盟主とウィスキーを |
---|
シンと静まり返った施設内。 昼間であっても、そううるさい場所ではないここは、夜になると更にその静かさを増す。 それもそのはず、現在の時刻は夜中の2時。 大概の研究者は帰宅をし、この施設にいる者は寝ている時刻だ。 もし起きいている者がいたとしても、それも自分の部屋で大人しくしているだろう。 そんな中を、二人の男が歩いていた。 規則正しい足音と、不規則な足音が廊下へと響く。 それは静けさを一層引き立てているようだった。 とある一室の前に来ると、金髪の男はカードをスラッシュさせ、センサーを覗き込んだ。 そしてしばらくすると、機械音声が流れた。 『Multa Azrail本人と確認。ロック解除』 赤く光っていたライトが緑に変化し、ドアが自動的に開いた。 そして二人は部屋へと入っていった。 部屋の持ち主であろうアズラエルは、アンティーク調のデスクまで行くと、自分に続いて入ってきた少年へと視線を移した。 そして部屋の奥へと歩いていく少年を声を掛けた。 「シャニ、そのままの格好で寝ないで下さいね。スーツがしわになりますから」 声を掛けられた少年は、無言のまま奥へと消えたかと思うと、再びアズラエルの方へ戻ってきた。 そしてシュルと言う音を立て、シャニと呼ばれた少年はネクタイを外した。 やわらかそうな若草色の髪、濃いアメジスト色の瞳。 そしてはっとするような白い肌。 すらりと伸びた手は、先ほど奥から持ってきたダークブラウンのボトルとブロックアイスの入ったグラスへと伸ばされた。 「シャニ、まだ飲むんですか?」 「あぁ?そんなの俺の勝手だろ」 容姿には似合わず、年相応の台詞を言うシャニ。 そんな彼の反応が分かっていたのか、アズラエルは小さくため息をついた。 「まぁ、いいですけどね。でもそのお酒、高いんですよ?」 そうは言うものの、その口調は大してお酒の事を気にしているようではない。 シャニのこの行動はいつもの事であり、アズラエルはその事を容認しているからだ。 スーツを椅子に掛け、アズラエルも奥から1つのグラスを手にして戻ってくると、シャニの正面に腰を下ろした。 「僕にも一杯、いただけますか?」 「俺のお酌は高いよ」 シャニの言葉に、アズラエルは微笑みつつ頷いた。 「えぇ、それ位は覚悟の上ですよ」 アズラエルがそう言うと、シャニは満足したようににやっと笑い、アズラエルのグラスにウィスキーを注いだ。 深い琥珀色の液体がとろんと注がれると、氷がカランという乾いた音を立てた。 それを口に運ぶアズラエルは、思い出したようにシャニに話しかけた。 「今日はご苦労様でした、シャニ。皆さんの反応も上々でしたよ」 「あっそ」 そっけない返事をし、シャニはグラスに口をつけた。 今日、アズラエルは地球連合軍の主催するパーティーに出席していた。 そしてシャニは、国防産業連合の理事であると共に、反コーディネーター組織"ブルーコスモス"の盟主であるアズラエルの護衛として、同席していた。 口さえ開かなければ、シャニは世間受けが良い。それは彼の容姿の所為であろう。 既に述べているように、シャニの容姿は人目をひく。 それはパーティー会場など、人の出入りの多いところでは尚更だ。 だからこそ、アズラエルはシャニを護衛に選んだのだ。 「どうせ、これを見たら避けるくせに」 そう言ってくしゃっと長い前髪をかき上げると、右目のアメジストの瞳とは別の、ゴールドの瞳が怪しく光った。 そう、シャニは珍しいオッドアイの持ち主なのだ。 オッドアイの所為で、シャニは物心付いた頃からずっと前髪で左目を隠している。 アズラエルは勿論、お仲間のオルガやクロトも知っているが、彼らは特殊で他の奴らのように騒ぐ事は無い。 むしろクロトにおいては、綺麗だよねと言ってマジマジと顔を見つめられたりもする。 「シャニは自分の瞳が嫌いですか?」 アズラエルのその言葉に、シャニは少し間をおいて言葉を返した。 「まぁ、好きじゃないのは確かだよ」 他人と違う物を持つゆえに、シャニが今まで世間から良い目で見られた事は無い。 最も、今では生体CPUとかいうMSの部品として扱われているので、あの時より酷いかもしれないとシャニは思っている。 でもシャニは、ここでの生活が嫌いではなかった。 実験に付き合わされるのは嫌いだが、それ以外は特に文句はなかった。 自分の好きな音楽を聴き、好きなだけ眠れ、MSを自分の手足のように扱える。 それは自分にとって過ごしやすい時間である。 だからこそ世間の奴らが自分達を哀れんだとしても、どうしてそんな風に哀れまれなくてはいけないのか、シャニはわからなかったのだ。 「僕は結構、その瞳が気に入っているんですけどね」 いつの間にかシャニの脇に移動していたアズラエルは、右手でシャニの前髪をはらって両目をあらわにした。 「あんたも相当な物好きだよ」 「そんな事はないと思いますけど」 そう言って笑うと、アズラエルはグラスに残っていたウィスキーを空にして、テーブルの上にもどした。 「そう言えば、口が寂しくなってきましたね。ウィスキーのおつまみに、いただいてもいいですかね?」 あえて何をとは言わぬものの、シャニはアズラエルの言いたい事を理解したように頷いた。 「いいけど…。俺は高いよ?」 「えぇ、心得てますよ」 アズラエルの言葉にシャニもグラスをテーブルの上に置くと、すらっとした白い手をアズラエルの首に絡めた。 そして軽くアズラエルの唇に口付けをし、怪しい笑みを浮かべた。 「人でなしのあんなになら、愛されてもいいよ」 「それはそれは、ありがたいですね」 そう言うと、アズラエルは部屋の照明を一段階落とした。 |
END |