酷く頭痛がする時がある
そう言う日は決まって、夜に雨が降る
そんな日は全く眠れなくなるんだ
雨と孤独
「神尾、神尾」

誰かが俺の肩を揺らす。
泥沼の中にあるような意識を浮上させると、見慣れた親友の顔があった。

「あっ、深司か…」
「次、移動」

深司は簡潔に言うと、俺の前の席に座った。

「眠ってないの?」
「あぁ、頭痛が酷くてな…」

いつからだったろうか、酷く頭痛に悩まされ始めたのは。
昼間は頭痛に悩まされ、夜は雨が降って眠れなくなる。
と言っても、全然眠れないのではなく、夜中に何度も目を覚ますのだ。
大概が目を覚ました時、顔が涙で濡れていて、その後眠るのが怖いと感じる。
特にこの時期は、そんな日が何日も続く。

「目の下…」

深司が心配そうに俺の顔を見つめている。
その視線を無視する事も出来ず、言葉を返す。

「あぁ、やっぱり出来てる?クマ…」

俺の頼りない声に、一度こくりと頷く。

「橘さんが心配する」
「そうだな…」

俺は睡眠を要求する体を起こし、頭を覚ます為にパンパンと頬を叩いた。
今の俺には、こうする事でしか自分の意識を保てない気がした。

「よし!」

気合いを入れるように声を発す。
教科書を持って立ち上がると、俺は深司と共に教室を後にした。





何てウザイ雨なんだろう。
俺は睨みつけるように降り続ける雨を見た。
夕方から振り出した雨は、空が闇に染まるにつれて次第に強くなりだした。
部活が無い日だとは言え、雨がこうも降るのはあまりいい気はしない。
このままだと、明日まで止みそうにないな。
仕方なく俺は体をソファーに預け、目を閉じた。


どれくらい経っただろうか、机の上においてある携帯電話が鳴り続けていた。
俺は渋々立ち上がり、携帯電話の画面を見た。

神尾か…。

ボタンを押して、無言のまま出てやる。

『あっ、跡部…』

神尾の辛気臭い声が聞こえた。

「何だよ」
『その…今日、会いたい…』
「なら来れば良いだろ。俺んちに」

いつもと変わらないであろう反応を返す。
しかし神尾の奴は、何故か黙り込んでいる。

そしてこっちがイライラとしてきた頃、やっと口を開いた。

『俺の家に来れないか?』
「はぁ?」

こいつは頭が可笑しいんじゃないのかと思った。

誰が会いたいんだ?お前だろ?
なんで俺が、わざわざこの雨の中、出かけなきゃいけないんだ?

そう言おうとした時だった。

『今日…誰も居ないんだ』

神尾が一言一言噛み締めるように言った。
ははーん、そう言う事か…。

「お前、ヤりたいのか」
『ちっ 違う!』

電話の向こうで、慌てる神尾の事を思いながら、俺は笑いをかみ殺した。

「なら、お前が来いよ」
『えっ?あと…』

奴が俺の名前を言い終わる前に、電話を切ってやった。
俺はその携帯電話をソファーの上に投げ捨てた。

きっとあいつは来る。

そう思いながら自分はベッドに身を任せた。
この雨の中、ずぶ濡れになってやって来るであろう神尾の姿を想像していると、なんとも言えない歯切れの悪さを感じた。

いつもなら"会いに行ってもいいか?"と聞くあいつが"会いたい"と言い切った。

ちっ、仕方ないな。

俺はこの何とも言えないモヤモヤを取り払うために携帯電話に手を伸ばした。





跡部に勝手に電話を切られた俺は、疲れた体を少しでも楽にする為にシャワーを浴びることにした。
連日続く睡眠不足と部活での疲労―その重荷で、俺の体は酷くボロボロだった。
どうにか寝ようとしても、頭痛が邪魔をして眠れない所為だ。

跡部…。

気の所為かもしれないが、あいつの事を考えると頭痛が納まる気がした。

会いたかったのにな…。

もちろん、叶わない願いだと分かっていた事だが、辛い…。


重い体を引きずるように部屋に戻った直後の事だ。携帯電話がけたましく鳴り出した。しかもその音はつい先ほど電話を勝手に切られた跡部の指定音。

嘘だろ…。

俺は狐に騙されたような気分で、携帯電話に手を伸ばした。

「もしもし…」

息を呑んで、相手の声を待った。

『やっと出やがったか…。おい、玄関を開けろ』

跡部の突然の発言に、俺はぽかんとしてしまった。
玄関って、どこの?

『おい、聞いてんのか?』

電話越しに跡部のイライラが伝わって来た。
俺は訳がわからないまま、取りあえず玄関に向かった。
そしてドアを開ければ、目の前には紛れも無く跡部が立っていた。

「遅い」

一言そう言うと、跡部は俺の体を押して家の中に入って来た。
跡部の家とは比べ物にならないであろう、普通のマンション。
こうして跡部がうちを訪ねてくるのは、三度目のはずだ。
玄関から軽く家の中を見た跡部は、そのまま俺へと視線を移す。

「お前、なんでクマなんて作ってんだ?」

そう言って大きな手が俺の頬に触れる。
次の瞬間、俺の体から一気に力が抜けた。

あれ?

ぺたんと冷たいフローリングの床に座りこんだ俺を、跡部は怪訝そうに見下ろす。

「何やってんだ?」

跡部の低い声が頭に響く。

気持ちいい…。

ふわふわとした感覚が俺を包み込む。
まるで子守唄を聴いているような感じだと思った。
そんな夢見ごこちの俺を、跡部は腕を掴み、ぐっと引っ張るように立ちあがらせた。
だが足に力が入らず、全体重を跡部にかけるように、身を任せるしかなかった。

「仕方ないな…」

そう言って、俺の体を抱え上げると俺の部屋に向かった。
俺はされるがままに、ベッドに運ばれた。

ベッドが軋む音がする…。

降り続ける雨音がする……。

跡部の体重が、俺の体を圧迫する。

俺の口を、跡部の唇が覆う。

そして絡みつくような甘いキスをする。

甘美な味がする。

麻酔がかかったように、俺の意識が沈んでいく…。





カーテンの隙間から差してくる日差しで目を覚ました。
ベッドの脇においてある携帯電話に手を伸ばし、時計を見る。

5時4分前か…。

大分、早く目が覚めたと思う。
昨夜、神尾に呼び出され、そのままこいつの家に泊まった。
奴は目の下にクマを作っていた。
俺が触れたら、床に座りこんだ。
ベッドに運んで、濃厚なキスをした。
ただそれだけだったと思う。
っうか、本当にそれだけしかしてねぇ。
それなのに唇を離したら、奴は小さな寝息を立てて眠っていた。
俺は拍子抜けし、バカらしくなって帰ってやろうとした。
だが…。

「あと…べ」

寝ているはずの神尾の声。
振り向けば、やはり神尾は寝ていた。

寝言かよ…。

そう思ったんだが、奴があまりにも幸せそうな顔で寝てたので、帰るのを止めた。結局、神尾の脇で一夜を過ごしたのだ。

ったく、幸せそうな面で寝やがって…。

昨夜より顔色が良くなっている。目の下のくまも大体、消えている。
なんとなく、頬を軽く摘んでやった。それでも神尾が起きる気配は無い。
俺はもう少しだけ、ここにいることにした。



END





モドル