花火 |
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部活動を終え、校門をくぐると、なぜか神尾が待っていた。別に、俺が呼び出し訳でも、約束を交わしていたわけでもない。ただ、神尾が自分の意思で待っていたのだ。 「よぉ、お疲れ」 俺に気付いた神尾が、片手を上げて労いの言葉を掛けてきた。 耳には、いつものイヤホン。背中には、いつものリュック。 今日は部活が無かったらしく、ラケットは持っていない。 代わりと言ってはなんだが、白いビニール袋を1つ持っていた。 「どうかしたのか?」 「今晩、空いてるか?」 こっちが質問しているにも関わらず、神尾は自分の質問を言い出した。まぁ、神尾がこっちの意見を聞かないのはいつもの事だから、取り合えずこっちが先に答えてやる。 「一応、空いてる」 「じゃあ、花火しようぜ」 「花火?」 俺が聞き返すと、神尾は手に持っていたビニール袋を目の前に突き出した。 「さっき、そこで買ってきたんだ。跡部の家なら、庭が広いから平気だろ?」 そう言って、首を傾げる。 「まぁ、別にいいが…」 なぜ、今日なんだ? まぁ先日、梅雨明け宣言をしたが、まだ7月も中旬。夏だから、花火をしても不自然ではない。だが、せめて夏休みに入ってからだろ。 「ダメだと言っても、やる気なんだろ?」 少しため息交じりで聞くと、神尾は"もちろん"と言う様に、にっこり笑った。 「仕方ねぇから、許可してやる。だが、後片付けは1人でやれよ」 そう答えると、"サンキュー、跡部"と言って、神尾は先ほど以上に嬉しそうに笑った。 俺は俺で、甘いな…と自称気味に笑った。 神尾を家に上げると、こいつは待ちきれないといった様子で、花火の袋を開封した。 「おい、晩飯はどうする?」 「あぁ、食う。腹減ったし」 そう言って、キッチンへと向かい、軽く冷蔵庫の中や棚に目を通す。 両親が共働きの神尾の家では、母親が夜間勤務の日がある。 その為、意外ではあるが、神尾はある程度の料理が出来る。 そして放課後に会う約束をしている時、神尾の母親が夜勤の日は俺の家で一緒に晩飯を食べる事が定着しだしていた。 神尾曰く、1人で食べる飯は、美味しくないらしい。 もちろん、俺自身もある程度、料理は出来る。 っうか、神尾にそんなんで負けてたまるか。 だから俺が料理をしてもいいのだが、神尾が悪いからと言って7割方神尾が作っている。 「なぁ。暑いし、そうめんでもいいか?」 キッチンから顔を出した神尾が聞いてきた。 「あぁ」 そう答えつつも、頭の中では"ちょっと手抜きだな"とツッコミを入れる。 「跡部。麺つゆは?」 「そんな物、ある訳ねぇだろ」 当然だという風に答えると、"仕方ないから作るか…"と、神尾がぼやいた。 そして再び、神尾がキッチンへと消えていた。 しばらくして、キッチンから香りよいかつおだしの香りが漂ってきた。 氷同士がぶつかる音と、水でそうめんを冷やす音も聞こえてくる。 「跡部~、そうめんを盛る皿出して~」 神尾の少し間延びした声に、素直に従って皿を出してやる。 くるくると指に巻き、形良く一口サイズに、そうめんをまとめていく神尾。 俺が持ってきた皿にそれを盛り、所々に氷を置く。 流しには氷水で、神尾特製の麺つゆが冷やされている。 「よし、完成!」 満足そうに言って、テーブルへとそれらを運ぶ神尾。テーブルの中央にそうめんを持った皿、各席には、箸と麺つゆの入ったガラスの器。そして薬味が並べられた。 俺の反対側に、神尾が座った。 「じゃあ、いただきまーす!」 ガキのように、元気に神尾が発する。 「いただきます」 一応、俺もそう言って、そうめんに箸を伸ばす。 のど越しの良いそうめんは、つるんと入っていく。 「何かさ、こうやってそうめん食べてると、夏って感じだよな」 「お安い夏だな」 少しバカにしたように言うと、神尾は 「悪かったな」 と言って、そっぽを向いた。 だが、いつまでもそうしている訳にもいかず、またそうめんをつつきだした。 「で、何で花火なんだ?」 今日、神尾に会って最初に疑問に思った事を、神尾に聞く。 「いや、なんとなく」 あっさりと答える神尾に、自然とため息がもれた。 「なんとなくってな…」 「なんとなく、夏休みに入る前に遊びたかったんだよ。誰よりも早く、花火がしたかったんだから仕方ねぇだろ。どうせガキだよ、俺は」 後半、むくれたように神尾が言う。 唇を尖らせる辺りがなんともガキっぽくもあり、また神尾らしいと思う。 「誰もそこまで言ってねぇだろ?」 そんな神尾を、真っ直ぐに見つめ返すと、恥ずかしいのか神尾は顔をそらした。 「おい、やるんだろ?花火」 そらした顔を、少しだけこっちに向けてきた。 「あぁ…」 先ほどの俺の発言に、俺があまり乗り気ではないと思ったのか、少し抑えた声で答えた。 「じゃあ、ボケッとしてないで、とっとと準備しろ」 そう言ってやると、嬉しそうに顔を上げた。 「じゃあまずは、打ち上げ花火からな。それで手持ち花火やって、ロケット花火も打ち上げて…。あっ!それから、線香花火が一番最後だからな!」 神尾なりに花火プランがあるらしく、ご丁寧に順番を言い上げた。 「わかった。お前の好きにしていいから、早くしろ」 「おぅ!」 先ほど、開封しかけてた花火の袋をあけ、種類順に並べだした。 ああでもない、こうでもないと言って、これから火を付けていくであろう花火を見比べる。 まぁ、こいつの性格的に、夏の風物詩が好きな事は予想内ではあった。 花火、祭り、海水浴にキャンプ。あとは合宿とかも、絶対好きだろうな。枕投げなんて、低俗な事をやりそうだしな。 あまりにも容易に分かってしまう神尾の行動を、俺は想像しながら苦笑した。 そう言えば、来月のお盆前に、神尾の住んでいる所の近くで、祭りをやるんだとか言ってたな。きっとこいつは俺の事を誘いにきて、俺は仕方ないって顔で行くのだろう。 なんだかんだ言って、こいつの我侭に付き合ってやってる自分に、俺自身が変わった事を改めて知らされた気がした。 そんな事を考えてると、神尾の声が俺を呼んだ。 「跡部、バケツは?」 「庭の脇の方にあるだろ」 窓から顔を出し、指差しをして教える。 神尾はそのバケツに水を汲むと、花火の置いてあるところまで持ってきた。 「よっしゃ。準備出来たぜ」 そう言って、俺の事を呼ぶ。 庭には、神尾がセットした花火が並んでいる。 「じゃあ、まずはこれに火をつけるな」 そう言って1つの花火-ロケット花火-を指差す。 じゅっと言う音がし、シューと言う音を立てて、花火が空に上がっていく。 音だけがメインのロケット花火が空に消えるのを見届けると、神尾がこっちに向き直る。 「よし、花火大会開始」 どうやら、さっきのロケット花火は開始の合図だったらしい。 神尾は何本かの手持ち花火を俺に差し出し、選べと目で訴える。 適当に1本選ぶと、神尾も1本、俺と同じのを取って、他のを置いた。 固定されている蝋燭に近づけると、先端の紙が燃え、次第に色とりどりの火花と煙が燃え上がる。 「俺、花火って好きなんだ」 燃える花火を見ながら、嬉しそうに神尾が告げる。 1本目が燃え尽きると、また新しいのを選んでは火をつける。 以後、それの繰り返しだが、神尾は小さな子どもみたいに嬉しそうに笑いながら、それを繰り返した。そんな神尾を見て、たまにはこいつのバカに付き合ってやってるのも悪くは無いと思った。 |
END |