃないかと思うほど、見つめた。
自分の成績を、よりにもよって跡部に見られるという事は、この上ない屈辱だった。
満足したのか、パタンと成績表を閉じて、俺に差し出す。

「ほらよ。いらねぇのか?」

中々受け取らなかった俺をからかう様に、跡部が言う。
俺はそんな跡部から、ぱっと成績表を奪い取った。

「まぁ、人並みじゃねぇの?」

てっきり、バカにするものだと思っていた所へ、跡部の意外な一言。

「えっ?」
「まぁ、てめぇらしい成績表だったぜ」

褒められいるような、貶されているような微妙な言葉だったが、取り合えず笑われずに済んで、俺は安堵の息を漏らした。

「俺様の成績も見るか?」

跡部の意外な申し出に、俺は思わず頷いた。
しかし見なければよかったと後悔したのは、その数十秒後だった。

「ありえねぇ…」

オール5に近い跡部の成績表に、俺は唖然とするばかりだった。
4がついているものと言えば、家庭科ぐらいだ。
しかも跡部曰く、それは実習の際、同じ班の芥川さんがミスをし、連帯責任で付けられた評価だったらしい。

「やっぱり、てめぇムカつく」

そう言って、俺は跡部の成績表を投げつけた。

こうして、跡部に対する二重の敗北感と共に、俺の夏休みは幕を開けたのだった。



END





モドル