密会 |
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たまにだけど、深夜に目を覚ます時がある。 それは精神が高ぶっている時や夢見の悪い夢を見た時。 あとは喉が渇いていた時。 夜中に一度目が覚めてしまうと、今度は中々眠れなくなる。 何度ベッドの上で寝返りを打とうと、眠気が襲ってこないのだ。 これはとても厄介で、僕はただ時間を持て余すしかなくなる。 運良く10分以内に眠れた時は、本当に疲れている時。 逆に眠れない時は、何かのバランスが崩れている時なのかもしれない。 そういう意味では、今日は後者よりになる。 咽喉が渇いて目が覚めただけなのに、再びベッドに戻ってから30分以上経過している。 今では闇にすっかり目が慣れてしまい、ただ時間をもてあましているだけ。 「眠れない…」 ぼそっと呟いてみるが、闇に虚しく響くだけで、なんでこんな事で悩まなきゃいけないのか、それさえも腹立たしく思えてくる。 羊の数を数えるなんて、ナンセンスな事もしてみたが、それで眠れたら苦労はしない。逆に目が冴えた気さえする。 はぁ…と、ため息を一つ。 そこで腹をくくり、僕はベッドから抜け出した。 うーんと背伸びをし、外を歩いてもおかしくないよう制服を羽織る。 どうせ誰にも遭遇する事なんてないと思うけど、念には念を入れておかないとね。 昼間は無口な研究員達が行き来する館内をゆっくりと歩く。 数少ない窓から月明かりが降り注ぐ。 そんな中、僕はほぼ無意識にある部屋に向っていた。 今、部屋の主がいない事などは百も承知だが、それでも歩みを止める事は出来なかった。 あと少しで目的地に着こうという時、誰かの背中が目に留まった。 そして少しさきを行く人の背中に、僕は見覚えがあった。 「こんばんは」 静かな廊下に響いた僕の声に反応して、アズラエルは歩くのを止める。 仕事帰りなのだろう。 きちんとスーツに身を包み、片手に書類の入っているだろうケースを持っている。 トップというのも、決して楽ではないようだ。 「おや、クロト。まだ起きていたんですか?」 僕がまだこうして起きている事に驚いたのか、アズラエルは腕につけた今時珍しいアナログの時計に視線を移した。 「良い子はもう眠る時間ですよ」 まるで小さな子どもを相手にするように、優しい声で言うアズラエルに、僕は意地悪な笑みを浮かべた。 「だって僕、悪い子だからね」 普段であれば、アズラエルに子ども扱いされるのは好きじゃない。 でも今の僕は、こんな夜中に偶然でもアズラエルに会えた事が嬉しくて、あえて軽く受け入れる事にした。 「今日はこっちに来る日じゃなかったですよね?」 「えぇ、少し前まではそうでしたね」 「じゃあ、どうして?」 「予定というのはあくまでも予定であって、確定ではないんですよ」 答えになっているような、なっていないようなアズラエルの言葉。 それれでも今、こうして僕の目の前にいる。 理由はどうであれ、嬉しいという気持ちには変わりはなかった。 一応、これでも自分の立場は理解している。 本来であれば、こんなに気安く話していい相手ではない。 僕は本来従うもの。 そしてアズラエルは僕を使う者。 こういうのを主従関係というのだと、オルガが言っていた。 もっともオルガはそんなの認めないと言っていたけど、僕は悪くはないと思っている。勿論、相手がアズラエルだからだけどね。 「で、君はどうしたんです?」 「ちょっと寝付なかっただけですよ」 正直に言えば、アズラエルはちょっと肩をすくめた。 「そうでしたか。僕はてっきり、君が僕に会いに来てくれたのかと思いましたよ」 "嘘でもそう言ってほしかったですね"と言葉を付け足すアズラエルに、僕は盛大なため息をついてみせた。 「生憎、予定外に行動する盟主の帰宅を察知できるほど、特殊能力にとんでいるわけじゃないので無理ですよ」 「確かにその通りですね」 悪びれるわけでもなく、あっさりと認めるアズラエルに僕は同じ事を言い返す。 「盟主こそ、僕に会いに来たんですの一言ぐらい言ってもくれても、バチは当たらないと思いますけど」 僕の言葉が意外だったのか、アズラエルは一瞬きょとんとした顔になったが、すぐにいつものポーカーフェイスに戻ってしまった。 そしてケースを持っていない右手で、そっと僕の頬に触れた。 「もしかして、かまって欲しかったんですか?」 まるで僕を飼い主に遊んでもらえない犬のように言う。 そりゃ、相手をしてもらえないのはつまらないが、僕は従順な犬にはなりたくないと思う。 「大丈夫ですよ。夜這いをする時は、きちんと断ってからいきますから」 「夜這いって…。しかも予告ありなんて、余計たちが悪いって」 「そうですか?」 明らかにたちが悪いというのに、極上の笑みを浮かべ問い返してくる。 絶対、わかっていてやってるよね、これ。 「っていうかさ、まだ仕事残ってるんでしょ。その中に」 左手にあるケースを指差して言えば、アズラエルは苦笑しつつ答える。 「えぇ。トップというのも、大変なんですよ」 「そう」 まぁ、分かっていた事だけど。 それなのに、わざわざこうして僕の相手をしているなんてね。 矛盾している事に気付いていないのかな? まぁ、いいけどね。 「じゃあ僕も、もうそろそろ帰りますね」 「もう戻るんですか?」 「えぇ。もう良い子は寝る時間ですからね」 数分前、アズラエルに言われた言葉をそのまま引用すれば、アズラエルは満足そうに笑った。 そして僕のおでこにキスを一つ落とした。 「そうですね。おやすみなさい、クロト」 「おやすみなさい」 くるりとアズラエルに背を向けて3歩歩いた所で、僕は唐突に足を止めた。 そしてまたしてもくるりとアズラエルの方を振り返り、にこっと笑って一言。 「密会みたいで楽しかったですよ、盟主」 そう言い終えると、僕は来た道を静かに走り去った。 かすかにアズラエルが何か言ったが、その言葉は僕には届かずに終った。 |
END |