サンタクロース存在説
今日はクリスマス・イブということで、オルガ・シャニ・クロトの三人がいる研究塔にも、クリスマスツリーが届いた。

「じゃあ、これは君たちが飾り付けてくださいね」

そう言って託されたのは、クリスマスツリーに飾るオーナメントが入ったダンボールだった。
三人が各々の趣味を楽しんでいる時に、アズラエルは彼の部下たちと突然あらわれたのだ。それに対して文句がこれっぽちもないわけもなく、オルガは少し呆れた風にそれを無視。クロトは邪険顔でダンボールの箱とアズラエルを交互に見ると、大きくため息をついた。

「クリスマス?おっさん、今時それ流行らないし」
「流行る、流行らないのもんだいじゃありませんよ、クロト。そんな事を言う人のもとには、サンタさんからのプレゼントは無しですね」

まるで親が子供に言うような台詞を言うので、クロトは少し目を丸くしたが、直ぐに鼻で笑った。

「サンタ?おっさん、それマジで言ってるわけ?今時、サンタの存在を信じてる子供なんて、そうそういるわけないじゃん」
「俺もそれは同感だな」

と、本から視線をずらさずに、オルガも言う。
「何を言ってるんですか、クロトとオルガは。サンタクロースは本当にいますよ」

「はいはい、そんな冗談はいんないから」

"大体、僕らをいくつだと思ってんの?"と軽口を叩くクロトに、アズラエルはクロト達が想像もしなかった言葉を返した。

「だって、シャニは信じてますよ。ねぇ、シャニ?」
「「はぁぁあ!?」」

この三人の中で、もっともサンタの存在を信じていなさそうなシャニが、サンタクロースの存在を信じていると、この目の前の男は言ったのだ。
それに驚かない方がどうかしている。
オルガ、クロト、そしてアズラエルの視線がシャニに注がれる。
しかし当のシャニは、シャカシャカと騒がしい音をイヤホンから漏れるほどの音量で聞いている。

「おい、シャニ」

オルガがシャニのプレーヤーを止め、肩を叩くと、シャニは億劫そうにアイマスクをずらして、オルガ達を見た。

「なんだよ。人が折角、気持ちよく寝てたって言うのに…」
「シャニ、てめぇに聞きたい事がある」
「何」
「お前がサンタの存在を信じてるって、本当か?」
「本当ですよね、シャニ」

後ろから同意を求めてくるアズラエルの言葉に、シャニはこくんと頷いた。

「マジかよ!」
「うっそだー。僕は信じないよ。シャニに限って、そんな事あるわけないじゃん」
「信じる信じないは結構ですが、シャニ本人がこうやって同意しているですから、それは認めてくださいね」

勝ち誇ったように言うアズラエルに、クロトは悔しそうに唇をかみ締めた。

「じゃあ、そういうわけできちんと飾りつけしておいて下さいね」

そう言って、アズラエルは満足そうに部屋を出て行った。
アズラエルが退室したのを確認し、オルガがシャニに詰め寄った。

「おい、シャニ。てめぇ、おっさんに物を買わせる為に、サンタを信じてるフリしてるだろ?」
「えっ?マジで!?」

オルガとクロト、二人の視線がシャニに注がれる。
そんな二人を前にして、シャニは、不敵に笑った。

「サンタは、マジでいるよ」

そういって、手をひらひらと振って、シャニは部屋を出て行った。

明日、起きるのが楽しみだな。
今年もおっさん、きちんとリクエストした物買ってくっかなぁ…。

そんな事を考えながら歩くシャニの後ろで、「今から、僕はサンタクロースの存在信じる!!」と叫ぶクロトと、「バカ言ってんじゃねぇよ」と言うオルガのやり取りが聞こえたとか聞こえなかったとか。

モドル


書初め
「シャニ、てめぇ僕の桜餅食っただろ!?」
「はぁ?知らないし。うざーい、クロト」
「じゃあ、口元についてる餡子はなんだよ?」
「クロトの幻想じゃん?」
「んだとぉー!」
「てめぇら、もう少し静かにしやがれ!」

ドア越しにもはっきりと聞こえる声に、アズラエルはため息をつきつつドアを開けた。
部屋の中には、明らかに機嫌の悪そうなオルガに、シャニに殴りかかろうとしているクロトの姿があった。
アズラエルは呆れ顔で、"パンパン"と2回手を叩いた。

「あーもう、うるさいですよ。君達は」

その声で、初めてアズラエルの存在に気づいた三人の視線が、アズラエルに集まる。
「なんか、用ですか?」
ぎろっと睨みつけながら、クロトが言う。
どうやら、シャニの所為で機嫌が悪い上に、アズラエルが乱入してきた事によりシャニを殴り損ねて、更に機嫌が悪くなったようだ。

「"なんか、用ですか?"じゃありませんよ。廊下まで、君達の声が響いていて迷惑なんですよ」

いかにも三人がうるさいと言うアズラエルに、オルガが反論する。

「俺は関係ない。むしろ迷惑を被っていたのは俺のほうだ」
「いいえ。君もですよ、オルガ。大体、ニューイヤーだと言うのに、そんなにだらけて。それじゃあ、コーディネーターを撃つ事なんて出来ませんよ」

一体、どこにそんな繋がりがあるのかと心の中で思っていると、アズラエルは予想もしなかった言葉を口にした。

「そこで、君達には自分達がするべき事を再度自覚してもらう為に、書初めでもしてもらおうと思います」
「「「はぁ?」」」
「はぁ?じゃないですよ。書初めですよ、書初め。新年の抱負を筆と墨を使って、文字にあらわすアレです」
「んな事、やる必要ないし」
「ウザイからパス」
「同感だな」

ブーブーと文句を言う三人を見て、さも当然と言わんばかりにアズラエルが言葉を続ける。

「君達に拒否権などありません。もし僕の言う事が聞けないと言うのなら、お仕置きですからね」

にやりと嫌な笑みを浮かべるアズラエルに、三人はチッと舌打ちをした。

かくして、三人の書初めが始まった。
一体、どこから持ってきたのだ?とツッコミたくなるような硯と墨と筆。
それらを目の前にして、三人は観念したように筆に手を伸ばした。
三人が筆を持ち始めて、数分後。

「おっさん。出来ましたよ」

そう言ってアズラエルの事を呼んだのはクロトだった。
どうやら書初めが完成したらしい。
アズラエルがわくわくしながら見てみると、半紙からはみ出しそう字で「撃滅」と書かれていた。普段のクロトの口癖でもあるが、抱負といえば抱負であろう。

「クロトは、この書初めの意味をきちんと理解しているようですね。ですがこの紙は横ではなく、縦に文字を書くんですよ」

そう、でかでかと撃滅と書いたは良いが、クロトは半紙を横に使って書いているのである。

「はぁ?そんなの聞いてないし。いいじゃん、これで」
「ダメです。もう一度書き直してください」

アズラエルにダメ出しをくらい、クロトは頬を膨らませて不機嫌そうに、先ほど書き上げた半紙をクシャクシャに丸めて、部屋の隅に投げつけた。
どうやら、折角やる気が出てきたクロトの機嫌を損ねてしまったらしい。
こういう場合、何も言わないで無視するのに限る事を知っているアズラエルは、次に隣のシャニに視線を移す。

「シャニはどうですか?」

そう言って覗いたシャニの半紙には、やる気ゼロが見事に現れている「ウザイ」の文字が書かれていた。

「シャニ。これじゃあ、書初めの意味が無いじゃないですか!?大体、うざいって何ですか、うざいって」
「はぁ?ウザイからウザイって書いたんじゃんかよ」

なんともシャニらしい返答に、アズラエルは肩をがっくしと落とした。

「オルガは、きちんと書けましたか?」

シャニに常識を求めるのが間違いだと言う事に気づいたのか、それ以上何も言わずに、アズラエルはオルガの方へ向う。

「おや、これは…」

半紙に書かれた文字は、力強く、とめはねがきちんと書かれている。
一見、他の二人より優れた作品に見えるのだが…。

「えーと、オルガ君。君、自分がなんて書いたか読み上げてくれますか?」

引きつった笑顔で言うアズラエルに、オルガは首を傾げつつ、今さっき自分が書き上げた文字を読み上げた。

「火の用心、だろ?」
「これのどこが今年の目標なんですか!?これは標語ですよ、標語!!」

何度も言うようだが、書初めとは新年の抱負を書くものである。
普段の書道の時間ならまだしも、火の用心が抱負にはならない。

「あーもう、だめだめです。君達、もう一度やり直してください!!」

この後、アズラエルのOKがなかなか出ず、3時後、薬切れを起こすまで、この書初めは続いた。

モドル


初キッス?
「クロト、チョコいる?」

ゲームをしていたクロトの元へ、そう言って近づいてきたのはシャニだった。
その手には小さな筒を持っており、それを振ると中身のチョコがシャカシャカと音を立てた。

「今、手が離せないから口に放り込んで」

そう言って"あーん"と口を開けたクロトに、シャニは色とりどりの丸いチョコレートをいくつか放り込んだ。
チョコの気配を感じ、クロトは口を閉じると、そのままもぐもぐと口を動かした。
カリッという音がし、口の中にチョコレートの甘さが広がる。
しかし、それはただのミルクチョコレートではなかった。

「これ、何味?」
「さくらんぼ」

シャニの言葉で、口の中に広がる甘くも、少し酸味のある味の正体を理解した。

「そう言えば、キスってさくらんぼの味がするって、何かで見たな…」

唐突にそんな事を呟くクロトに、シャニは面白い事を思いついたように眼を輝かせた。

「なら、クロト。試してみれば?」
「試すって、誰と?」
「そうだな~。オルガとか、どう?」

そう言って、ソファで読書に熱中しているオルガを指差した。
クロトは"オルガなら、いっか"と言う思いから、ゲームを静かにテーブルに置くと、オルガに声をかけた。

「なぁ、オルガ。キスしよう」

そんなクロトの唐突な発言に、オルガは眉間にしわを寄せてクロトに視線を移した。

「はぁ?お前、分かってて言ってんのか?」
「当たり前だろ。ほら、キス」

そう言って首に手を絡めるクロトに、オルガは観念したように自分の唇を目の前の唇に重ねた。
少し開かれた隙間に舌を差込むと、口内をぐるりと嘗め回した。
そしてひとしきり舌を絡め終えると、オルガはクロトから唇を離した。

「甘い…。お前、チョコ食ったろ?」

甘いものが苦手なオルガが苦いものを食べたような顔をしつつ言うが、クロトからは何の言葉も返ってこない。

「おい、クロト?」

クロトの目の前で手をふると、クロトははっとしたようにオルガの顔を見た。
さきほどまで能面のようだった顔は、みるみるうちに真っ赤に染まり、そして…。

「このヴァーカ!!」

クロトは出せるだけの力でオルガを突き飛ばすと、そのまま部屋を出て行った。

「なんだ、あいつ。自分から誘っておいて」

そんなクロトの後ろ姿を見て、オルガは理解出来ないというように呟いた。
そんな中、シャニ一人だけは満足そうに笑っていた。

「初キッスだったんじゃない」
「えっ?」

シャニの言葉に、オルガは凍ったようにその動きを止めた。

「初キッスはさくらんぼ味か…。初々しいね、二人とも」

そう言うと、シャニも部屋を出て行った。
この後、彼らがどうなったかは、また別のお話。

モドル