偽りの本音
「ったく、どうして俺がこんな事をしないといけないんですかね…」

酔って寝ているラスティを担ぎ、アスランとラスティの部屋に向う廊下で、俺はそんな言葉をこぼしていた。

もとは簡単な仕事だったはずだ、部屋の見回りなど。一応決められている就寝時間を過ぎてから、艦内を徘徊するものなどごくわずかだ。
それでも形式的に見回りという仕事があるのだが、今日はいつもと違っていた。

ドアの隙間からこぼれる光。
誰の部屋かと思ってみれば、それは俺の2期下の後輩イザークとディアッカの部屋だった。珍しい事だと思ったが、部屋の中を見て納得した。
部屋の中にいたのはイザークとディアッカだけじゃなかった。
同じく同期のアスランとニコル、そしてラスティの姿があったのだ。
しかも奴らはほんのりピンク色に頬を染めていて、飲酒していたのは明白だった。

イザークとアスランは競い合うように酒を飲んでいるし、ディアッカもそれに参戦。
ニコルは少し離れた所でその光景を傍観してるみたいだし、ラスティは既に酔いつぶれてるし…。
お前らエリートの自覚あるのかって言いたくなった。
いや、実際はそう言ったんだけどな。
明日の訓練に支障がないように釘を刺してきたが、それでも心配が消える事はないけどな。

そして奴らの部屋を後にしようとした時、今肩に担いでいるラスティを押し付けられたてしまった。
イザークとアスラン、そしてディアッカは使い物にならないし、ニコルではラスティを担ぐ事は無理。事情を知ってしまった以上、俺も無視する事が出来ず、ラスティを部屋まで送る事を了承したのだ。



パネルに触れてドアを開錠し、部屋の明かりを点けるとラスティをベッドの上に下ろした。

「おいラスティ、部屋に着いたぞ。起きろ」

そう言って肩を揺らすが、ほろ酔いのラスティにその言葉が届いているかどうか微妙な所だ。1度開かれたと思った瞳も、また瞼が下がってるし。
取り合えず部屋まで送り届けたのだから、そのまま帰ろうかと思ったが、俺は一つ気になることがあって思いとどまった。

いくらなんでも、制服のまま寝たらしわがつくだろうな。

ベッドに横にしたラスティを見て、俺はそんな事をぼんやり思った。
このままラスティをここに寝かしておいたら、朝まで起きないだろう。
そうなると自然と制服のまま寝る事になる。
さすかにしわのついた制服で明日の訓練に出られても困ると思い、俺は上着だけでもどうにかしてやろうとラスティのベルトに手を掛けた。
俺と同じぐらいの背格好であるラスティの(しかも相手は寝ているわけで)上着一つ脱がせるのは一苦労なんですよ。
それでもなんとか上着を脱がし、制服をハンガーに引っ掛けてやる。
ブーツも脱がしたから、取り合えずこのまま寝ても平気だろう。

「上は脱がしたから、寝てもいいぞ」

そう声をかけてやれば、俺の言葉に反応してラスティは顔を上げた。
相変わらず夢の中にいるような焦点の定まらない瞳で俺の事をみると、ラスティは笑った。
それは普段俺が見ていた、アスラン達と騒いでいるような笑みではなく、本当に嬉しそうな、穏やかな笑顔だった。

こいつ、こんな顔もするのか。

ラスティの珍しい笑顔に感心していると、ラスティは急に俺へと手を伸ばして、そのまま腕を首に絡めてきた。
一瞬、俺の事を抱き枕と勘違いしているのではないかと思ったが、ラスティはそのまま俺の肩口に顔を埋めてきた。
ラスティの癖の強い髪の毛がくすぐったく感じられ、俺はラスティから体を離そうとした、その時だった。

「好きだよ。ミゲル」

ラスティのその言葉に、俺は自分の顔が赤くなるのを感じた。
別に、ラスティに恋愛感情を抱いていると言うわけではない。ラスティの声が、いつもの軽い調子の声ではなく、ちょっと低く、少し艶を含んだ声だったからだ。
プラス、いつもは俺の事を"先輩"と、少しふざけた感じで呼ぶにも関わらず、今はファーストネームで俺の名を呼んだ事にも、少なからず動揺した。

「好き」

もう一度、はっきりと言われ、今まで以上に体温が上昇したのが分かった。

「らっ、ラスティ?」

声を掛けるが、返事はない。耳を澄ましていると、規則正しい寝息が聞こえてきた。

……寝てやがる。もしかして、今のは寝ぼけてたのか?

そう結論付けると、俺は自分の首に絡んでいた手を外し、ゆっくりとベッドに横にした。さっきまでの真剣な声とは不似合いな寝顔が、そこにはあった。



次の日、ラスティの奴に昨夜の寝言(?)の真相を聞くべく話しかけたのだが、俺の予想もしなかった言葉が返ってきた。

「ごめん。俺さ、酒はいると記憶無いんだ」

ラスティの話を要約すると、ラスティはかなり酒に弱いらしい。
すぐに酔いつぶれるという事はないらしいが、途中から記憶がなくなるそうだ。
一緒に酒を飲んだアスランやニコルに話を聞いても、暴れたりするわけではないので、今まで普通に飲んでいたらしい。

「っうか、ディアッカが無理やり飲ませてくるんだよね。定期的に」

定期的に?

俺はラスティが言ったその言葉に疑問を持った。
ラスティの奴が酒に弱い事を知っているのなら、それをさけるのが普通だ。
それなのに、ディアッカの奴はわざわざ飲ませるというのは不自然だ。

これは本人に当たってみる必要があるな。

そう結論付けると、俺は話を聞くべく、ディアッカを探した。



「ラスティに酒を飲ませる理由?」

運良くも、すぐに見つかったディアッカにそう問えば、ディアッカはなぜそんな事を聞いてくるのかという顔をした。

「あんたから見てさ、ラスティってどう言うヤツ?」
「俺から見たラスティ?」
「そう。言ってみ」

ディアッカの意図がわからないが、取り合えず話が進まないから、俺は少しだけ考えて思っていた事を口にした。

「生意気なガキで、大のイタズラ好き。どこか抜けててるが、たまに鋭い発言をする。周囲からの信頼も厚く、妙なところで大人びてる。そんでもって、お前らのムードメーカー的存在」
「まぁ、8割正解ってとこかな」

自分としては大分的確な答えだと思っていたが、8割だと?

「残りの2割はなんだよ」
「自分の本音を言わない、周りの空気を読むのが上手すぎるかな」
「あぁ、なるほどな」

確かにラスティのヤツは、その場の空気を読むのが上手いと思う。
その所為で自分の本音を隠している節があるのには、俺も薄々気づいてはいた。
だが、それが今回の話と何の関係があるんだ?
そう思ったいた事がディアッカにも伝わったのか、ディアッカのヤツは再び口を開いた。

「自分の本音を言わないで、周囲の嫌な雰囲気とかを全て引き受けてるんだよ、ラスティはさ。でもそれじゃあ、いつかパンクしちゃうだろ?」
「あぁ、そうだな」
「だからその為の息抜きなんだよ、飲酒はさ」

そう言ってディアッカは周囲を見渡して、さきほどより小さな声で呟いた。

「ラスティのヤツには言ってないけど、あいつ酒が入ると本音しか言わねぇのよ」
「本音しか言わない?」
「そう。別に誰かの我が侭を言ったりするわけじゃないだけどね」

それを聞いて、定期的にラスティに酒を飲ませるディアッカの心境が分かった気がした。
確かにラスティはいつもどこかで俺達より一線引いたところにいる。
それは本人の意思というよりも、ラスティにとって普通の事であり、実にスマートにやってのける。
だからこそ見落としがちだが、それはそれでどこかで無理をしているのだろう。

「お前の言いたい事はわかった。だが、酒はやめろ。もう少し他の手を考えろ」
「今までにもいくつか手は試したんだけど、酒が一番効果があるんだから仕方ないっしょ」

お手上げといった感じにディアッカは肩をすくめて言った。
まぁ、あのラスティじゃあ一筋縄じゃいかないのは分かる気はするけどな。

「わかった。なら俺も何か手を考えてみるから、当分の間、酒は控えろよ」

"お前達もな"と言えば、ディアッカは"冗談っしょ"と言って笑って席を立った。





それから数日、俺は多忙なスケジュールに追われ、ディアッカと交わした話を少し忘れかけていた。
そんな中、少しだけ取れた休息時間。
ラスティにシュミレーションの相手をしてくれと言われ、俺は重い腰を上げた。



「ミゲル、覚悟!」

デブリの影から奇襲を掛けて来たラスティのジンを避け、右足で背に蹴りを入れる。急いで体勢を整えようとするラスティの懐に潜り込み、ナイフで切りつける。
しかしあと一歩という所でラスティは俺との間合いを取るように、拳を突き出してきた。急いで手でブロックして、急所を外す。
そしてまた間合いを詰めると、後ろから羽交い絞めにする。そして背にナイフを突き立てるた。酸素の無い宇宙空間に火花がバチバチと上がる。
このままだと爆発に巻き込まれるから素早く離れると、その数秒後にジンは爆発し、画面にミッションコンプリートの文字が出てきた。
最後に今回の対戦データに目を通していると、俺よりも先にシュミレーション装置から出たらしいラスティの声が聞こえてきた

「あー、あと少しだったのに!」

悔しそうに声を上げるラスティに近づいていくと、ラスティのヤツはきっと睨みつけてきた。

「可愛くないね、お前も。先輩に向って覚悟は無いだろ。覚悟はさ」
「ミゲルだって、容赦なかったじゃんかよ」
「当たり前だろ。何の為にシュミレーションで対戦してるんだよ」

大体、こっちの武器はナイフだけなんだぞ。
それだけで十分ハンデになるだろうに、目の前の生意気な後輩は一体何が不満なんだろうね。

そう思っているとラスティも俺の言いたい事がわかったらしく、少し頬を膨らませて俺の顔を見た。

「あぁ、そうですネ」

いかにも棒読みの言葉を返すラスティに、なんでこいつはこうも生意気なのだろうと思っていると、さらに言葉を続けた。

「それに男なんだから、可愛くなくて当然っしょ」

確かに、男が可愛いというのは少し特殊だろう。
ニコルなんかは結構可愛い部類に入ると思うが、男に対しての褒め言葉でないのは確かだ。

「男ねぇ…。冗談とはいえ、この間は可愛かったのにな」
「この間って、どういう事?」

思わずこぼした言葉に、ラスティは覚えが無いというように聞いてきた。
そう言えば、酒入ると記憶ないんだっけな。

「ほら、お前が酔っ払った日があっただろ?あの日、俺に"好き"って言ったんだぜ」

思わず同性のラスティにドキッとしちまったしな。
あの時のラスティは、正直可愛かったと思う。
まぁコーディネーターだから、容姿的には悪くないし、女装させてもそこそこいけるのではないかと、冗談半分に思ってしまった。

そんな事を思いつつ、ふと心に何か引っかかる感じがした。

そう言えば、何か重要な事を忘れている気がする。
なんだっけな…。

俺が頭をひねっていると、ラスティが控えめな声でぼそっと呟いた。

「それさ、冗談じゃないんだよね」
「冗談じゃないって、何がだ?」
「だから…。ミゲルに言った、その言葉」

今、俺がラスティと話していたのは先日の寝言の事だよな?
それで、それは冗談じゃないと、ラスティは言った。
ラスティが俺に言った言葉って事は、"好き"って事だよな。
えっと、つまり…。

「まさか、その…俺の事が好きだって事か?」

ラスティの言葉に俺が辿り着いた答えを聞き返しつつ、数日前にディアッカのヤツが言った言葉が頭を過ぎった。


「ラスティのヤツには言ってないけど、あいつ酒が入ると本音しか言わねぇのよ」


確かにディアッカはそう言っていた。
だが、まさかあの言葉までラスティの本心だと誰が想像するだろうか?

しかし目の前のラスティは、俺から顔を背けて1回だけこくんと頷いた。
その事からも、あの言葉がラスティの本心である事は間違いない。

「その…、驚いてるよね」

悪戯がばれた時に出すような声で、ラスティがぼそっと聞いてきた。
俺もラスティから軽く視線をそらした。

「そりゃあな」

そう一言答えると、ラスティは"だよね"と言って小さく笑った。
そして何かふっきったように顔を上げると、真っ直ぐと俺の事見た。

「じゃあ、この間の言葉は聞かなかった事にしてくれない?」
「お前はそれでいいのかよ」

確かに、今までラスティを恋愛対象として見た事はない。
それは俺が、恋愛とは男女間で行うものだと思っていたからだ。
だから、正直ラスティに好きだと言われて驚いた。
しかしだからと言って、自分の気持ちを偽るように、あの事を無かった事にしてくれと言われて"O.K"と言えるほど、俺は物分りのいい方ではない。

「別に、ミゲルへの気持ちが嘘だったってわけじゃないんだ」

俺の心情を悟ったかのように、ラスティがぽつりと呟いた。

「今でもミゲルの事は好きだし、出来ればこの気持ちを受け入れて欲しいと思う。だけど、このままじゃ俺が嫌なんだ。酒に酔った勢いじゃなくて、きちんと俺の意思で言うから…。だからその時まで待っていてほしい」

そう言って俺の事を見返してくるラスティの瞳には、確かな意思が宿っており、俺は頷き返した。

「分かった。だけどラスティ、一言だけいいか?」
「何?」
「俺はそんなに気が長くないのは知ってるよな」
「勿論。そんな時間はかからないから、安心して」

そう言って、ラスティのヤツはにこっと笑った。
それは自分が仕掛けた悪戯が、成功した時のような顔だった。
そんなラスティの顔を見て、これなら大丈夫だろうという気になった。

「よし。じゃあ、この話はこれで終わりだな」
「うん、ありがとう。ミゲル」

そう言ってシュミレーション機器の片づけを始めたラスティを横目に、俺は小さくため息をはいた。

ラスティが自ら言える様になるまでに、俺も答えを出せるようにしておかないとな。

男子間の恋愛が成立するか、正直、今の俺には分からない。
それでもその答えを出せる日も、そう遠くない気がする。
あくまでもこれは予感だが、そんな気がするのだ。
ラスティが偽りではなく、本音で俺にぶつかってくるのであれば、俺も素直になれそうな気がする。
それは予感と言う名の、確信だった。



END?





モドル