39日間。
これを長いと感じるか、短いと感じるかは、その人の状態によると思う。
例えば、夏休みなんかがそうだ。
初日は"なんて長い夏休みなんだろう"とか思うけど、終わっちゃうと、"あっと言う間だった"と思う。
今の俺の気持ちは、それと少し似ている。
まぁ結局、今の俺にとっての39日って短すぎると言う事だ。
俺とお前のスタートライン
跡部の誕生日までの日数を指折りして数えると10日に満たない事に気がついた。
まだなのにな…。
自然と大きな溜め息が零れた。

「何、溜め息なんてついてんだよ」

俺とは正反対の面持ちで、跡部は飲み物の入ったグラスを持って、ドアの所に立っていた。差し出されたグラスを受け取ると、跡部は俺の向かい側に腰を下ろす。

「で、どうした?」

なにが?って聞き返してやろうかと思ったけど、怒鳴られるから止めることにした。
どうせ俺の溜め息の理由を聞いてるんだろ?
いつもは軽く流すくせに、なぜかこういう時は気づくんだよな、こいつ…。
色素の薄い跡部の瞳が、俺の事を捕えた。
俺は仕方なく、口を開くことにした。

「跡部、どうして…」

俺より早く生まれちゃったんだよ。
その言葉があまりにもバカらしくて、俺はそのまま言葉を呑み込んだ。

「いや、なんでもない」

そう言って視線をずらしたら、月刊プロテニスが目に入った。

「跡部、テニスしないか?」
「今からか?」

俺の突然の申し出に、跡部は視線を俺から窓へと移した。
秋分を過ぎたから日の入りが確実に早まった。あと30分もしたら、完全に日が暮れるだろう。
それでも俺は、跡部とテニスがしたかった。

「ダメか?」

首を傾げる俺に、跡部は口の端を持ち上げて笑った。

「いや、いいぜ」

そう言うと、机の脇においてあったテニスバックに手を伸ばした。
そして中身を確認し終わると、俺に差し出した。

「ラケットは貸してやるから、鞄ぐらいは持てよ」

少し挑発的な言葉だったが、俺はそれを素直に受け取り、ストリートテニス場に急いだ。



「跡部、もう1試合やろう!」

ベンチに座り水分補給をしている跡部に、俺は投げかけた。

「あぁ?まだ、やんのか?」

跡部が俺に視線を移す。
ベンチは跡部が占領しているから、俺はベンチのすぐ脇に座っている。
だから自然と見下ろす形になった。

「だって、まだ跡部に勝ってないじゃん」

そう言うと、跡部は軽く鼻で笑った。

「俺に勝つ気でいたのか?」
「当たり前だろ!」

そりゃ、跡部が強いのは俺だって嫌って程知ってる。
去年はJr.選抜に選ばれたくらいだし…。
それでも跡部は手を抜かないで俺の相手をしてくれる。
だから俺だって、跡部に勝つ気で頑張ってるんだ。

「まぁ、良いけどよ…。だけど大丈夫か?」
「何が?」
「体、辛くないか?」

…?別にケガとかは、してないよな?
そう思い体を見るが、やはりケガは見当たらない。

「平気だぞ?」

そう言って、ラケットを持って立ち上がろうとした時だ。
何かが、ぐらっとした。
地面が揺れてる?
いや、違う。
俺の足の力が抜けた?
そのまま地面に倒れそうになった俺の体を、跡部の腕が支えてくれた。

「このバカ!何やってんだよ」
「…ゴメン」

跡部が座っていた脇に座らされ、俺は俯いた。

「お前、何焦ってんだ?」

跡部の言葉に、鼓動が早くなるのを感じた。

「なっ、焦ってなんか…」
「じゃあ、なんでこんなになっても、食い下がってんだ?お前は、自分の体調が分らないほどバカじゃないだろ?」

跡部の言葉にこくんと頷く。

しばらくして、何も言わない俺の頭を、跡部の手が撫ではじめた。
跡部は俺みたいに言葉で感情を表すよりも、こういった行動で優しさを示す事が多い。こんな些細な事でさえ、跡部との距離を感じさせる。

「あとべ…」
「なんだ?」

その声はいつものバカにしたような声ではなくて、優しさを含んだ大人の声の様だ。

「どうして俺より早く生まれたんだよ」
「はぁ?」

予想外の言葉に、跡部は少し間抜けな声を上げた。

「何言ってんだ?」
「俺、いつも跡部に追いつこうと頑張ってんだぜ?だけどお前との距離が全然縮まんないんだ」

はははっと笑った声は、乾いた音になった。

「お前はどうしたいんだ?」
「跡部と…、同じスタートラインに立ちたい」

もともと1つ年が離れているだけで、スタートラインが違うんだ。
だからって同じ14歳になれたからって、同じスタートラインに立てるとは限らない。
確かに年は1つとったかもしれないけど、跡部との身長も、距離も、テニスの実力も全部縮まらなくて…。
全てが空回りするんだ。
もしかしたら、このまま跡部との関係も空回りしちゃうかもしれない。
それってなんか物凄く不安なんだ。

「神尾、お前の言うスタートラインってなんだ?」
「えっ?あっ、跡部と対等の立場でいる為の…」
「対等って、お前は俺の従者なのか?」
「そんな訳ないだろ!」

跡部の言葉に、俺は声を荒げて言った。
従者って、王様とかに従う家来みたいなもんだろ?
確かに跡部は俺様だけど、俺の事をそんな風には扱ってないし、俺だってそんな気はさらさら無い。

「なら、俺とお前は同じラインにいるって事だろ。違うか?」
「えっ?あっ、うん…」
「ならそれでいいだろ?」

そう言ってぽんぽんっと俺の頭を叩いた。

「…うん」
「何か不満でもあるのか?」

"うん"とは言ったものの、俺がまだ納得していないのに気付いたようだ。

「なんか跡部に丸め込まれた気がする」

そう言って跡部の事を見ると

「それはお前の気のせいだ」

と言って、軽く笑った。
なぜかそれだけの事が嬉しくて、俺も自然と笑みが零れた。

「じゃあ、続きをやるか」
「えっ、なんの?」
「テニスに決まってるだろ。お前が言い出したんだぞ。少しは体力も回復しただろ?」

そう言って差し出された跡部の手を、俺は迷う事無く掴んだ。

「よし!今度は負けないからな」
「バァーカ。俺がそう簡単に負けるかよ」

やっぱり俺は、まだまだ跡部には追いつけないと思った。
俺の事を良く考えてくれて、分かってくれているこいつに。
それでも気持ちが安らいだのは、跡部の言葉を信じようと思ったからだと思う。

俺達は今、同じスタートラインに並んでいる。



END





モドル