絵葉書
それを読むのに夢中になっていたから、気付かなかった。
と言うのは、軍人として言い訳になるのか疑問だが、今回だけはそう言うしかなかった。

ZAFTに入って以来、月に1度届く母からの手紙。
今回はそれにプラスして、葉書きが1枚別に届いていた。
差し出し人の住所は2通とも同じ物で、宛名の文字も同じ母の字だ。
ただ違う物が1点だけある。それは差し出し人の名前だ。
まさかこんな葉書きを貰うなんて、俺は夢にも思ってなかったから、かなり嬉しかったりする。

「何してんの?」
「うわっ」

突然掛けられた声に、俺は思わず声を上げてしまった。
軍人であるなら、気配で察してもいいはずなのに、情けないぜ。

「なんだ、ラスティ。お前か…」

俺に声を掛けてきたのは、俺の2期下の後輩であるラスティ・マッケンンジーだ。
結構、人懐っこい奴で、可愛い後輩なんだが、これで俺より1つ年上らしい。
何て言うか、人は見かけによらないとは良く言ったものだ。

「俺で悪かったね。で、何見てたの?」

俺の手元を覗き込むように、ラスティが聞いてくる。
どうやら、俺がこの手紙を読みながら歩いている姿が、珍しかったのだろう。

「手紙」
「手紙?もしかして、ラブレター?」

からかい混じりの声で、ラスティが言う。
冗談で言ってるのはわかるんだけ、何もお前がそんな事を言わなくてもいいだろ?
仮にも、俺はお前の恋人なんだぞ?
実際、ラブレターなんかを俺が受け取ってたら、それだけで俺を無視するだろうに、よく言うよな。

「ちげぇーよ。お袋と弟からだよ」
「えっ?ミゲルって弟いたの?」

俺の言葉に、ラスティが意外そうに言う。
そう言えば、こいつには話した事が無かったかもしれないな。

「あぁ。年が離れている所為か、妙に可愛くてな。俺に凄く懐いてるんだ」
「ふ~ん。兄弟じゃなくて、父親に見られてたりして」

そう言って、くすりと笑う。
父親ってな…。
これでも、俺はお前より1つ年下だって言うの。

「お前なぁ…。本当に、良い根性してるよな」
「いやいや、それほどでも」
「誉めてねぇよ」

はぁ~って、ため息を吐く。
そんな俺を見て、ラスティからいらぬ忠告を受けた。

「ミゲル。ため息を吐くと、幸せが逃げて行くんだぜ?」

誰の所為だと思ってんだよ。

「で、手紙には何て書かれてたの?」

いきなり元の話に戻されて、俺は反応が遅れた。
そうだった。
俺達は、手紙について話してたんだっけな。
もともとの会話を思いだし、俺は手もとの手紙に視線を落とした。

「見るか?」
「えっ、いいの?」

嬉しそうに言うラスティに、俺は弟からの葉書きを手渡した。

「あれ?絵葉書?」

不思議そうに言いつつ、葉書きを見ている。

「あぁ。まだ字がきちんと書けないんだ。だからだろ」
「へぇ~。結構、上手いじゃん。この絵」

感心したように言うラスティ。
やはり、身内の事を誉められるのは嬉しいもので、俺は自然と顔の筋肉が弛むのを感じた。

「今度紹介してね。義理とは言え、俺の弟になるんだからさ」
「あぁ、いいぜ。お前の弟に・・・って、なんだって!?」

思わず聞き返す俺を、ラスティはきょとんとした顔で、見つめた。

「だから、俺の義理の弟って言ったの。ミゲルの弟なんだから、当然だろ?」

義理って、血の繋がりは無いけど、婚姻関係とかで結ばれた関係だよな?
と言う事は…。

「お前、俺と結婚する気なのか?」

ラスティの顔をじっと見つめて言うと、

「俺はそのつもりだけど、ミゲルは違う訳?」

と言う、答えが返って来た。
そして次の瞬間、はっとしたように、ラスティが俺の顔を見た。

「もしかしてミゲルは、俺の事、遊びだって言うのか?俺は本気だって言うのに!!」
「わぁぁぁあああ!!こんな所で、よせって」

ラスティの口を手で塞ぎ、俺は周囲を見渡した。
自分の部屋ならまだしも、ここは廊下だ。
つまり俺らの他の奴らも利用するわけで、誰に聞かれるか分かったもんじゃない。
しかもこんな意味深な会話を聞かれたら、俺は明日からどうやって生活しろって言うんだよ。
運良く、周囲に人影はなく、多分今の会話も誰にも聞かれていないと思う。
と言うか、俺は切実にそうであってほしいと思う。

「あのな、ラスティ。俺は本気で、お前の事を愛してる。だけどな、世の中にはそれだけでは解決出来ない事もあるんだよ」

って、俺も何言ってんだよ!
取り合えず、この状況をどうにかしたいわけだが、俺には名案もなく、1人おろおろするばかりだ。
ふと、俯いていたラスティの肩が、ふるふると震えているのに気がついた。
泣いているのかと思い、ラスティの顔を覗き込もうとした。
しかし次の瞬間、俺は予想もしなかった言葉を耳にした。

「アハハハハッ」
「らっ、ラスティ?」

突然、高らかな笑いをするラスティ。
俺はラスティの身に、一体何が起こったのだろうかと、あたふたしているとラスティが口を開いた。

「ミゲルってば、可笑しい~。俺の言葉を間に受けるなんてさ」

本当に可笑しそうに、ラスティは腹を抱えて笑っている。
しかもご丁寧に、目には涙を浮かべるほどだ。

「冗談に決まってんじゃん。俺達、男同士だよ?結婚なんて出来るわけ無いじゃん」

つまり、今までの発言は全て冗談で、俺をからかっていたって事か?
事実に気付いてしまうと、さっきまで慌てていた自分が非常に恥ずかしくてならない。

「ラスティ~、お前なぁー」
「ちょっと、ミゲル。タンマ」
「問答無用だー」

逃げるラスティを、俺は追った。
不覚にも、ラスティがその気なら、マジで結婚するかと言いそうになった事は、絶対言わない事にした。
どうして、こんな奴を好きになったんだろうな…。

モドル


1月2日。なぜかその日は、談話室がやけに煩かった。

「なぜ、貴様がリーダーなんだ!」
「だから、それは夢の中での話しだろう」

外まで聞こえてくるアスランとイザークの声に、ラスティは談話室の前で足を止めた。

「一体、今度は何でもめてるの?」

イザークがアスランに突っかかる事は、アカデミー時代からの事なので、ラスティはいたって気楽に部屋に入ってニコルに聞く。

「初夢についてです」
「初夢?」

初めて聞く言葉に、ラスティは首を傾げた。

「どこかの国では、元日に見る夢の事を初夢と言って、その夢の内容で1年を占うらしいんです」
「へぇ~。面白そうじゃん」
「だけど、それでもめてる訳よ」

はぁ~と、ため息をつきつつ、ディアッカがちらっとアスランとイザークを見る。
未だにイザークの機嫌は最悪で、それに対して巻き込まれたアスランも、"なんで俺が…"とぶつぶつと呟いている。

「どういう事?」

そんな2人の姿を見て、ラスティは話を促す。

「実は、皆で自分の見た初夢について話していたんです」
「例えば、俺は可愛い娘に逆ナンされるんだけど、実は男だったって言う夢について話したんだよ」

そう言い終えると、本当にショックだったのか、それともそれを思い出してしまったのか、妙にディアッカのテンションが下がる。
しかし、それにはあえて触れずに、ニコルが話を進める。

「イザークは学力テストで全教科、名前の記入を忘れて0点を取ってしまい、皆に鼻で笑われる夢を見たそうです」

一瞬、頭の中で皆に笑われるイザークの姿がよぎり、ラスティは本気で可哀想だと同情しそうになった。

「で、アスランの奴は、自分で作ったハロに押しつぶされる夢だったんだとよ」

少し復活したのか、ディアッカが付けたしをする。
3人の夢の内容を聞きながら、なんとも各々の性格とかが分かる夢だと、ラスティは心の中で頷いた。
しかもアスランにいたっては、実際、今朝起きたとき、ハロがアスランのベッドの上に山積みになっていたから、それが原因だろうと結論付ける。

「それで、最後に僕の見た夢を話していたんですよ」
「ニコルが見た夢って、どんなの?」

ニコルの事だから、ピアノとか動物とかの夢だろうと予想しながら聞くと、その予想を見事に裏切る言葉が返ってきた。

「正義のヒーロー 宇宙戦隊 クルレンジャーになる夢です」
「宇宙戦隊 クルセンジャー?」

ニコルの言葉に、ラスティは"どんな夢だよ"と心の中でツッコミを入れる。

「悪の帝王、ズラエル率いるドミニオ星人から、プラントを守る戦士達の話です。それには皆も出てきたんですよ」
「えっ?俺も」

意外そうに、ラスティが言う。

「えぇ。ラスティはクルオレンジ。ディアッカはクルイエロー。僕はクルブラックで、ミゲルはクルグリーンでした」
「ミゲルまでいたの?」

昔見た戦隊物は、どれもメンバーが5人と決まっていた。
だからてっきり、そのメンバーもいつも一緒にいる、ニコル、ディアッカ、イザーク、アスラン、そして自分だと思っていたラスティは、意外そうに聞き返す。

「えぇ。得意技は、"ミゲルキッーク"ってやつで、格好良かったですよ」

こぶしを握って力説するニコルに、ラスティが頷く。

「へぇ~。って、そのまんまじゃん。ネーミングセンス無さ過ぎだよ、ミゲルの奴」

ニコルの夢の中に出てきたミゲルに、思わずツッコミを入れるラスティ。

「それなら、まだ魔弾パンチとかの方が、良いって」

自分で付けたネーミングに、満足そうに頷く。
だが、わざわざ肉弾戦ではなく、そこは飛び道具を使うものだと思うのは、作者だけだろうか。

「で、問題はこの後なんだよ」

真剣な顔で、ディアッカが言う。

「どういう事?」
「実はアスランがクルレッドで、イザークがクルシルバーだったんです。その話をしたら…」
「イザークの奴が、"なんでアスランがレッドなんだ"とキレだしてな」
「なるほどね」

大概、戦隊物では、レッドがリーダーだったりする。
普段から、アスランに対して敵対心満々のイザークとしては、夢の中までもアスランに負けた事が、気に入らないのだろう。

「まぁ、そんなのいつもの事だからほっとけばいいんだよ。2人とも面倒見いいんだから」

あっさりと言うラスティに、ディアッカは"それが出来れば、苦労はしないって"と、ぼやく。

「でも、なんでニコルがブラックなんだろうね」

ふと、ラスティが先ほどから気になっていた事を呟く。

「他は皆、髪の色だろ?それなら、ニコルはグリーンのはずっしょ。まぁニコルがグリーンだったら、ミゲルはグリーンでも、イエローでも被っちゃうから、駄目だったろうけど」

「そうですね。僕も疑問だったんです。僕にブラックなんて、似合うわけありませんよね?」

そう言って、にっこりと笑うニコル。
しかし、同意を求める笑顔が妙に怖く感じるのはなぜだろうか。

「おい、ラスティ!貴様の初夢はどんなのだ?」
「えっ?俺!?」

あっちでアスランと言い争っていたイザークが、当然3人の会話に乱入してきた。
どうやら、他の人の夢で、自分が出てきたかが気になったようだ。
もちろん、アスランより優れた登場をするかと言う意味で。 イザークに言われ、ラスティは今朝見た夢を思い出そうとする。

「確か…。宙を漂ってる夢だったかな」
「「「「はぁ?」」」」

珍しく、その場にいた4名が同じ言葉を発した。

「真っ白な空間に、俺が1人で漂ってるんだよ。無重力空間みたいで、凄く快適なんだ」
「それって、いつもラスティが無重力室でしている事と一緒じゃないか」

アスランから、もっともなツッコミが入る。

「で、誰もいなくてつまらないな~って思ったら、俺の事を呼ぶ声が聞こえたんだ」
「それで、その声の主は誰だったんです?」

興味深そうに、ニコルが聞く。

「わかんない」
「えっ?どうしてです?」
「その人物と会う前に、俺、目が覚めちゃってさ。結局、誰だったのか分からずじまい」

首をすくめ、お手上げって感じで、ラスティが言う。

「なんて言うか、ラスティらしい夢だな」
「それ、どう言う意味だよ。ディアッカ」
「中途半端って言うの?」
「何だよ、それ!」

ディアッカの発言に対して怒ったラスティが、ディアッカを追いかけていると、いきなりドアが開き、そこにはミゲルが立っていた。

「ラスティいるか?」

自分の名を呼ばれ、ラスティはディアッカを追いかけるのを止め、ミゲルに視線を移す。

「何か用?」
「何か用?じゃねぇよ。10時になったら、俺のところに来いって、言ってあっただろう?」

ミゲルに指摘され、プログラムの確認をしてもらう約束をしていたのを思い出す。

「そっか。ゴメン、忘れてた。今、行く」

「そう言えば…。お前ら、妙に楽しそうだったけど、何の話してたんだ?」

どうやら、先ほどの会話の一部をミゲルも聞いていたらしい。

「うん?別に」

そう言って、ラスティがくすっと笑った。

「怪しいな。一体、なんの話してたんだよ」
「秘密だよ」

そう言って、ラスティは進むスピードを上げた。

まさか、声だけでミゲルだってわかったなんて、皆には言えないっしょ

モドル


訓練や作戦が無い時、軍人と言えど、自由に行動する事が出来る。
それなのに、イザークはなぜ自分がこのような状態に陥っているのか疑問でならなった。

「おい、アスラン」

本に視線を落としたまま、イザークはアスランの名を呼んだ。
その声は少々苛立ちを含んでおり、イザークの機嫌があまりよくない事を示していた。
アスランはその事に気付いていたが、いつもの変わらぬ声で返事をした。

「うん?何、イザーク」

イザーク同様、アスランも自らの視線を移す事は無い。
移したとしても、今の状態ではイザークの顔を見る事が出来ないからだ。

「貴様、何のつもりだ?」
「何のって、何がだ?」
平然と言葉を返してくるアスランに、決して太くないイザークの堪忍袋の緒は、ぷちんと綺麗に切れた。

「なぜ俺に背中を預けて、そんな丸い球体を弄っているんだと言っているんだ!!」

真後ろにいるアスランに向って、イザークはこれでもかと言うほどの大声で怒鳴った。
アスランは一瞬"うるさいな"といった顔をしたが、いつものすました顔で言葉を返してきた。

「イザーク、球体ってのは丸の立体を言うんだから、丸い球体っていうのは少し言葉が間違ってるぞ」
「貴様、俺の事をおちょくっているのか!?」

ついに読んでいた本も投げ出してくるりと振り向くと、イザークはアスランに殴りかかるように胸倉を掴んだ。

「イザーク、苦しいぞ」
「当たり前だ。わざとそうしてるんだぞ」

ただでさえ襟が立った作りをしているのに、そこをイザークに掴まれているのだから当然だ。
しかし苦しいと言っているアスランも一応軍人なわけで、これ位なら簡単に抜け出せる事が出来る。
それでもしないのは、相手がイザークだからだ。

「正直に答えろ、アスラン。貴様は何がしたいんだ」

どこか冷めているアスランに対して、イザークはその整った顔を歪めるほど、感情をあらわにしている。

「別に何も」
「何もだと!?なら、なぜ俺のすぐ後ろにいる」

睨みつけるように見てくるイザークの瞳を見て、アスランは"あぁ・・・"と1人頷いた。

「もしかして、邪魔だったか?」

他人が自分に背を預けてこれば、邪魔では無いとは言いがたい。
それは当然の事だが、イザークの言いたかった事はそれとは別で、しかも少し反省気味のアスランに、イザークは逆に居心地が悪かった。

「別にそうは言っていない。」

アスランから少し視線を外し、バツが悪そうにイザークは呟いた。
しかし、どうしてアスランが自分に背を預けてハロを作っていたのか、ずっと気になっていた事は事実だ。
その事がわかったアスランは、正直に話す事にした。

「ここ、凄く居心地がいいんだよ」

そう言って指差すのは目の前のイザーク自身。
「ほら、子供が母親に抱かれると落ち着くって言うだろ?あれと同じで、なんか心が落ち着くんだ」

アスランは少し間をおいて"イザークの傍がさ"と言葉を付け加えた。
そういうアスランの顔はどこか穏やかで、イザークは今までアスランに突っかかっていた自分が恥ずかしくなった。
静かにアスランの襟元を掴んでいた手を話すと、そのまま先ほどと同じ位置に座った。

「イザーク、移動しなくていいのか?」
「俺がどこで過ごそうと、俺の勝手だ!」
そう言い張ると、イザークは再び本を開いた。
イザークの少し不器用な態度に、アスランは気付かれないようにくすりと笑うと、先ほど同様、イザークに背を預けてハロ作りを再開した。

モドル


「レイの瞳って、アパタイトみたいよね」

静かな部屋に響いたルナマリアの声。
それは独り言のように呟かれた言葉だった。
先ほどからルナマリアの視線を感じていたレイだが、大して気にするわけでもなく、ずっと手にしていた本に視線を走らせていた。
しかしレイはその言葉に顔をあげると、ルナマリアの事を見た。

「アパタイトとは何だ?」
「石の名前」
「石?」
「そう。ママがね、パパから贈ってもらった指輪に使ってある宝石なの」

青、紫、ピンク、レモン・イエロー、淡緑。 他の宝石と違い、様々な色があるアパタイト。
ギリシア語の"apatao(私は騙す)"からきている名称は、緑柱石や電気石など、他の鉱物と似たような色合いや結晶の形をしていて、紛らわしい所からきていると言われている。

「それで、俺のどこかアパタイトに似ているんだ?」
「う~ん、綺麗なところかしら」

"ほら、レイの髪もキラキラと光って綺麗でしょ?"
そう言って、ルナマリアはレイの髪の毛に手を伸ばした。
上物の絹糸のように細く美しい髪。
掴んだ手から、さらりと零れ落ちる金糸の髪。
それは女性のものと見間違えるほど、レイの髪は綺麗だった。

「あと冷たそうに見えて、実は優しいところがあるとか」
「別にそんな事はないと思うが」
「そうかしら?私は結構、的を射てると思うんだけどな」

ルナマリアの言葉にレイは小さくため息をつくと、壁にかかっている時計に視線を移した。
時計はあと少しで休憩時間が終える事を示していた。

「時間だ、行くぞ」

そう言うとレイは手にしていた本を閉じ、席を立った。
ルナマリアもそれを追うように部屋を後にした。

ブリッジに向う2人の間に、会話らしい会話はなかった。
いつもであれば、ルナマリアが気を利かせて声を掛けるのだが、ルナマリアは何か考え事をしているように真剣な顔をしていた。
そして次の角を曲がればエレベーターというところで、ルナマリアはぼそっと呟いた。

「私も騙されているのかな」

囁くように呟かれたルナマリアの言葉に、前を歩くレイは歩みを止めて振り向いた。

「何か言ったか?ルナマリア」
「ううん、なんでもない」

そう言ってルナマリアが顔を横に振ると、レイは再び前を向いて歩き出した。
ルナマリはそんなレイの後ろ姿を見つめ、自称気味に笑った。

レイに騙されていると分かっていながら、私は自らの意思で騙され続け、それに気付かないふりをしている。
私はなんてしたたかな女なんだろう。
それでも私はレイが好きなのよね。
この気持ちを伝える術なんて、今の私には持っていないけど。

ルナマリアが心の中で呟いた言葉はレイに届くことなく、ルナマリアの心の中に仕舞われるのだった。

モドル