目が合った瞬間
目と目が合った瞬間、恋に落ちるとはよく言ったものだ。
一目惚れとか、運命の恋とか恋愛小説にはドラマチックに書かれているけど、実際そんな事は無いと思う。
そりゃ杏ちゃんみたいに可愛い子だったら視線を奪われるかもしれない。
俺は杏ちゃんの眩しい笑顔を見て可愛いと思うし、よく見とれる。
深司に"神尾ってわかりやすすぎ"とか言われるけど、俺は自分の気持ちに正直なだけだし仕方がないと思う。
俺だって青春真っ只中な中学2年生だし、皆そんなものだろ?



今日は部活もない日曜日。
いつもであれば深司を誘ってストリートテニスに行きたいところだが、橘さんに禁止されているから行かない。

「普段しっかり練習した分、きちんと休まないと成長しないからな」

昨日の練習後、俺達の前で橘さんがそう言っていた。
確かに全国大会へ行くという目標の為に、練習をしなければという思いが強い。
でも過度な練習は成長期の体を歪めやすいと、何かの本で読んだ事がある。
だから俺は、俺達部員の事まできちんと考えてくれている橘さんの言いつけどおり、今日一日をテニスと関係ない事で過ごす事にした。
本当は深司も誘おうと思っていたのだが、妹達の面倒を見なければいけないらしくブツブツとぼやいていたから止めた。

そんな訳で今日は久しぶりに一人で街をブラブラと歩く事にした。
とりあえずCDショップに行って、気になっていたグループの新曲を試聴し、その後本屋で立ち読み。あと時間があれば映画もいいかもしれない。
そんな事を考えていると、自然と足取りも軽くなる。
やっぱり俺って単純なのかな?と思いつつも、歩みを進める。
そんな時だった。
信号待ちをしている時、なんとなく視界に入った男の後姿に俺は見覚えがあった。
ただそれが誰か、すぐに思い出す事が出来ずにじっと凝視してしまった。

テニスバッグを肩からさげているから、きっと他校のやつだよな。
ジャージは私服のものらしく、紺と白にポイントで黄色が使われている。
ぴんと背筋を伸ばしているから、俺よりも高い身長が更に大きく見える。
それに日本人にしては色素の薄い髪。
視覚から得られる情報をまとめていると、何かが気にかかった。

あれ、色素の薄い髪?

ふと今、自分が誰を見ているのかわかってしまった。
よりにもよって、あいつを凝視してしまうなんて…。
少なくとも、先日のお返しはしてやった。
だが俺はあいつの事は嫌いなままだ。
正確には嫌いじゃなくて、気に入らないの方が正しいんだと思うけど。
どっちにしてもあまり関わりたくはない。

そう思っていると信号が赤から青に変わった。
俺はあいつの事など気にしないように努めて歩き出す。
とりあえず当初の予定通りCDショップに行こうと、交差点を渡り左折する。
そしたらなんと目の前にあいつがいた。
よりにもよって、なんで同じ方向に歩いているんだと思ったが、ここで俺が逆方向に向う理由などはない。
だからこそ、目障りではあったが、俺は俺のリズムで歩く。
あいつとのテンポが同じくらいなのか、俺とあいつの差は広がる事も縮まる事もなく、一定の間隔を保ったままになった。
それはなんとなく居心地が悪い。
でも俺は自分のリズムを崩す事はしたくない。
変なジレンマに陥りそうになった時、目的地であるCDショップの看板が見えてきた。

よし、ここに入ればあとは不愉快な気持ちはしないはずだ。

そう思い、いざCDショップに入ろうとした時、俺は予想もしていなかった展開が起こった。
よりにもよって、あいつまでCDショップに足を向けたのだ。
信じられない、いや信じたくない。
まるで磁石のN極とS極が互いに引き合ったようだ。
もっともそんな事は絶対認めたくない。

俺と跡部は水と油のような関係だと思う。
出会いが最悪だったし、あいつとの共通点を見つける方が難しいはずだ。
唯一の接点はテニスで、それが元で今のような関係になった。
杏ちゃんに手を出してたあいつに、俺と桃城がダブルスを組んで挑んだ。
試合は途中で放棄され、あいつは桃城の名前だけ覚えてその場を去ろうとした。
俺も自分の名を名乗ったが、あいつは俺の事など眼中になかった。
それが悔しくて悔しくて、その後はがむしゃらに練習した。
そして都大会の準々決勝で不動峰は氷帝と対戦した。
はなから俺らの事をなめてかかっていた氷帝を負かし、試合後に声をかけてきた跡部に、俺は知らない奴だと言ってやった。
あの時の跡部の顔ときたら当分忘れる事はないだろう。

水と油。
同じ液体でありながら、絶対交わらない存在。
それが俺と跡部だと思ったのに、どうして今日は街中でばったり見かけたり、同じCDショップに向かったりするのだろうか。
ただ跡部が店に入ったからといって、俺が避ける必要はない。
むしろそれは敵前逃亡みたいで、自分が敗北を認めているようじゃないか。
どうせ店内で気づかれる事もないだろうと結論付け、俺は跡部に続いて店に入った。

でもなるべく顔は合わせたくなかったから、跡部がどこに向かうかをきちんと確認してから試聴のコーナーに向かう事にした。跡部が足を向けているのは洋楽のコーナーで、俺が聞きたい曲の試聴コーナーとは反対方向だった。
しめたとばかりに、俺はそそくさと試聴コーナーに向かい、ヘッドホンに手を伸ばす。
流れてきた曲に集中しようと思っていたら、いきなりどすんと誰かがぶつかってきた。
リュックって両手が使えて便利な分、電車や店の中じゃ邪魔になりやすいと思う。
まぁ相手も悪気はないだろうと、横目で相手を確認だけしようと視線を移した。
その瞬間、信じられない相手と目がかち合った。

「なんだ、不動峰の神尾じゃねぇか」

今まで俺の少し先を歩き、偶然にも同じCDショップに足を向けた跡部だった。
俺が確認した限り跡部は奥の洋楽の棚に向かったはずなのに、なんでここにいるんだよ。思わずパニックを起こしてしまいそうになるが、ここでうろたえたら相手の思う壺だ。
だから俺は努めて冷静に言葉を返す。

「話しかけてくるなよ、跡部」
「あぁん?知らないんじゃなかったのか、俺の事」

前回の事を根に持っているのか、それとも俺の神経を逆なでする為に持ち出したのかわからないもの、俺は跡部の相手をしまった自分を後悔した。

「お前、俺の記憶力をなめてるのか?あんなのただの嫌がらせに決まってんだろ」

そう言って視線を無理やりそらす。
なんとなく跡部と視線を合わせたくなかった。

「そうかよ。テニスでは勝てないからってご苦労なこった」
「なんだと!」

外の音を遮断したくてつけていたヘッドホンを元の位置に戻し、俺は再び跡部を睨みつける。それに応えるように、跡部は俺の事を見て鼻で笑った。

「ふざけんなよ、跡部。お前は絶対、俺が打ち負かしてやる」
「それは楽しみだな」

明らかに俺の事をバカにした態度に、俺はこの店を出て行く事にした。
勿論、逃げるようで癪だから捨て台詞をはく事も忘れない。

「俺の事をなめてると、準々決勝みたいに足元をすくわれるぜ」

その言葉で跡部は今まで崩さなかった端整な顔を歪めた。
俺はしてやったりという顔で店を出た。

やはり目と目が合った瞬間、恋に落ちるというのはフィクションの世界だけのようだ。
それは今回の出来事で立証されたと言える。
もっとも、俺と跡部で恋仲になる事は万が一に間違ってもないけどな。

だがこの数週間後、この考えを改めさせられる事になるとは、この時の俺は露にも思っていなかった。



END





モドル