金魚 |
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白い大きな建物。 その中で毎日暮らす自分達は、鳥籠の中で暮らす鳥と一緒ではないかと思う。 いや、鳥という表現は似合わない。 自分達はペットのように、愛されているわけではない。 そういう意味では、虫かごの昆虫の方があっているかもしれない。 無邪気なガキに捕まり、短い命を小さなカゴの中で終える。 消え去った命に対し罪悪感などというものは無く、また新たな生贄を探しては捕まえる。 生体CPUとして存在する自分達は、どちらかといえばそれに似ている。 自分達の代わりなどいくらでもいる。 ただそれを作り出すにはまた多くの金と時間がかかる。 だからあいつは、俺達を大切に労わるふりをして飼いならしているのだ。 ここは静かだと思う。 主無き部屋はしんと静まり返り、それでいて過ごしやすい環境だ。 いつも自分達が閉じ込められている部屋と比べると、天と地ほどの差がある。 しかも今日はいつもうるさいあの二人もいない。 いわば、自分だけの城だ。 オルガやクロトにうるさいと言われる音楽も、ここでは必要ない。 所詮あの音楽も、自分と外界を遮断する為にあるようなものだ。 闇が時を支配するここでは、それは無用だった。 しかし、その静寂を静かに壊す者が現れた。 「おや、君一人ですか?」 涼しげな声のした方向に視線を移せば、俺達の所有者でアズラエルがいた。 外は軽く30度を越える猛暑だというのに、目の前の男はいつものようにネクタイをしめ、スーツを着、それでいて何事も無いような顔をしている。 実際、空調のよく聞いた建物内で会議をし、その間の移動も完備の整ったもので移動しているはずだ。そう言う意味では、目の前の男には外の暑さなど関係ないのかもしれない。 「あの二人はメンテ中だってさ」 今朝、すれ違った時に言われた言葉をそのまま伝えれば、アズラエルは納得したように頷いた。俺らの所有者であるアズラエルは、俺達の予定をあるていど把握している。 「二人はメンテナンスで、君は今日一日お休みと言うわけですか」 「まぁーねー」 ごろんと再び転がると、アズラエルは棚から大きめのグラスを取り出し、手にしていたビニール袋の中身をその中に入れた。 ぽちゃんという音がし、白と赤と黒の物体が水中を泳いでいた。 「何、これ」 「金魚ですよ」 さも当然のように答えるアズラエルに、俺は再び"金魚"という名の魚に視線を戻した。 いくら大きめのグラスとは言え、かなり狭い空間に3匹の魚をいれるのはどうかと思う。 指先でグラスをこつんとやれば、中の魚達は驚いたように水中を泳いだ。 「これ、食えんの?」 「食べないで下さい。観賞用ですから」 俺の言葉に、アズラエルは苦笑して答えた。 別に本気で食べようと思ったわけではない。 魚の容姿を見れば、これが食用ではなく鑑賞用である事は簡単に理解できた。 全身真っ赤で、少し小柄なヤツに、尾がひらひらと長くて、白と赤が混じったヤツ。 そして他の二匹とは対照的に、全身真っ黒で目が少しデカイヤツ。 これが全て同じ種類には見えなかったが、見ていて面白いとは思う。 「珍しいね。あんたが俺らに物を買ってくるなんて」 今までアズラエルに与えられたものと言えば、コーディネーター並の力、薬による絶対服従、俺専用のMS位だ。 それなのに、なぜか今日は観賞用の魚を買ってきた。 正直、俺には理解できなかった。 「シャニは魚、嫌いでしたか?」 「別に嫌いじゃない」 「なら、よかった」 俺の言葉に満足そうに頷くと、アズラエルは今までしっかりと着ていたスーツを脱ぎ、ネクタイを緩めた。 大分前から寛いでいたが、実際ここはアズラエルの自室だ。 そう言えば先日、オルガとクロトがこっそり侵入したと言っていた気がする。 二人はそれがばれてないか心配していたけど、俺はそれ以上によくここに入り浸っている。それに関して、文句を言われた事はない。 どこか無関心のようでいて、アズラエルは俺達の事をよく見ている。 俺は他人にとやかく言われるのは好きじゃない。 だけど、今のこの状態は嫌いじゃないと思う。 そんな事を思っていると、静かにアズラエルが口を開いた。 「似てると思ったんですよ」 「何か?」 「この金魚が。君たちにね」 アズラエルの言葉に、じっと3匹の金魚を見つめてみるが、どこが俺達みたいなのか全く理解できなかった。3種類の金魚を見て、物として扱われる俺たちと結びつける事は、とても困難に思えたからだ。 「どこが似てるわけ?」 「そうですね…」 ゆっくりとした動きで俺の脇に腰を下ろすと、アズラエルは細い指でグラスをつついた。 それに驚いたように、金魚達は小さなグラスの中を泳ぎまわった。 「始めはそう、この黒いのでしたね」 下の方でゆっくりと泳ぐ黒い金魚を指差すと、アズラエルは優しい目つきで笑った。 それはいつも仕事場で見る瞳とは違っていて、どこか落ち着かない気持ちになる。 「お店の水槽の端っこに、1匹だけこの子がいたんですよ。たまに、仲間の方に泳いでいこうとするんですが、誰もいないところを見つけれは、そこにとどまるんです」 "どこか、君に似ていませんか?" そう問われ、周りのヤツから自分がどう見られているのか分かった気がした。 確かにアズラエルの言うとおりだと思う。 自ら進んで人の輪に入ろうとはしない。 それよりも一人でいる方が気楽だと思う。 それでも今一緒にいるオルガとクロトは特別で、一緒にいても胸がざわざわと騒ぐ事はない。むしろ、それが心地よい時もある。 「他の二匹も、どこかオルガとクロトに似てましてね。そう思ったら、購入せずにいられなかったんですよ」 まるで子供の衝動買いのように言うアズラエルに、俺はいつの間にか笑っていた。 「俺さ、あんたのそういうところ。嫌いじゃないよ」 「好きだ、とは言ってくれないんですか?」 「……。絶対言わない」 そう答えると、アズラエルはどこか寂しそうに、しかし満足そうに笑った。 どうやら、アズラエル的に勝手に解釈をしたのだろう。 アズラエルは突然立ち上がると、俺と金魚たちを交互に見た。 「メンテナンスが済んだから、彼らにも見せてあげて下さいね。君たち三人の物ですから」 そう言って、部屋の奥へと消えていった。 俺らに似た金魚。 見た目は全然似てないのに、どこか似たもの同士の俺達。 そんな3匹を見て、なんとなく心が和む気がした。 取り合えず、こいつらの世話はオルガに押し付けよう。 ひらりひらりと尾びれを動かして泳ぐ金魚を見ながら、俺はそんな事を思っていた。 |
END |