ICE
夏というのはとても厄介だと思う。
毎日毎日暑くて、溶けちゃうんじゃないかと何度思った事だろうか。
それでも部屋の中はそれなりに空調がきいていて、まぁまぁ過ごせる環境ではある。いや、あったの方が正しいかもしれない。
なぜなら今僕がいる部屋は、お世辞にも過ごしやすい環境ではないからだ。

「暑い。溶けそう…」

空調の調子が悪いのか、すこぶる居心地の悪い部屋に入って20分。
いい加減、我慢の限界だと思う。
別にここにいなきゃいけない理由なんて無いんだけど、ここ以外は邪魔なやつらが一杯いて、別の意味で居心地が悪いのだから仕方ない。
こういう時、生体CPUも楽じゃないと思う。

「なんだここ。全然涼しくねぇじゃねぇか」

本を片手に、怪訝顔で入ってきたオルガが抗議の声を上げた。
まぁオルガの意見には同感だ。
涼しいと思って入った部屋が全然涼しくなかったら、誰だって同じ事を言うだろう。

「空調が壊れてるんだろ。僕は知らないけどね」
「あぁ、そうかよ」

不機嫌そうに言い、仏頂面で僕の目の前に座ると、オルガは本を読み始めた。
僕はそれを目で確認すると、こんな暑い部屋じゃ集中力も持たなくて、ゲームの電源を落として僕はソファーに横になった。

「あー、カキ氷食べたい!」
「カキ氷?なんでまた…」
「はぁ?お前バカ?カキ氷って言ったら、夏の風物詩だろ?」

いっつも本読んで風情がなんだかんだ言ってるくせに、そんな事もわからないのかよ。
さらさらの氷の粒に、とろりと甘いシロップ。
一気に食べようとすると、頭に響いて痛いけど、それもまた一興。
あぁ、口に入れると溶けてなくなってしまう儚さ。
食べたいな…、カキ氷。

「カキ氷か…。まぁ、氷ぐらいは確保できるだろうけど、シロップがないだろ」
「やだねー、現実的で。男なら、それ位どうにでもしてやる!とか言ってみろよ」
「お前も男だろうが」

オルガに最もなツッコミをくらい、僕は返す言葉が見つからなかった。
そりゃ僕だって男だけど、出来ないものは出来ないって言うの!
そう心の中で反論すると、オルガが意外な一言を口にした。

「いや、出来るかもな」
「えっ、マジ!?」
「宇治金時ぐらいはな」
「宇治金時…。年寄りくさっ」

オルガの言葉に、僕は思わずそう返していた。

宇治金時ってあれだろ?モスグリーン色のカキ氷。
確か東洋のお茶で、苦いだけのやつだろ?
甘くないカキ氷なんて、僕は認めないね!
はぁー、オルガに期待した僕がバカだった。
そうだよな、オルガだもんな。年寄りくさくて当然か。

僕の心の声が届いたのか、オルガは途端に不機嫌そうな顔になった。

「お前、バカにするなよ!宇治金時って言うのはだな」
「はいはい、わかりましたから。それ以上言うな」

例えどれだけ宇治金時の良さを語られようと、僕は甘いカキ氷が食べたいんだ。
オルガの意見は問題外だね。
そう言う意味を込めて、オルガの言葉を遮る。
別にオルガとカキ氷について語る気はさらさらないが、実際にこう具体的に話していたら、本当にカキ氷が食べたくなってくる。

「どこかに無いかな。甘いシロップ」
「甘いシロップってな…。いや、待てよ。あるかもしれないな」

またもや当てにならない発言をし始めたオルガに冷たい視線を送ってみたが、今度は本当に自信があるように、僕の顔を見てにやりと笑って見せた。

「おっさんの部屋にあるかもしれないぜ」
「アズラエルさんの?なんで」

あの人、そんな甘いもの好きだったっけ?
しかもマイ・シロップ所有って事は、大のカキ氷好き?
あっ、なんかそれ笑えるかも。

そんな事を思っていると、ぐいっとオルガに手を引かれた。

「ほら、行くぞ」
「えっ?マジで行くの」
「お前が言い出したんだろうが。最後まで付き合え」

いや、その当てにならない意見を言い出したのはオルガだし、大体あの人の部屋に入っていいのかよなどと、心の中で冷静な僕がツッコミを入れるが、この暑い中、甘くて冷たいカキ氷が食べらるのならば、ちょっと位の冒険をしても良いと思った。



「失礼しますよ」

主無き部屋に入るのに、挨拶もいらないと思ったけど、それはいつもの習慣ってやつで、自然と口をついて出た。
ひとまず暗い室内に光を入れる為、カーテンを開けた。
部屋の持ち主がいない時でも常にエアコンが入っているらしく、今まで僕達がいた部屋とは比べ物にならないほど、部屋の中は快適だった。

「っていうかさ、勝手に入っていいの?僕知らないからね。怒られても」
「お前だって共犯だろ。もしもの時はお前がどうにかしろ。幸い、お前はおっさんに気に入られてるからな」

どこか不機嫌そうに言うオルガに、僕は口の端を持ち上げて笑った。
変なヤツ。
自分で言ったくせに、それで不機嫌になってたら世話ないよね。

「で、どこにシロップがあるの?」
「ちょっと待ってろ。多分ここにだな…」

そう言ってオルガが漁り始めたのは、アズラエルさんご自慢のお酒が入った棚だった。
お酒といっても、ワインセラーとかじゃなくて、カクテルに使う道具を置いてある方だ。
多彩な趣味を持つアズラエルさんは、時々だけど自分でお酒も作る。
だからカクテルに使う道具も殆どそろっている。
だけど、それがカキ氷といったいどんな関係があるんだろうか?

「ほらよ」

僕の疑問に答えるように、オルガは一本の瓶を僕に差し出した。
片手で楽に持てる大きさの透明の瓶には、とろりとした真紅の液体がはいったいる。
これはもしかして…。

「イチゴシロップ?」

オルガの言っていた事を100%信じていなかったわけじゃないけど、まさか本当にあるなんて…。アズラエルさん、大のカキ氷好き説決定!?

「イチゴシロップじゃなくて、グレナデンシロップな」
「グレデナ?」
「グレナデン。柘榴のシロップだ。カクテルでよく使われるシロップらしいぜ」

オルガの補足に、再び瓶のラベルを見てみたら、確かにGRENADINEって書いてある。
なんだイチゴシロップじゃないだ。
折角イチゴシロップだと思い喜んだのに、少し損した気持ちになった。
でもシロップって言うくらいだし、多分甘いはずだよね。

「で、氷はどうするわけ?」

折角シロップを確保したのに、氷がないんじゃ話しにならない。
目でそう訴えれば、オルガはにやりと笑った。

「まぁ、ちょっと待ってろよ」

そう言ってオルガは部屋の奥へと消えてった。
この部屋の奥には、アズラエル専用のキッチンスペースがあるはずだ。
いくらアズラエルでも、氷を削る機械はないと思うのだが…。
そう思っていると、何かを叩くようなうるさい音が響いた。
ただならぬ物音にオルガが発狂したのかと、不安になり、様子を見に行くべきかと思っていると、涼しげな顔でオルガが戻ってきた。
その両手には、どうやって作り出したのかわからないが、さらさらの氷が乗った器を持っていた。

「オルガ、お前何してたの?物凄い音だったけど」
「あぁ、さっきの音か?気にするな。それより、それよこせ」

テーブルの上に器を置き、オルガが手を出してきた。
僕は手にしていたグレナデンシロップの瓶を手渡すと、オルガはそれをさらさらの氷の粒の上にかけた。
真紅の液体が氷を侵食し、溶けていく。
そして器の1つを差し出された。

「ほら」
「あっ、どうも」

おずおずと器を受け取ると、器からひんやりと冷たさが伝わってくる。
僕はスプーンを手にすると、その氷の山を一すくいした。
ぱくっと口に運ぶと、氷の冷たさとシロップのほのかな酸味と甘味が口内に広がった。

「美味い」
「そうか?所詮、氷とシロップだぜ?」
「文句あるなら食べなければいいだろう。お前の分も僕が食べてやるよ」

そう言ってオルガが手にしているカキ氷にスプーンを伸ばすが、それも軽くかわされた。
オルガは満足そうに笑うと、再び氷の山を崩した。

「っうかさ、アズラエルさんになんて言い訳すれば良いわけ?」
「あぁ、そんなのお前が考えろ」
「無責任。お前が僕の事、巻き込んだくせに」
「お前が我が侭を言うからだろ」

"巻き込まれたのは俺の方だ"と主張するオルガに、誰も"無理してまで食べたい"とは言ってないと言ってやりたかった。
でも実際にカキ氷が食べれて嬉しかったのは事実だから、僕はその言葉を飲み込み、代わりにいつもであれば絶対言わない言葉を口にした。

「ありがとうな」
「あぁ?珍しいな。お前が素直に礼を言うなんてよ」
「僕だってたまにはスナオになるんですよ」

そう言って油断しているオルガから、カキ氷を一口略奪した。
オルガのヤツは一瞬だけマヌケな顔をし、顔をしかめた。

「クロト、てめぇ」
「油断したお前が悪い」

そう言って、自分の器に残っていたカキ氷を一気に口にした。
頭にキンとした痛みがはしったが、大して気にはならなった。

久しぶりに食べたかき氷の味は、やたら甘かった。



END





モドル