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偶然 |
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この世の中には、様々な偶然がひしめき合っている。 例えば、たまたま乗り合わせた電車で昔の友人に会ったり、何気なく買った物が他の誰かと被ったり。 哲学的に言えば、偶然論なんてのがある。 すべての事象は原因なしに起こる。世界の発生、生成は結局偶然に帰着するなんて考えだった気がする。 だがその偶然を運命と言うやつもいる。 何か見えない力によって引き起こされたんだと。 俺個人の意見を言えば、運命よりも偶然の方が好きだ。 誰かが取り決めた運命に従うなんて、まっぴらごめんだからな。 保護者の説明会があるとかで、今日の授業は午前中で終わった。 いつもであれば行う部活も、今日はその説明会の関係でやらないように言われ、俺は1人帰り道を歩いていた。 このまま家に帰ってもよかったのだが、なんとなく俺は学校近くの図書館による事にした。 入り口付近には、本を借りたり返却するカウンターがあり、その反対側には子供専用のコーナー、その脇に雑誌コーナーが並び、あとは数多くの本棚が並んでいる。 だが俺は奥に進むのではなく、俺は階段を上り2階に向った。 2階は1階同様に本棚が並び、その置くには勉強や調べ物が出来るようにテーブルと椅子が設置されている。 平日と言う事もあり、子供よりも大人の姿が目立つ。 俺はゆっくりとした足取りで奥に向っていたが、途中、学ランを来た少年がいるのに気が付いた。ここの図書館は種類が豊富なため、学区外の奴も利用しに訪れるが、俺はそいつの後姿に見覚えがあった。 静かに近づくと、そいつはノートと教科書、そして資料らしい本を机に並べ、眉間にしわを寄せてそれらを見比べていた。 「てめぇでも、勉強なんてするんだな」 しばらく静かにそいつのそんな姿を見ていたが、ふいにそんな言葉を掛けていた。 「当たり前だろう。俺を誰だと…」 友人に言うかのように発した言葉。 しかしそいつは途中で言葉を切ると、ばっと俺の方を振り向いた。 そして俺の事を確認した瞬間、そいつの重ったるそうな目がまん丸と見開かれた。 「なっ、なんでお前がいるんだよ!跡部!!」 俺と始めて会った時の様に、目の前の神尾アキラというガキは怒鳴った。 「このバカ。ここをどこだと思っているんだよ」 目の前のバカを止める為、頭を一度叩くと、目の前のバカこと神尾は、はっとしたように周囲を見渡した。叫ぶように発した言葉の所為で、このフロアにいる人々の視線は全て神尾と俺に集中していた。 「その…すみませんでした」 先ほどと同じくらい大きな声で言うと、深々と頭を下げて俺の腕をひっぱり、自分の脇に座らせた。 「なんでお前がここにいるんだよ」 先ほどの事を反省しているのか、かなりのひそひそ声で神尾が聞いてきた。 「ここは氷帝がある学区だぞ。俺がいたって不思議じゃねぇだろ」 むしろ、俺としてはお前がいる方が不思議でならねぇけどな。 俺の知っている限り、目の前にいる神尾は勉強を真面目にやる優等生タイプではない。 そんなのは氷帝の手塚や立海大の真田、あと不動峰の橘ぐらいだろう。 「っうか、てめぇの方こそ、なんでここにいるんだよ。不動峰からは結構な距離あるだろ?」 氷帝の学区内にあるのだから、不動峰からはかなり距離があるはずだ。 それにまだ普通なら学校にいる時間に、こいつがここにいる事もおかしい。 「今日は午前中授業で帰り。しかも職員会議の関係で部活が出来ないんだよ」 部活ができない事が不服のように、神尾は呟いた。 「で、てめぇは何をやってたんだ?」 神尾の目の前にある教科書に手を伸ばし、表紙を見るとそれは地理の教科書だった。 とりあえず、地理の調べ物をしているって所だろうと思っていると、神尾がきちんとそれを補った。 「学校の宿題で自分の興味がある国について調べないといけねぇんだよ」 そう言って、神尾は俺の手から教科書を奪い取った。 「それで、ここの図書館に良い資料があるって聞いたから試しに来てみたのに、お前なんかに会うしよ。最悪…」 最後の方は、心細い声で呟くように言ったようだったが、こんな至近距離に入る俺の耳に、それが届かないわけもない。 「それはこっちの台詞だ、バカ」 なんとなく入った図書館で、こいつなんかと遭遇するなんてな。 しかもこいつの所為で、されなくても良い注目をされたした。 「文句があるなら、別のところに行けばいいだろう。先に俺がここにいたんだからな」 犬のテリトリーじゃあるまいし、自分の居場所を主張する神尾に俺は呆れた。 だがそれと同時に、俺はその縄張り争いに参戦する事を決めていた。 床に置いといた鞄からいくつかの教科書と筆記用具を取り出すと、テーブルの上に並べた。 「おいっ、何してんだよ」 「見てわからねぇのか?勉強するんだよ。俺もな」 俺がそう言うと、神尾は不満そうに俺の事を見てきた。 「なら別の場所でやれよ。何も俺の脇に座る事ないだろう」 「俺をここに座らせたのはてめぇだろ。文句言うな」 「そうだけどよぅ…」 押しに弱いのか、あんなに気の強いと思っていた神尾は、しぶしぶと言った風に声の音量を下げつつ言う。 神尾の意外な一面を発見し、俺はなんとなく得した気分になった。 「てめぇは自分の調べ物をとっとと終わらせろよ。じゃねぇと、日が暮れるぞ」 「おっ、おう…」 なんでこんな事になったんだ?と言いたそうな神尾を横目に、俺は目の前の本に視線を走らせた。 あれからどれ位経っただろうか。 俺はしなくても分かる予習を終え、もうそろそろ帰ろうかと思っていた。 しかし脇に座る奴に視線を移すと、そいつは眉間にしわを寄せて、今日ここで会った時の様に本と睨めっこをしていた。 「お前、まだ終わってなかったのか?」 「仕方ねぇだろう。量が多いんだからよぅ」 ガキみたいにむすっとして、神尾が言う。 俺は軽く息を吐いて、神尾の手から本を奪い取った。 「何すんだよ、跡部!」 「うるさいからお前は少し黙ってろ。親切な俺様が、特別に手伝ってやろうってんだからな」 自分でも意外な言葉だと思ったが、それ以上に神尾は信じられないという顔をしていた。 口をぽかんとあけて、ただでさえアホっぽい面が更にアホっぽさを増している。 「何か文句あるのか?」 ちょっと睨むように言えば、神尾は我に返ったように開けっ放しだった口を閉じた。 「えっ?いや、そんな事はねぇけどよ。いいのかよ」 「あぁ、今日は特別だ。おい、紙」 そう言って手を出せば、神尾はルーズリーズの用紙を1枚出してきた。 それを受け取ると、俺はそこに書く事の順番とレイアウトをメモし始めた。 「あっ…」 途中、神尾が間抜けな声を上げた。 「どうした?」 「いや、俺が使ってるシャーペンと同じ種類だと思って…」 "ほら"というように、神尾は先ほどまで使っていた自分のシャーペンを見せた。 確かにそれは、俺が使っているシャーペンの同じメーカーのものだった。 それは製図用のシャーペンで、シャー芯の太さをかなり幅広く選べるのが特徴で、俺が使っているのは0.3mmだが、神尾のは一般的な太さである0.5mmのようだ。 「珍しいな。俺、学校で人と被る事なかったのによ」 「お前、これが製図用だって知ってるのか?」 微妙にかみ合っていない会話だったが、神尾は俺の問いに"当たり前だろ"と自慢げに答えた。 「父さんが入学祝に買ってくれたんだ。結構しっかりした作りだから、長く使えるだろうって」 そう言う神尾はどこか嬉しそうで、そのシャーペンを大切にしている事がうかがい知れた。 「そうか。ほら、とりあえずここのやつをこんな風にまとめろ」 そう言ってメモした紙を見せると、神尾は"なるほどな"と言いつつ、作業を始めた。 そして俺はそんな神尾の事を脇から見ていた。 あの日、こうして神尾と会っていなければ、俺は神尾と付き合うことなどなかっただろう。 それを運命と言うか、必然と言うか、それとも偶然と言うか。 それは人によって違うはずだ。 だが俺は、あえてこれを偶然だと思っている。 でないと、あいつが図にのりそうだからな。 |
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