気持ちの裏腹 |
---|
部屋に入るなり、黒い塊が部屋の真ん中で大の字になっていた。 ソファーがあるにも関わらず、コンポの正面に転がり、ソファーの上から引っ張ってきたであろうクッションを枕に、歌詞カードを真剣に見ている。 そいつらしいと思いつつも、俺はなんとなくそいつの背中を軽く踏んでみた。 「ぐえっ…」 まるで踏まれた蛙のようだと思っていると、そいつはぎろっと俺の事を睨んできた。 「跡部!何すんだよぅ」 黒い塊こと神尾は手にしていたクッションをボフッと床に置き、床に座りなおした。 「てめぇが踏まれるような場所に寝てるのが悪い」 「いや、今のは絶対わざとだ。普通、背中なんて踏むわけないだろ!」 一応、あれがわざとである事は理解したらしい神尾は、やたら元気に俺に突っかかってくる。俺は手にしていたトレーをテーブルの上に置くと、ソファーに腰を下ろした。 「優しい俺様が、てめぇの為にわざわざ飲み物をとってきてやったっていうのに、なんでお前は自分の部屋でもないのに寛いでんだよ」 そろりと飲み物に手を伸ばそうとしている神尾に視線を合わせると、神尾は誤魔化すように、にかっと笑った。 「いや、新しいCDを発見したからつい…」 「お前な…」 元々音楽好きの神尾が、俺の家にあるCDを聞くようになってたのは、俺のうちに上がるようになってから自然の流れだった。 神尾は邦楽も洋楽もどっちも聞くタイプで、俺の家にあるCDを見て、「これは聞いた事がない」とか「これ聞いてみたかったんだ」とかCDを物色していたので、好きにコンポを使わせていた。 だから今回のように神尾が勝手にCDを聞いていた事は、予想の範囲内だった。 だからなぜ神尾の背中を踏んだかと問われれば、なんとなくとしか答えられない。 神尾アキラという人間は見ていても飽きないし、構っていても飽きない。 様々なちょっかいをかけても予想通りの反応を返すかと思えば、時々俺が予想もしていなかった切り返しをしてくる。 実はそれが面白いと思っているのかもしれない。 「で、何が新しいCDだ?」 「あぁ、これ」 そう言って神尾が差し出してきたのは、黒いジャケットのCDケース。 30年前にデビューした、とあるイギリスのロックバンドのオリジナル・サウンドトラックだった。 「これなら大分前からあったぞ」 「えっ、マジ!?俺、今日始めて知ったんだけどな」 不満そうにいいつつ、神尾は再び床に転がった。 スピーカーから流れてくるのはバランスよく流れてくる重低音に、ノリの良いリズム。訛りも無く、綺麗で澄んだ発音の歌詞。 ハードというよりも、どこか透明感を含んだものが多い。 これといった形があるのではなく、どれもが独自の形を所有しているにもかかわらず、アルバムという1つの形にまとめられたものは何の違和感もない。 「そういやさ…」 真剣に曲を聞いていた神尾が、ふと思い出したように声を上げた。 「このアルバムに入ってる2番目の曲。これだけ他のと雰囲気違うよな?」 「あぁ、そうだな」 リモコンで2番を選択すると、透明感のなかに低音が織り交ぜられている曲が流れ始め、静かに歌詞を紡いでいく。 「なんかさ、この曲だけ妙に切ないんだよな」 ぼそりと呟く神尾に、思わず感心する。 英語はあまり得意でないと言っていたから、歌詞の意味を理解する事は無理だろう。しかしこの曲が作り出す雰囲気に、神尾はこの曲の切なさを感じ取ったようだった。 「お前にしては中々、いい感受性を持ってるじゃないか」 「えっ、マジ?」 褒められたのが嬉しかったのか、それとも自分の勘が当たったのが嬉しかったのか、神尾は起き上がって俺の顔を見た。 「なぁ、跡部。この曲の歌詞、日本訳されたのは?」 「あぁ?そんなのあるわけないだろ」 「えっ、何でだよ」 「これは輸入版だ。そんな物、付いてくるわけないだろう」 俺の言葉に、神尾は"あっ、そっか"と言って納得したが、じっと俺の事を見るのは止めなかった。 「言いたい事があるなら、とっとと言え」 「いや、跡部って英語得意だったよな」 どこか俺の様子を伺うように聞いてくる神尾に、"あぁ"と頷いたものの、神尾が次の瞬間に言うであろう言葉を理解した。 「じゃあ、この曲の日本訳を教えてくれ」 「なんで、そんなのが知りたいんだ?」 「いや、気になるじゃんかよ。やっぱり」 予想通りの答えを返してきた神尾に軽くため息をつき、俺は滅多にしない満面の笑みを浮かべた。 「どうしても、日本語訳が知りたいか?」 「おう」 「そうか」 俺は神尾の答えに頷き返し、奴の脇に腰を下ろすと、手にしていたジャケットを目の前に提示した。 「うん?なんだよ」 「優しい俺様が1週間だけ貸してやるから、自分で調べてこい」 そう告げると、神尾は何を言ってるんだ?という顔をして俺を見返した。 「っうか、どこが優しいんだよ!」 やっと状況を理解した神尾が口にした言葉は、またもや俺の期待を裏切らない言葉だった。そんな神尾に対し、俺は口角を上げて笑った。 「お前の苦手な英語の勉強になるだろう」 「別に英語なんか出来なくても、国内なら生きていける!」 よく分からない主張をする神尾に、俺はケースから取り出した歌詞カードを渡すしてすくっと立ち上がった。 「恋なんかしていないか…」 日本語訳した曲のタイトルを口にし、まるでこいつのようだと思った。 俺の事が好きなくせして、それを問えば必ずといって良いほど否定する。 そして俺はそれをわかっていながら、再び問うのだ。 俺の事が好きなんだろう? 2度目の問いで、神尾はいつも言葉を飲み込んだように一度静かになり、小さな声で"あぁ、そうだよ"と言う。 どこか天邪鬼で、いつも本当の気持ちとは逆の事を言う。 だが、俺も実は似たようなものなのかもしれない。 わかっていながら、あえて神尾が嫌がる事をして、反応を楽しむ。 そのくせ、神尾の反応が気に入らないと更に神尾を追い詰める。 まるでコインの裏と表のような恋。 もしかすると、この曲は神尾だけでなく、俺自身も当てはまるかもしれないと、俺は心の中で思った。 ぼそりと呟くように言った言葉にも関わらず、神尾はその言葉に反応して顔を見上げてきた。 「何か言ったか?」 「いや、気にするな」 そう答えれば、神尾も深くは追求せず、手にしてた歌詞カードに視線を落とした。 神尾の眉間にしわがより、思った以上に神尾は苦労しそうだと結論付けた。 |
END |