好きなのに、好きなのに。
それでも叶う事の無いこの想いをどうする事も出来ず、僕はその場にたたずんだ。
赤い痕も消えた。
僕を見る、あの人の目は冷たいまま。
それでも僕は、あの人を憎む事も出来ず、こうして今も尚想いを寄せている。
そんな僕は、なんて愚かなんだろう。
零れ落ちる
地球上で生活しているんだから当たり前だけど、ここでは何の予告も無しに雨が降る。
梅雨なら、しとしとと、しとしとと降るうっとおしいだけの雨。
夏の夕方なら、サァーと降って、ピタッと止む夕立。
雷に引き連れられて、空を暗黒に染めて降る雨。
晴れているのに、何故か雨が降り、止んだ後には虹を見せる雨。
その時によって、雨の見せる表情はさまざまで、雨によって、その日の気分が変わると言う事がよくある。
でも、今日はそれとは逆なのかもしれない。
僕の心が、この雨を誘ったのではないかという位、冷たく寂しい雨が降り続いている。
上を見上げれば、直に雨粒が顔に当たる。
自然のシャワーのような雨が、どんどん洋服に吸収されていく。
僕は大きなコンテナに背を預け、その場に座り込んだ。
服がどんどん濡れて行くけど、気にもならない。
むしろ、このままこの雨に溶けてしまえたら、どれだけ楽だろうか。
何も考える事も無く、流れに身を任せたら。
決して、現実にならない事に思いを馳せつつ、僕はゆっくりと目を閉じた。
周囲には、雨の音だけが響いていた。




人の温もりを感じて、目を開けた。
目の前に映ったのはオレンジ色のシャツ。
続いて、僕らが着ている地球連合軍の制服。
もっと視線を上げると、若草色の髪の毛。
そしてアイマスクもせず、瞳を閉じているシャニの顔があった。
もっと言えば、どうやら僕はシャニに抱きしめられているみたいだ。
身体を動かそうにも、シャニの腕が邪魔で、思い通りに動けない。
つまり、この状況からも抜け出せないと言う事で、僕はちょっと無謀だけどシャニに声を掛ける事にした。

「シャニ。ねぇ、起きろって!」

熟睡中のシャニに僕の声が届くはずもなく、シャニが起きる気配はない。
でも、いつまでもこのままでいる訳にもいかない。
仕方ない、アレでいくか。

「撃滅!」

ドフッという鈍い音が、周囲に響く。

「うっ…ん?」

さすがに、今度は目を覚ましたらしく、小さな唸り声をあげた。
ゆっくりと目が開かれる。
いつもは髪で隠している左の金色の目と、右の紫色の目が僕を見つめた。

「えっと…。今のクロトがやったの?」
「そう。で、早く離して」
「なんで?」
「それは、こっちの台詞だよ。このままで、僕にどうしろって言うんだよ」
「だって、クロトが冷たかったから」

シャニの言葉に、ここで目を覚ます前の事が頭をよぎった。
そうだ。僕は雨の中、外で雨に打たれてたんだ。
いつの間にか眠たくなってきて、そのまま意識を手放したんだ。
で、今はシャニの腕の中に居るわけだけど、これってシャニが僕の事を、あそこからここに運んだって事なのかな?

「一応聞くけどさ、シャニが僕を運んだの?」
「うん」
「なんで?」
「風邪、ひくと思ったから」

確かに、あのままあそこに居たら、僕は確実に風邪をひいていただろう。
それを心配してくれたのはいいとして、問題はどうしてシャニに抱きしめられて、ここに寝ているかって事だよね。

「だからって、なんでシャニと一緒にベッドにいるわけ?」
「人肌が一番だろ?温めるのって」

まぁ、確かにシャニの意見も、あながち外れているわけではない。
だけどさ、これって意味が無いと思うんだよね。
濡れたままの衣服をまとったまま、温められても大して温まらないし。
しかも僕を抱きしめていたシャニの服も濡れてるし、布団も微妙に水分を含んでいる。

「せめてさ、タオルで水気をふき取ってからにしてくれない?」
「クロト、文句多すぎ」
「シャニが中途半端だからだろ」
「そんな事、ないだろ」

まだ眠いのか、少しゆっくりとした口調で答える。
まぁ、一応謎は解けた訳だし、もうそろそろ離してほしいところだよね。

「もう、体温も大分戻ったから、離して」
「ヤダ」

間髪を入れず、シャニが答えた。

「ヤダって、問題じゃないだろ。ふざけてないで、離せよ」

シャニの腕の中で抵抗を試みるが、体格の差がものをいい、全く意味が無い。

「俺の事、嫌い?」

急に、シャニがそんな事を言い出した。
たぶん、好きか嫌いかって聞かれたら、嫌いではないと思う。
そりゃ、普段はお世辞にも仲が良いとは言えないけど、シャニやオルガは、僕と一緒だから。過去の記憶もない、ただ人を殺める為だけに存在するパーツ。
だから、嫌いだなんて思った事はない。

「俺…。あいつみたいに、クロトを泣かせないよ?」

ボソッと言うシャニの言葉に、僕ははっとして顔を上げた。
シャニの顔は本当に真剣で、僕の知っているシャニじゃないみたいだった。

「だから、あいつの事は諦めろよ」

シャニがあいつと言うのは、アズラエルさんだと言うことは、容易に想像出来た。
別に、僕がシャニやオルガに、この気持ちを話した事はない。
でも僕も、この気持ちを隠し通せる程、器用な人間じゃない。
だからシャニが知っていても、仕方ないと思った。

「ごめん」
「ダメ?」
「うん」
「なんで?」
「アズラエルさんの事が、好きだから」
「それで、いいの?クロトは幸せ?」

幸せ?
ううん。たぶん、幸せじゃない。
凄く苦しいし、辛い。
けど、シャニと一緒に居たら、それって幸せになれるのかな?

「ごめん。やっぱりアズラエルさんが好きなんだ」
「クロト?」

シャニの心配そうな声がした。
始めは不思議だったけど、シャニが僕の顔に触れたから、その意味が分かった。
僕の頬を、涙が伝っていたんだ。
涙を拭うように、シャニの手が目元を触れる。

「泣かないで。じゃないと、俺が滑稽じゃん」

ぎゅっと僕を抱きしめる手に、シャニが力を入れてきた。
それは凄く心地良かった。
もし、この手に縋りつけるのであれば、僕はもっと楽になれるのかな?
でも、それは僕が僕じゃなくなるって事だと思うんだ。

「ごめん。今だけ…、今だけは泣かせて」

これからは、絶対泣かなから。
だから僕の小さな我侭を聞いて。

「うん…。いいよ」

僕を包み込む温かさに、余計涙が零れた。

例えいくら泣いたとしても、何かが変わるわけではない。
でもこの雨のように、全てを流せたら、どれだけいいのだろう。
決して叶わず僕の願いを、誰か叶えて…。



END





モドル