待ち合わせ |
---|
愛用のリュックを背負い、俺は急いでいた。 深司との待ち合わせに出かけようとした時、母さんに呼び止められたからだ。 さすがに母さんを無視できるわけもなく、予定より5分遅れて家を出た。 しかも運の悪い事は重なり、通ろうと思った道は工事の所為で通せんぼ。 結局、遠回りをして更に3分のロス。 そしてリズムをあげてどうにかしようとした時、先日レンタルしたCDの返却日が今日である事を思い出した。深司のぼやきと延長のレンタル料を天秤にかければ、中学生のお小遣いから導き出される答えは一つしかない。 深司に悪いと思いつつも、再び家に引き返したのだった。 そして今に至る。 ちりも積もれば山となるという事はまさにこの状態だろうと思いつつ、俺はやっとの思いで深司との待ち合わせ場所に到着した。 「あれ?深司の奴、まだ来てないじゃん」 きょろきょろと周囲を見渡すが約束をしていた深司の姿は見当たらない。 人が待ち合わせに遅れれば嫌って程ブツブツとぼやく深司にしては珍しすぎる。 ふと不安になり鞄の中から携帯電話を持ち出して、昨夜交わしたメールを見直す。 うん、やっぱり時間も場所も間違ってない。 というよりも、俺の方が確実に遅れたわけだし、それで深司がいないのは変だよな。 もしかしてと思い、センターにメールの問い合わせをしてみる事にした。 案の定、新着メールが1件あった。 【13:11 伊武 深司】 no subject ごめん。急に用事が出来た。 出かけるのはまた今度ね。 予想はしていたものの、ものの見事に俺の努力を泡にする内容だった。 長いため息をついて、俺はカチカチを返信を打つ。 送信とボタンを押せば、メールはすぐに送信された。 今度深司の奴には何か奢らせよう。 そう思いつつその場を後にしようとした時だった。 目の前に一番会いたくない奴がいた。 「げっ…」 「おい、人の顔を見てなんて顔すんだよ」 会いたくない奴に会ったのだから、当然の反応だと思う。 勿論、それを笑顔で流す奴もいるだろうけど、俺はそんなに器用な人間じゃない。 それなのに目の前の男はそれを失礼だと責めるように言う。 「なんでお前がここにいるんだよ」 「それはこっちのセリフだ、バカ」 「人の顔見るなりバカっていうなよ。こっちは深司と待ち合わせだったんだよ」 そう、1分前まではそのはずだった。深司からのメールがセンターで止まらずに、きちんと届いてさえいればここにも来なかった。 それなのに今俺の前にいるのは、深司ではなく氷帝学園の跡部だ。 なぜ待ち合わせをしていた深司ではなく、跡部に会わないといけないんだ。 絶対、何かがおかしいとしかいいようがない。 「そうかよ。なら、その待ち合わせをした奴はどこにいるんだよ」 理不尽な現状に文句を言おうとした矢先、跡部に痛いところをつっこまれた。 深司が来ない事を述べれば、俺のミスまでさらす事になる。 だがここで何も言わずにいれば、勘の良さそうなこいつの事だからその裏に隠された意味に気づくだろう。もしかすると俺が望まない解釈をするかもしれない。 それよりは自分で告げた方がまだマシだと思い、重たい口を開いた。 「来れなくなったんだよ」 「なんだすっぽかされたのか」 正直に言ったにも関わらず、跡部はまるでバカにするように言った。 やっぱり嫌な奴だと睨みつければ、それに気付いているにもかかわらず余裕の笑みを浮かべている。 「だがちょうどいい。ちょっと俺様に付き合いな」 「なんで、俺がお前に付き合わなきゃいけないんだよ」 「どうせ暇をもてあましてるんだろ」 「そりゃ、そうだけどよぅ」 確かに今日は深司と出かける以外に予定はない。その深司がいない今、俺は暇を持て余している事になる。だからぽっかり空いた予定を埋めるにはもってこいだろう。 相手が跡部というのにはいささか、いやかなり不満が残るが、ここはぐっと我慢する。 「けど、どこに付き合わせる気だよ」 さすがに行き先も分からずに付いていく気は起きず、せめてもの抵抗を試みた。 跡部は俺の心理を悟ってか、口の端をあげて笑って見せた。 「安心しろ。お前が好きそうな場所だ」 それはどこなんだと聞き返そうと思ったが、その前に跡部に後ろ襟をひっぱられ、歩き出す羽目になったのでどこに行くのか聞けずに終わった。 連れて行かれた先は、スポーツブランドで有名なショップだった。 なんでも今日は色々な店を巡り、最新のラケットやシューズの情報を仕入れる予定だったらしい。そこで俺と遭遇し、同じくテニスをしている俺の見解も聞こうとつれてきたのだと、階段を上りながら説明された。 正直、あの跡部が一人でわざわざ店をはしごするなど意外だと思ったが、個人で使うのではなく部の方で使うものらしい。メンバーの人数がギリギリの不動峰に対し、マンモス校の氷帝なら備品の数も半端ないだろう。 それでもマネージャーなどに任せずに、部長である跡部が足を運ぶ姿に俺は感心した。 「おい神尾。お前、ちょっとこのラケットを握ってみろ」 突然名を呼ばれ、何も考えずに差し出されたラケットを手にしていた。 グリップがあっているのか、手に吸い付くような握りよさに驚く。 「どうだ、それ」 「あぁ、凄く良い。持ちやすいし、ラケットも振りやすいぜ」 軽くラケットを振って見せたら、納得したように跡部はうなづいた。 「そうか。なら、今度は…」 商品が並んでいる棚に視線を移し、跡部は商品の品定めを始めた。 そして瞬く間に時間は過ぎた。 始めは乗り気でなかった俺だが、やはり好きなテニス関係だけに、跡部に付き合わされる事になった成り行きなどすぐに忘れてしまった。 跡部という奴も、普通に話していれば結構いい奴で、テニスに関する話も豊富で色々と勉強にもなった。ところどころではいる跡部の自慢もからかいながら流せたしな。 「じゃあまたな」 「おう!」 跡部の背を見送りつつ、思わず口にした言葉にはっとした。 なんで俺はこんなにも跡部と親しくなっているのだろうか。 しかも分かれる際、跡部は"またな"という再会を意味する言葉を残していった。 突然、深司との約束がなくなり、偶然にも跡部と出会い、今まで買い物をしていた。 待ち合わせをしていたのは深司のはずだったのに、跡部と待ち合わせをしていたような一日だった。 こんな偶然はそうそう起こるものではない。 だが俺は、また待ち合わせをせずに跡部と会う気がしてならなかった。 |
END |