抹茶
麗らかな午後。演習もプログラミングも全て終え、俺は自室でささやかな休息をとっていた。
しかし、そんな俺の安息を妨げる奴がいた。

「ミゲル、いるー?」

そういって、入ってきたのは俺の2期下の後輩、ラスティだ。

「皆のアイドル、ミゲル・アイマンは只今外出中です。またの機会にどうぞ」
「いや、分けわかんないし。っうか、目の前にいるのミゲルだし。居留守使わないでよね」

そう言って、俺の了解も得ず、勝手に俺のベッドに腰をおろした。

「で、何のようですか?」
「ミゲルさ、茶筅持ってない?」
「ちゃせん?」

聞きなれない言葉に思わず、聞き返す。

「そう、茶筅。持ってたら、貸して欲しいんだよね」

俺が聞き返した意図に気付かないらしく、ラスティは話を進めている。
ったく。どうして、こいつはこう鈍いんだろうな
少し呆れつつ、俺は直球で質問することにした。

「そもそも、"ちゃせん"ってなんだ?」

そう言ってやると、やっと俺が"ちゃせん"の存在を知らない事に気付いたらしく、目をぱちくりとさせ、俺の顔を見た。

「ミゲル、知らないの?お抹茶をたてる時に使う道具の事だよ」
「抹茶って、あの苦いお茶か?」

確か、去年の新年会の席で、クルーゼ隊長がたてたのを飲まさせてもらったが、苦いと言う思い出しかない。
基本的にコーヒー派だが、もちろんたまに紅茶も飲む。
同じお茶なのに、どうして抹茶と言うのはこんなに苦いのかと、疑問に思ったものだ。

「あれ?お抹茶飲んだ事あるんだ」
「あぁ、一度だけな」

そう答えると、ラスティは意外そうに頷く。

「なんだ、茶筅を知らないから、てっきりお抹茶も知らないのかと思ったんだけどな」
「で、なんでお前は茶筅なんて探してるんだ?」

そもそも、軍で生活をしていて、ちゃせんが必要になる場面なんてあるのだろうか?
いや、普通ないだろう。
俺の経験から言っても、そんな事は今まで一度も無かったはずだ。

「いやさ、ディアッカがお土産にくれたんだよ。ほら、あいつの趣味って日本舞踊じゃん?それで、知り合いのおばちゃんにもらったんだってさ。でもあいつはコーヒー派だから、俺にくれたわけ」

そういえば、そんな話を聞いたこともあったなぁ。
一度だけ、日本舞踊の衣装をまとったでディアッカの写真を見たことがあるが、褐色の肌が衣装(確か、着物っていったっけか?)にまた合っていて、結構似合っていた気がする。

「家に帰れば茶筅もあるんだけど、さすがにこっちには持ってきてないしさ」
「って、家にはあるのかよ!?」
「まぁーね」

本当に、こいつは不思議だと思う。
そもそも、抹茶なんてそうおいしいものじゃねぇだろ?
そう言ってやろうとしたが、当のラスティは…。

「和菓子を食べた後に飲むと、凄くおいしいんだよな~」

なんてぬかしてやがる。
ラスティのやつ、味覚音痴ではなかったよな?
もしくは苦味を感じないとか…。
だけど、この間焦がしたクッキーを「苦い、苦い」と言いながら処分してたよな。
となると、一様正常に苦味も感じてるはずだ。
いくつかの疑問はあったが、とりあえず結論を出してやるか。

「さすがにここじゃ、誰も持ってねぇと思うぜ?」

そもそも、ほかのやつらに聞いたとしても、俺同様に分からないやつが大半だろう。
名前も知らないものを持っているはずがない。
というより、抹茶自体知らないやつが多いんじゃないか?
普通、飲んでもコーヒーか紅茶だろうからな。

「ちぇっ、残念」

そういって、ラスティは口をとんがらせてガキみたいにすねている。
こう言う時はいつも、こいつが俺より年上なのか疑いたくなる。

「おい、ラスティ。抹茶をたてて飲む以外に、別の使い方は無いのか?」

別に飲み物としてでもなく、ココアとかみたいにお菓子にも使えるはずだろ?粉末だしな。
いつだか食べた、抹茶味のロールケーキはうまかったし、あの苦い抹茶を飲むよりは、断然そっちの方がいいに決まっている。

「そりゃ、クッキーやケーキに使うって手もあるにはあるけど、折角だから抹茶を飲みたかったんだよ」
「飲みものねぇ…。ココアみたいに、ミルクで割ってみるとかどうだ?」

冗談半分で言った言葉に、ラスティは再び目を丸くした。
そのまま、しばらく止まったままだったから声をかけようとした所で、ラスティは声を上げた。

「そうだよ!ココアだよ、ココア。ナイス、ミゲル!!」
「はぁ?」

俺の手を握り、ぶんぶんと握手をするラスティ。

「じゃあ、俺作ってるから」

そういって、ラスティは俺の部屋を飛び出した。
俺は、一体何が起こったのかわからず、しばらく唖然としていたが、それがあまりにもバカらしかったので、ベッドに横になり、近くにあった雑誌をめくった。
それから少しして、再びドアが開いた。

「お待たせー」

問題が解決したらしく、妙に上機嫌のラスティが入ってきた。
手には白いマグカップの乗ったトレーを持っている。

「はい、ミゲルの分」

そう言って差し出されたマグカップを受けって中身を見ると、中央には白い物体-多分、生クリームだと思う-が浮かび、その周りには鮮やか黄緑色の液体が入っていた。

「なんだ、これ」

思ったままの言葉を返すと、ラスティはにっこりと笑って言った。

「へへっ。抹茶オレだよ、ミゲル」
「抹茶オレ?」

オレって事は、イチゴオレとかバナナオレみたいに牛乳を使っているって事か?
確かに、そうすればこの黄緑色も納得はいくが、そんな簡単に出来るものか?

「そう。さっきさ、ミゲルがココアって言っただろ?ミゲル、ココアってどうやって作る?」
「ココアパウダーを軽くお湯で溶いて、温めた牛乳を加えるんじゃねぇのか」
「そう、それ。実はその要領で、抹茶をホットミルクで溶いてみたわけ。最初に抹茶と砂糖をあわせて、その上から牛乳を入れる。こぼれないように温めて、上に生クリームを浮かべてみたのが、これ」

なるほどな。確かに、そうすればちゃせんなんか使わなくても、抹茶が飲めるわな。
だが、ちょっと甘そうじゃないか?この飲み物。

「一様、抹茶に砂糖は混ぜてあるけど、生クリームの事を考慮して、量は減らして、そんなに甘すぎないようにしてあるから」

俺の心を見透かしたようなタイミングで、ラスティが付け加えた。
まぁ、香りもちょっと甘そうだがいい香りでうまそうだし、試しに一口だけ飲んでみるか。
そう思いつつ、俺は一口だけ抹茶オレを口に含んだ。
ミルクの温かさと、生クリームの甘さが口いっぱいに広がり、以前飲んだような抹茶の苦味は、全く感じなかった。

「うまいな、これ」
「だろ?」

俺の言葉に、ラスティの奴は嬉しそうに笑った。
あの苦いだけの抹茶が、こんなに上手くなるとはなんとも意外だ。
ホットミルクを使っているから、なんとなく冬向きの飲み物だな。
そう思いながら飲んでいるうちに、カップの中は見事に空になった。

「ごちそうさん」

テーブルの上に置かれたトレーにカップを置いて、ラスティに礼を言葉をかけてやると、ラスティは軽く頭を下げた。

「どういたしまして。また今度、作るから」
「あぁ、楽しみにしている」


ラスティに振り回されるのはいつもの事だが、今日は少し得をした気分だ。
まぁ、たまにはこいつに振り回されるのも悪くはないな。
もちろん、毎日は嫌だけどな。



END





モドル