七夕 |
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今日は珍しく、俺も神尾も部活がなかった。 だから放課後、中間地点の駅で待ち合わせをして帰る段取りをつけていた。 俺は予定通り待ち合わせ場所に着いたが、神尾のバカはまだで、俺は仕方なく神尾の事を待っていた。 それから10分程経って、やっと神尾が現れた。 ったく、スピードのエースが、聞いて呆れるぜ。 「遅い!」 「仕方ねぇだろ?掃除当番だったんだからよ」 きょろきょろと辺りを見渡し、時計を見ながら"まだ10分しか過ぎてねぇじゃん"と文句を言う。遅れてきておいて、いいご身分だな。 「なら、メールでも寄越せ」 「あっ、それは無理」 「あぁ?なんでだよ」 「携帯を家に忘れてきた」 このバカは呆れてものも言えないぜ。 もしこれで俺の方に用事が出来たら、どうするつもりだったんだ? 「番号は覚えてるから、電話をかけようかと思ったけど、それより走った方が、時間のロスが少ないだろ?公衆電話を探すのも、面倒だったしな」 今時、携帯の番号をきちんと覚えてるなんて、こいつ無駄なところで、貴重な記憶力を使ってるな。そこを勉強に生かせば、少しは成績もましになるのにな。 少し呆れつつも、俺が自分の番号である事に自然と顔が緩む。 勿論神尾には気付かれないように、すぐにいつもの顔に戻す。 「それにしても全速力で走ってきたから、あちー」 ぱたぱたと手で、仰ぐ。 「俺に会いたくて、そんなに頑張ってきたのか?」 少しからかった口調で言うと、"バーカ"と反論してきた。 「てめぇに、ごちゃごちゃと言われるのが嫌で、早く来てやったんだよ。感謝しろ」 「あぁ?なんで俺が、お前に感謝しないといけねぇーんだよ」 "むしろ、俺に感謝しろ"と言うと、神尾は"やなこった"と返してきた。 可愛くねぇ…。 「なぁ、それより暑い。どっか店に入ろうぜ」 "甘いものが食いたい"と言う神尾に、心優しい俺は付き合ってやることにした。 駅前にある甘味処に入り、宇治金時とクリームフルーツ白玉あんみつを注文する。 俺の奢りだと言うと、神尾の奴は大抵、自分の金では絶対頼めない物を頼む。 「本当にお子様だな」 「別にいいだろ。俺が何を頼もうと」 口を尖らせて、生意気な口をきいてくる。 「あぁ?誰が金を出してやると思ってるんだ?」 「跡部様です。ごめんなさい」 軽く頭を下げ、謝ってきた。 一応、それなりに感謝はしているらしい。 しばらく雑談をしていると、店員が近づいて来た。 「宇治金時とクリームフルーツ白玉あんみつになります」 店員が俺の前に宇治金時を、神尾の前にクリームフルーツ白玉あんみつを置く。 「それから只今、七夕キャンペーン中でして、よろしかったらお書き下さい」 そう言って、短冊とペンを渡された。 「書き終わりましたら、会計脇においてある箱に入れるか、ご自身で駅の所にある竹に、飾ってくださいね。では、ごゆっくりどうぞ」 軽くお辞儀をし、店員が下がったところで、さっそく神尾が短冊へと手を伸ばす。 「そっか、明日って七夕か。忘れてたぜ」 今日の日付は7月6日。つまり明日は7月7日で、七夕。 織姫と彦星が、一年に一度の逢瀬を交わす日。 「なんだ、忘れてたのか?本当に記憶力の悪いやつだな、お前って」 「うるさいなぁ。仕方ないだろ、一々日付なんて覚えてられるかよ」 「あぁ、そうですか」 俺が呆れたように言うと、神尾は何か言いたそうに俺を見たが、何か言うと、また何か言われると思ったのか、あえて無視したようだ。 「なんて書こうかな」 右手にペンを持って、嬉しそうに短冊を見つめる。 「お前、そんなんで願い事が叶うと思ってるのか?」 「なんだよ。いいだろ?俺の好きだし」 "ケチつけるなよ"と、俺を軽く睨んでから、短冊へと視線を落とす。 大体、織姫と彦星がどうして、川のあっち側とこっち側に遠ざけられてるのか知ってるのか?恋だなんだと言って、仕事をサボってたからだろ?そんな奴らに、願い事が叶えられる力がある訳ないだろうに…。 そう言っても、この目の前のバカは書くんだろうな、自分の願い事ってやつを。 俺はそんな神尾を眺めつつ、宇治金時をスプーンでつつく。 「どうでもいいが、アイス溶けるぞ」 神尾は忘れかけているであろう、クリームフルーツ白玉あんみつの存在を。 だから一応、忠告をしてやる。 「えっ?あっ、いただきます」 急いでスプーンを掴む。陶器に入った黒蜜を上からたっぷりとかけ、嬉しそうにスプーンでフルーツとアイスをすくうと、口へと運ぶ。 「う~ん、美味い」 本当に美味しそうに食べてた神尾だが、ちらりと俺の顔を見た。 「食いたいのか?」 そう言って、俺の宇治金時を少し押して、神尾へと近づけてやる。 「サンキュー、跡部」 自分のスプーンで、宇治金時をつつく。 「けどよ、折角だから跡部も何か書けよ。短冊に」 「あぁ?なんでだよ」 「いいじゃん。たまにはさ」 そう言って、俺に宇治金時を返すと、再びあんみつを食べ始めた。 俺は自分の手元に置かれた短冊を見つめ、たまには神尾に付き合ってやるかと思い、仕方なくペンを取った。 会計を済ませると、その足で俺達は駅へと向かった。 「で、結局なんて書いたんだ?」 大切そうに短冊を持つ神尾へ問う。 「えっ?内緒」 そう言って、"どの枝にするかな~"と散々悩んだ後、満足そうに短冊を竹へとつける。 なんとなく気になったから、神尾の後ろに回って、短冊を覗き込む。 「何々『目指せ!全国』だぁ?お前なぁ、こんな事をわざわざ書くなよ」 俺が小さくため息をつくと、神尾はむぅーと顔を膨らせて、反論してくる。 「別にいいだろう」 「大体、他力本願で叶うと思ってるのか?」 結局は己の努力次第だろ?そんな事も分からないのか、このバカは。 「いいんだよ。これは俺の意思の表明なんだから。っうか、勝手に読むなよな、人の短冊。プライバシーの侵害だ!」 真っ赤な顔で言う神尾を、軽く睨む。 「あぁーん?バカか、お前は。こうやって、公衆の面前に飾ってる時点で、そんな物は関係ねぇんだよ。そんな事もわからねぇのか」 俺の言葉に、神尾は悔しそうに俺を睨み返す。 「じゃあ俺が跡部の短冊を見ても、問題ないんだな」 「あぁ、良いぜ」 俺の言葉に、神尾の目が輝いたのが分かった。 「ただし、どこに飾ってあるかわかったらな」 俺の言葉に、神尾は"えっ?"と首を傾げる。 明日が七夕という事もあって、竹には数多の短冊が吊るされてある。 しかも、竹も一本ではないから、この中から俺の書いた短冊を見つけるのは容易な事ではない。 まぁ、そう簡単に見つかるとこには吊るしてないけどな。 「えっ…。あれ?跡部の書いた短冊の色って、何色だっけ?」 「さぁ~な。ほら、帰るぞ」 そう言って、神尾の腕を掴んで歩き出す。 「待てよ。俺、跡部の短冊見てない」 抗議の声を上げるが、俺は無視するように歩き続ける。 「どうせ探し当てられないんだから、諦めろ」 「くそぉ~」 本当に悔しそうに、神尾が唸る。 「跡部、何て書いたんだよ」 「教えるか。バーカ」 「じゃあ、ヒントだけでも」 尚も食い下がってくる神尾に、"仕方ねぇなー"と言って、俺はわざと耳元に顔を寄せた。 「秘密だ」 と、低い声で囁くと、神尾の顔が真っ赤になるのが分かった。 神尾は俺の低い声で耳元でささやかれるのに、弱かったりする。 やっと黙った神尾を見て俺は満足し、掴んでた手を離して再び歩き出す。 「明日、晴れるかな?」 先ほどの恥ずかしさを隠すように、空を見上げながら歩く神尾。 「七夕って、毎年天気悪いよな」 「うわぁー、ロマンねぇー」 「お前の口から、ロマンなんて言葉が出てくるとは、思ってもみなかったぜ」 そう言うと神尾は、再び不機嫌そうな面になった。 「本当に跡部って、性格が悪いよな」 「あぁ?なんだと?」 「べっつにー」 悪戯をしたガキが逃げるように、たったっと軽く走り、俺との距離を開ける。 「おっ、一番星み~っけ」 そう言って、空を指差した。 その一番星の下には、はっきりと飛行機雲が走っていて、明日が雨である事を暗示していた。 「やっぱり、今年も雨だな」 「えっ?何でだよ」 不思議そうに聞いてくる神尾に 「教えるかよ。バーカ」 と答えると、"ケチー"と神尾が言葉を返してきた。 そんな神尾の声を聞きながら、織姫と彦星のように、一年にたった一度の逢瀬を交わす訳ではなく、こうして好きな時に好きなだけ、こいつと会える事を、織姫と彦星に自慢してやりたいと、柄にもなく思っていた。 |
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