目覚めぬ王子様 |
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昔々、人魚のお姫様は人間の王子様に恋をした。 お姫様は王子様に自分の気持ちを伝えたくて、海の魔女に頼んで自分の美しい声と引き換えに、人間の足をもらった。 でも声を出せないが為に、自分の思いを伝える事が出来ず、王子様と他の女の人の結婚式を見るしか出来ないお姫様。 そんな彼女に、お姫様の姉達は一本の短刀を渡した。 「それで王子を殺めれば、あなたはまた人魚に戻れるのよ」 姉達の言葉に従い、王子様を殺めようとしたお姫様。 しかし彼女は王子様を本当に愛していたから、そんな事は出来なかった。 結局、お姫様は自ら海に身を投げ、泡になってしまいましたとさ。 どこがハッピーエンドなのかわからないおとぎ話。 やはり時間の無駄だったと、手にしていた本を閉じると、僕はそのままソファーに横になった。 いつもであれば愛用のゲームで時間を潰しているんだけど、今日に限りそれが出来なかった。 理由はいたって簡単で、アズラエルに没収されたからだ。 何がアズラエルの勘に触ったのかは忘れたけど、取り上げられたゲームの変わりに大量の本を渡された。 しかも全てガキが読むような童話ばかり。 まぁ、絵本じゃなかっただけましだけど、これだってそれと大した差はない。 オルガが読む本と違って、かなり文字の大きさが大きいからね。 正直、バカにされたんだと思う。ろくに話も読む事が出来ないバカだって。 生憎、僕にも教養はある。 だからこれ位の本を読むのはたやすかった。 でも内容が内容だからね。決して楽しいものじゃない。 ソファーの上で転がっていると、静かにシャニが入ってきた。 いつもうるさいくらいにイヤホンから流れてくる音が無いのを不思議に思い、ふと顔を上げれば、イヤホン自体もっていないようだった。 「珍しいじゃん。シャニが音楽も聴かないでいるなんて」 「おっさんに取り上げられた」 「何、シャニもなわけ?本当に機嫌悪いんだね、アズラエルのやつ」 僕の言葉に頷くと、シャニは僕に一冊の本を差し出した。 「何?これ」 「読んで」 「なんで?」 「おっさんが、たまには教養をつけろって」 シャニのその一言に、僕は小さくため息をついた。 なんとかの一つ覚えじゃないけど、シャニにまで同じ事するかね、普通。 というか、シャニが文字を読めない事位知っているはずなのに、よくやるよね。 「シャニ、これ絵本じゃん。分かってる?」 「うん」 「こんなの読んでもらって楽しい?」 「クロトが読んでくれるなら、なんでも楽しいよ」 やや無表情で言うから反応が遅れたけど、ちょっと嬉しかった。 自分を必要としてくれている人がいる事が。 勿論、そんな事を正直にシャニに言うつもりはないけどね。 だから僕は仕方なさそうに本を受け取った。 「今回だけだからな」 「うん」 僕は寝そべっていたソファーにきちんと座りなおし、シャニが座るスペースを作ってやった。 シャニは静かにそこに座り、僕は話を読むのを待った。 そして僕も話を読もうとした時だった。 今までの気持ちが嘘のように、読む気が一気に失せた。 「ごめん。これは読みたくない」 「なんで?」 「だって、僕もさっき本で読んだばかりだから」 よりにもよってシャニが持っていた絵本は、僕がさっき時間潰しにもならなかったと思った人魚のお姫様の話だったからだ。 いくらなんでも、同じ話を二度も読む気にはならない。 「シャニだって、人魚のお姫様の話ぐらい知ってるだろ?」 「知ってるけど、クロトが読んでくれた事はないじゃん」 「僕はお前の母親じゃないって」 絵本で軽くポンとシャニを叩くと、僕はそのまま背をソファーに預けて天井を仰いだ。シャニはまだ何かいいたそうだったけど、僕が口を閉じたから、そのまま何も言わなかった。 ふとあの話を読んでいて思った事をシャニに言ってみた。 「どうしてあの時、王子様は目覚めなかったのかね」 「どういう事?クロト」 僕の顔を覗き込むようにしながら、シャニは聞き返してきた。 「だってさ、相手は自分を殺そうとしてるんだよ?普通、殺気で目覚めない?」 もし僕であれば、きっと目覚めていたはずだ。 だってそうじゃないと、僕はあっという間にこの世から抹殺されちゃうからね。 所詮、この世は弱肉強食。 いつ、誰に寝首をかかれるか分からない。 きっと昔の僕はそんな世界で暮らしていたんだと思う。 大きな檻に閉じ込められた今でも、寝ている時、誰かが近づいてくると自然と目が覚める。それは研究員達は勿論の事、初めて会った時よりも心を許しているシャニやオルガでもだ。 自分のテリトリーに近づく者は全て、僕の敵だから。 「多分さ…」 僕の思考を遮るように不自然なところで言葉を切り、じっと僕の目を見つめて言葉を続けた。 「殺されてもいいと思ったんだよ。人魚姫に。だから目覚めなかったんだよ」 静かに言うシャニの言葉に、そういう考えもあるのかとちょっと感心した。 殺される為に目覚めなかった王子様。 それでも王子様を殺さなかったお姫様。 すれ違いの果て、お姫様は一人泡になってしまったか。 「でもこれって、ちょっとした悲劇だよね」 「うん、そうだね。でも俺ならきっと、そうするよ」 そう言ってシャニは、軽く触れるだけのキスをしてきた。 「だからクロトも、最後は俺を殺してね」 具体的にいつというのではなく、最後と言うシャニにズルイと思った。 だって僕達の最後って、僕達にもわからないじゃん。 もしかしたら次の瞬間が最後かもしれないし、もっと後かもしれない。 人魚のお姫様みたいに、身を引き裂かれそうな思いをしても、僕達は死ねないんだからさ。 「別に殺してあげてもいいけど、寝込みを襲うなんて事はしないから」 誰か別の人の事を考えているかもしれない時には殺さない。 僕だけを見て、僕だけを考えている時に殺す。 そうでないと、きっと意味がないから。 だから寝込みを襲うなんて、卑怯な事を僕はしない。 そういう意味を込めて言うと、シャニもそれを悟ったのか、満足そうに頷いた。 「わかった。じゃあ俺が、クロトの事を見ている時に殺してね」 「うん。それなら殺してあげても良いよ」 そして僕も最後は海に身を投げて死んであげる。 一人で逝ってしまったお姫様と違い、最愛の人を道連れにして。 可愛そうな人魚のお姫様。 愛した人を残して海に身を投げたお姫様。 可愛そうな王子様。 殺されてもいいと目覚めなかったのに、彼女は一人死んでしまった。 一人ぼっちの王子様。 彼を殺してくれるお姫様はもういない。 |
END |