気持ちの伝え方
自分の気持ちを相手に伝える方法はいくつかある。
一つ、態度で示す事。これは初歩の初歩だ。
一つ、言葉にする事。言葉さえ話せればガキにでも出来る。
一つ、文章にする事。最近ではメールもこれに分類される。
それであのバカは一番最後の文章という手段を取ってきた。
メールで伝わる事は実際に会って話す時の50%以下だと聞いた事があるが、これはそれ以前の問題だろう。しかも内容がバカバカしい。

ライクとラブの違いって、なんだと思う?

これをどう解釈しろというのか。
いや、あのバカの事だからこのままに受け取るべきだろう。
そうとわかっていても、ため息がもれる。

「なんや跡部、ため息なんかついて。幸せが仰山逃げてくで」

頭痛の種に頭を悩ましていると、のんきな声で忍足が声をかけたきた。
俺が手にしている携帯電話の画面を覗き込むように首を伸ばしたので、すかさず携帯電話をたたむとポケットにねじ込む。

「ため息で逃げる幸せは1つに対し1個じゃないのか」
「いや、眉間に仰山しわ寄せてたからな」

忍足に指摘され、思わず右手で眉間を押さえる。
確かに凹凸が出来ていて、無意識に顔をしかめていたようだ。
そういえば神尾と付き合いはじめてから、周囲に感情やその時の気分が表に出すようになったと指摘された事がある。
もともと無表情な方ではないが、それまでは余裕というのもがあった。
だがあいつの予想つかない行動によって、それは脆くも壊された。
実際、俺はあいつよりも優位な位置に居ると思うものの、時にはあいつに振り回されている。この俺様がだ。
その事を本人に言えば、あいつは付け上がるから何があろうとも言うつもりはない。
だがそれを無視することも出来ず、しぶしぶ受け入れているのが現状だ。

「黙ったままで、なんも言わないなんて跡部にしては珍しいんとちゃう」
「なんだ、怒鳴られたかったのか」
「いややな、跡部。俺が虐められるの好きみたいやないか。マゾやないんやから」

軽い口調で言葉を返す忍足を無視しようと思ったが、俺は先ほど神尾から届いたメールの事を聞いてみる事にした。

「おい、忍足。分かりきっている事を聞いてくるバカってどう思う」
「分かりきっている事って、例えばどんなん?」
「辞書を引けば違いが書いてある事だ」

内容をあからさまに言うのはどうかと思い、趣旨だけ言う。
忍足はしばらく考える仕草をし、そして古典的に手をぽんと叩いてこちらに視線を戻した。

「きっとその子は素直で正直者なんやろ」
「はぁ?」

あのバカが、素直で正直者?
忍足に相手は神尾だと言っていないものの、俺は忍足の答えに言葉が出なかった。
どうして今の質問からそのような答えが返ってくるのか、疑問に思っていると忍足は言葉を付け足す。

「辞書を引いても、自分の求めている答えと別の答えがあったんよ。だからこそ、信頼のおける人物に聞いたんとちゃう」
「それがどうして素直で正直者に繋がるんだ」
「既に分かっている事を人に聞くのって案外難しいやろ」

人は他人に見栄を張る。
それが常識と呼ばれるものであればあるほど、人に聞く事を恥だと感じる。
だからこそ、他人にそれを改めて聞く事は難しいのだと忍足が言葉を続ける。

「でも正直者は得なんよ。欲をかく奴よりも、ストレートに得たい物が得られるんやから」

一通り忍足の言い分を聞き、確かに一理あると思う。
実際、バカ正直という言葉がぴったりな神尾はそういうタイプだ。
あいつに駆け引きは通じない。
自分の欲しいものこそ、素直に真っ直ぐに向かってくる。
その結果があのメールだろう。
正直、俺としてはアホらしいとも思えるが、あいつは大真面目なのだろう。

とりあえず、バカらしい内容のメールには適当に言葉を返す事にしておくか。

それを神尾がどう受け取るかは容易に想像がついたが、その事をいつまでも引きずっているほど根に持つ事ではないだろうと自己完結した。
ニワトリとまでは言わないが、自分で言った事をころっと忘れるような奴だからな。
簡潔に本文を打ち込んで送信すると、そのメールに対する返事は返ってこなかった。
それは想定内の事だから、俺はよしとしておいた。



そんなやりとりをした3日後、神尾は例のCDを持って我が家を訪れた。
あのメールの事をどう受け取ったのかはわからない。
だが一応、1週間という期限は守ったようだ。
勿論それで訳がきちんと出来ているかどうかは別物だが。

「それで訳は出来たのか」

歌詞カードを受け取る為に手を差し出しながら問えば、神尾はあからさまに出来ていないと示すように視線をそらした。本当にわかりやすいやつだ。
自ら墓穴を掘っている事すら気づいていないのだろう。

「なんだ、1週間を無駄に過ごしたのか」
「無駄ってなんだよ。これでも頑張って訳そうとしたんだぜ!」

俺の言葉に神尾はむきになって、鞄の中から綺麗にたたまれた紙を持ち出した。
俺に押し付けるように差し出すそれを開くと、中には俺が貸していたCDの歌詞が書いてあり、その下には個々の単語毎に意味が書かれていた。
普通ここまで出来ていれば、和訳など簡単なはずだ。
だがこいつにはハイレベルな事だったらしく、訳らしい訳は殆どない。

「相変わらず器用だな、お前は」
「何がだよ」
「ここまでやったなら、訳せるだろ」
「悪かったな。どうせ、俺は日本語しか話せねぇよ!」

微妙に話しがずれていると思ったが、これ以上この話を続ければ神尾がこの部屋を出て行くことは明白だったから止めた。
そして自分がやたら幼い存在に思えた。

これじゃ、この歌詞の奴と一緒だな。

自分自身に素直になれず、相手に対して天邪鬼な事しか言えない愚かな男。
素直に気持ちを伝えれば、相手の女も簡単に手に入るのかもしれないというのに。
だが、俺はそいつとは違う。
いじけてそっぽを向いている神尾の事を、俺は後ろから手を回して抱きしめた。
俺の突然の行動に驚いたのか、神尾はすぐさま声を上げた。

「なんだよ、いきなり」
「うるせえ。俺様がこうしていたいんだよ。少しは黙ってろ」

バカなこいつには飾りつけた言葉よりもシンプルな言葉。
そして遠まわしな態度よりも真っ直ぐな態度。
これが俺から神尾への"気持ちの伝え方"だ。
ストレートなこいつにぴったりな方法だろう。

「跡部が珍しい事言ってるぜ。明日は雨だな」
「バーカ。快晴に決まってるだろ」

俺様がこんなにも正直に気持ちを伝えたんだからな。
俺の腕の中で可愛げのない言葉を言う神尾だが、俺はこいつの事を誰よりも愛してると断言できる。
それを言葉に表すことは陳腐な事だからしない。
だが言葉にしなくても伝わる思いと言うのは必ずあるのだと俺は信じている。



END





モドル