万灯と共に |
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久しぶりに帰った我が家に、アスランは少し申し訳なさそうな顔で入った。 いくら仕事の所為とは言え、ここ1ヶ月、まともに家に帰ってこれなかったからだ。 アスランの仕事に対して、十分な理解を得ているとは言え、1ヶ月も愛しい者と離れて暮らすと言うのは、かなり堪える。 その為、自然と歩く速さも早まる。 ラクスがいるであろう部屋へと近付くと、彼女の優しく透き通った声が聞こえてくる。アスランは静かにドアを開けると、ラクスは色とりどりのハロ達と共に、部屋の中心に座っていた。 「お帰りなさい。アスラン」 ふわりとした動作で、こちらへと振り向くと、可愛らしいピンクの髪が揺れる。 にっこりと優しい笑顔で迎えられ、アスランも自然と笑みが零れる。 「ただいま。ラクス」 手にしていた鞄をラクスの脇へと置く。 ふと、彼女の手元をみると、そこには色とりどりの絵の具と筆。 そして上質な和紙が張られた、四角い筒のような物が置かれている。 「アスランが、これに間に合ってよかったですわ」 心の底から嬉しそうに言うラクスに、アスランが首を傾げる。 「これは、一体なんです?」 「地球の、ある一国での伝統行事ですわ」 そう言って、にっこりと笑う。 「この間のツアーで訪問した国で、教わりましたのよ。これに願いを込めて今日の夕方に、川へ流すそうですわ。家内安全などを祈るんですって」 四角い筒を持ち上げて、アスランへと説明をする。 アスランはその筒を受け取り、ラクスが描いていた絵を見つめる。 和紙に描かれた絵は、どれもラクスらしい柔らかな彩りで、見ているだけで心が癒されそうな気分になる。 「アスランも、一筆いかが?」 そう言って、1本の筆を差し出した。 素直に筆を受け取るアスランだが、一体何を描けばいいのか見当もつかず、筆を弄ぶ。 そんなアスランを見て、ラクスが声を描ける。 「ピンクちゃんを、描いてくださいませんか?」 そう言って、ピンク色のハロも手に持って見せた。 "ダメですか?"と言って、首を傾げるラクスに、アスランは思わず顔の筋肉を緩めた。 「いいえ。ピンクので、いいんですか?」 「はい」 嬉しそうに答えるラクスに、アスランは軽く頷くと、筆に濃いピンクの絵の具をとる。 一筆で輪郭の線を描き、今度は別の筆でそれよりも薄いピンクの絵の具をつけて色を染めていく。ムラにならないように丁寧に色を染め、その絵の具が乾くまで、アスランは一旦筆を置いた。 「そう言えば、キラとカガリさんからお葉書が来てましたわ」 思い出した様に、机の上から1枚の葉書きを取り出す。 「暑中見舞いですって」 差し出された葉書きを、アスランは"ありがとう"と言って受け取る。 黒い墨で書かれた"暑中見舞い"の文字。 その脇には、近況報告として、地球の暮らしについて書かれている。 「キラもカガリも、元気でやっているみたいですね」 久しぶりの友人たちの手紙に、アスランはほっとしたように言う。 ふと裏を見ると、宛て先は自分だけで、ラクスの名はない。 アスランがラクスと一緒に暮らしている事は、当然キラ達も知っている。 それなら、二人の名を連ねて書けばいいはずである。 葉書きとにらめっこをしていたアスランの頭に、1つの考えが浮かんだ。 「ラクス。もしかして、貴女宛てにも暑中見舞いが来たんですか?」 「えぇ。どうして分かったのですの?」 不思議そうにラクスが言う。 「いえ、この葉書きの宛名が、私の名だけだったので、もしかしてと思って」 あぁ見えて、キラは筆まめな男である。 誕生日のカード、クリスマス、新年、暑中見舞いもしくは残暑見舞い。そして寒中見舞いと、季節に合わせて、親しい友人達に、カードや手紙を送る。 そのキラが、ラクスに葉書きを送らないはずがないと思ったのだ。 「あとで、俺も葉書きを送るか。残暑見舞いになってしまいますがね」 そう言って、ラクスに笑いかける。 「でも、アスラン。いくら忙しくても、8月中に出して下さいね」 「えぇ、わかってますよ」 話が一段落ついた所で、アスランは再び筆に手を伸ばす。 黒い絵の具をつけ、最後の仕上げにかかる。 ちょんちょんっと目を入れ、ハロの絵が完成した。 「あまり…、似てませんね」 恥ずかしそうに、アスランが言う。 確かにアスランが描いたハロは、お世辞にも上手いものではない。 ハロはアスランが作ったものだが、機械弄りは得意のアスランも、絵は苦手だったりする。 コーディネーターとして、多くの才能を持つアスランだが、それだけが玉に傷である。 しかし、ラクスはアスランの描いたハロを、ずっと眺めている。 「そんな事ありませんわ。アスランが描いてくださっただけで、私は嬉しいですわ」 「そうですか?」 納得いかなそうに、自分の絵を見るアスラン。 そんなアスランを見て、ラクスはにっこり笑う。 「えぇ。それに…」 「それに?」 言葉を切ったラクスを促す様に、アスランが言う。 「お義父様とお義母様も、アスランが描いてくれて、きっと喜んでおりますわ」 盂蘭盆の末日に行われる灯篭流しは、先祖供養、健康・安全祈願などの祈り込めて行われる。お盆に帰ってきた先祖の魂を、灯篭の火と共に返すだ。 コーディネーターとナチュラルの戦いの末、アスランとラクスの両親は死んだ。 所詮は気休めにしかならないのかもしれないが、こうやって灯篭を作り祈る事によって、少しでも彼らの魂が救われたらと、ラクスは思っていたのだ。 「じゃあ、お見送りに行きましょう」 「えぇ、そうですね」 完成した灯篭をアスランが持ち、ラクスはちょうちんに火を灯して、二人は川へと向かった。 道中、二人は一言も言葉を交わさなかった。 「ラクス」 川岸に着くと、アスランはラクスが盛っていたちょうちんを受け取る。 ろうそくに灯された火を消さぬよう、静かに持ち上げて、灯篭の中へと移す。 温かな光が、二人の描いた絵を映し出す。 「綺麗ですわね」 「そうですね」 強い風が吹けば、すぐにでも消えてしまいそうな儚い炎。 それは人の命と通ずるところがあると、アスランは思った。 MSを操っている時、ボタン1つで弾けた人の命。 あれを儚くないと言う者が、いるだろうか。 戦争に、一度でも身を投じた者なら、誰もが否定するだろう。 壊れそうなガラス細工を持つ様に、アスランは灯篭を扱った。 ゆっくりと水面に下ろし、手を放す。 緩やかな川の流れと共に、灯篭は川下へと流れ出した。 静かに灯篭を見送っていると、ラクスの柔らかな歌声が周りを包み込んだ。 戦争によって失われた、多くの者達を慰める為に作った歌。 悲しみにくれるだけでなく、明日へ歩み出す励ましの歌。 それはきっと、ラクスが何よりも望む願い。 ラクスの歌声に耳を傾けつつ、アスランは目を閉じた。 目を閉じれば、亡くなった者たちの顔が浮かぶ。 ラスティ、ミゲル、オロール、マシュー、ニコル、ユウキ隊長。そして父と母。 決して、あの幸せだった時が戻る事は無い。 それでも、この愛しい人と共に、幸せを築く事は出来る。 そうですよね?父上、母上。 水面に浮かべるは"平和"への思い。 流れる先は"天国"と呼ばれる安息の地。 幾千もの願いと魂を乗せて、舟はゆっくりと漕ぎ出した。 温かな光に包まれて…。 |
END |