煙草と恋愛論
ほんの小さな事だけど、気になるあんたの事だから、妙に目に付くのかもしれない。もし、この気持ちを恋と言うのであれば、きっとその通りなのだろう。



MAとのシュミレーションを終えて談話室に向かう途中、俺らの先輩であるミゲルとすれ違った。いつもはきちんと閉じてある制服の前を少しだらしなく開け、その顔にも疲れの色が見える。

「よっ、ミゲル。なんかあったの?」

すれ違いざまにそう声をかければ、ミゲルは俺の顔を見て"なんだ、お前か"と言って、俺の腕をつかんで静止をかけてきた。
そんなミゲルの行動が珍しいと思っていると、少々だるそうな口調で聞いていた。

「お前、今暇か?」
「暇といえば暇だけど、暇じゃないといえば暇じゃない」

ミゲルからしたら暇に見えるかもしれないが、ルーキーとは言え、クルーゼ隊の赤服を着ているわけで、それなりに仕事はある。
ミゲルは俺のこの答えを暇だと受け取ったらしく、ぐいっと俺の腕を掴んで歩き出した。

「ちょっと付き合え」

そう言って連れて来られた先は喫煙所で、ミゲルはソファーにどかっと座ると、ポケットから煙草を1本取り出して火を点けた。
一回ぷかーと煙を吐くと、ミゲルは俺へと視線を移した。

「なんでったって、こう俺ばっか文句を言われないとならないのかねぇ。何も俺だけじゃないだろ?ジンを破損させるのはさ。あの整備士、俺に恨みでもあるのかねぇ」

独り言にも思える言葉に、俺はどうしてミゲルに誘われたのか察した。
どうやらミゲルは先日の対戦で自分の愛機のどこかを破損させたのだろう。
それに関して整備士の一人に少し注意をされた。
ミゲルだって自分のジンを持つほどだから、かなりの腕はあるが、それでもあれだけ多くにMAと対戦しているのだ。無傷で帰還ということは少し難しい。
それはミゲルだけじゃなくても言える事だろうけど、

先ほど火を点けた煙草を灰皿に押し付け、また新しいタバコに火をつけていく。
ストレス発散の為に吸っているらしいけど、ミゲルってチェーンスモーカーだったっけ?

「なぁ、ミゲル。最近、煙草の量増えたんじゃないの?」
「あぁ、そうかもしれないな」

そう言って、ミゲルは今火を点けたばかりの煙草の火を、また消した。
今度は吸う気はなかったらしく、煙草は出していない。

「まぁ、色々とあるからな」
「ミゲルの場合、欲求不満なんじゃないの?」

冗談半分で言ってみると、ミゲルは"そうかもしれないな"と言って頷いた。
どうやら、そうとう疲れが溜まっているようだ。

「軍に入ってから、戦争だなんだで忙しいからな。彼女なんて作る暇ないよな」

改めて、しみじみとミゲルが言う。
まぁ、確かにその通りではある。
例えばこれが、戦争もない平和な時であれば、また違ったのかもしれない。
でも今は戦争中で、そんな事は二の次というのが現状だった。

「でもミゲルなら、その辺りの子に声をかければ、軽くOKしてくれそうじゃん」

容姿的には格好良いし、実際に実力もある。
というか、逆にそれを狙っている者もいるかもしれない。
そう思っていたからこそ、それのまま口にした。
しかし俺の言葉にミゲルは軽く俺の事を見ると、ぺしっとデコピンをしてきた。
ふざけあって、今までにも何度かでこピンとかされたが、今回のは今までのとは比にならないくらいに痛かった。

「いったぁー。何すんだよ」
「このガキ」

"ませた事、言ってんじゃねーよ"とミゲルが言葉を続ける。

「そんな事はしねぇよ」

思いのほか、真剣な表情でそう呟いた。
それはいつものミゲルとは少しだけ不似合いで、なぜか胸の辺りがざわついた。

「なに?本命以外には体許さないタイプ?なら、恋愛でもしたらどう?」
「バーカ。寂しさを紛らわすための恋愛なんてするもんじゃねぇだろ。相手が可愛そうだ」

ズキリ

ざわつきから、小さなトゲが刺さったような痛みにへと変わった。

「恋愛っていうのは、双方が幸せになる為にするものだと俺は思ってるんだよ」
「双方が幸せ?」
「あぁ。支えあう事は必要だと思う。でも、一方が依存しただけの関係は、お互いの為にならない」
「依存…」

ミゲルの言葉は、分かりやすいようで、分かりにくい言葉なのかもしれない。
辛い時、人は誰かに頼りたくなる。
家族とか、親友とか、恋人とか。
それを全て依存という事はないのかもしれないけど、少なからず含んでいる事は確かだろう。
双方が支えあえば問題なく、でも一方的に依存するだけでは悲しい。
ミゲルはそう言いたいのだろうか。

「ミゲルは相手に求められるだけの恋愛は嫌なの?」
「そうは言ってない。でもな…」

ミゲルはそこで言葉を切ると、じっと俺の事をみつめた。

「自分だけじゃなくて、相手も幸せになってほしいから、最初の一歩を踏み出すのが怖いんだよ」
「自分だけじゃなくて、相手も…」
「まぁ、お前みたいなガキには、まだまだかもしれないけどな」

最後は誤魔化すように言うと、ミゲルとすくっと立ち上がった。

「ガキってなんだよ」
「そのままの意味だろ」

"付き合せて悪かったな"
そう言って、ミゲルは喫煙室を出て行った。



ミゲルの一言一言が胸に刺さった。
まるで俺の心情を察しているようでもあった。

ずるいんだよ、ミゲルのヤツ。
あんな事言われたら、不安になるじゃんかよ。
俺がミゲルが好きなのも、ただの依存なんじゃないかって。
俺の事をサポートしてくれるから、だから好きなんじゃないかって。
心のどこかで、そんな事はないって叫んでいるのに、この不安がぬぐわれる事はなかった。
なぁ、ミゲル。
俺のこの気持ちも、寂しさを紛らわすための一時期の感情かのかな?
答えてよ。



END





モドル