プライド
「えっと…。すみませんが、クロト。もう一度言ってもらえますか?」
「だから、僕の事を抱けって言ってんの!!」

そう言うと、目の前のアズラエルは目をパチパチとさせた。
そして僕のおでこに自分の右手を添えると"熱は無いようですね"と呟いた。
僕はその手を払うと、噛み付くように睨みつけた。

「熱なんて無い!僕は正気で、本気だからね」

アズラエルの瞳を見つめてそう言うと、アズラエルは盛大にため息をついて僕の事を見つめ返してきた。

「あのですね、唐突過ぎやしませんか?」

"いくらなんでもクロトを抱くだなんて…。意味を分かって言ってるんですか?"と呆れた風にアズラエルは呟いた。

確かに僕だってバカな事言ってると思うよ。
だけど仕方ないじゃないか。
こうする事以外、僕のプライド守る事は出来ないんだからさ。

心の中でそう反論するが、その言葉がアズラエルに通じるはずもなく、アズラエルは小さなため息をついた。

「せめて、僕に分かるように説明してくれませんか?」

"そうすれば、僕も考え直しますよ"というアズラエルの言葉に、僕は先ほどあった事をアズラエルに聞かせた。



「クロト、その赤いの何?」

訓練後、シャワーを浴びていたら隣のシャニにそう言われた。
とんっと指で指されたのは首付け根。
正直、シャニが何を言っているのかわからなかった。
仕方ないから横目で鏡を見たら、確かに首元に赤い痕がついていた。
多分、虫にでも食われたんだと思う。

「もしかしてキスマーク?」

僕が口を開くより先に、シャニがそんな事を言ってきた。

「そっ、そんなんじゃ…」
「あぁ、お子様のクロトじゃそんな事あるわけないか」

否定した僕の言葉を遮るように、シャニが言葉を付け足した。
どこか僕を小ばかにしているような言葉、シャニは僕を見てあざ笑うかな笑みを浮かべていた。
その所為で、僕は否定する気が失せた。

「お子様ってどういう事だよ、シャニ!」
「何?自分がガキだって事、自覚してないの?」
「僕はガキなんかじゃない!!」

そうきっぱりと言うと、シャニはにやりと嫌な笑みを浮かべた。

「じゃあこれがキスマークだって証明して見せてよ」
「証明?」
「そう、証明」

シャニは軽く頷くと、先ほどと同じように赤い痕を指差して言葉を続けた。

「これをつけた人にもう一度抱いてもらってこいよ。それでキスマークが増えてたら、俺もクロトが大人だって認めてやるよ」
「言ったな!嘘つくなよ、シャニ。もし証明できたら、金輪際僕の事を子供扱いするなよ!!」
「うん、いいよ」

"もし、クロトが誰かに抱かれるような大人だったらね"と言って、シャニはシャワールームを出て行ったのだった。



「それで、僕のところに来たという事ですか?」
「えぇ、まぁ…」

だってオルガは同じくシャワー浴びて、全ての話聞いてたし、他にいなかったんだから仕方ないじゃないか。
究極の選択ってやつだ。
あのままシャニにガキ扱いされるか、目の前にいるアズラエルに食われるか。

「というわけだから、抱いて」

もう一度そう言えば、案の定アズラエルは大きなため息をついた。

「クロト、君がお子様なのは知っていましたが、まさかそこまで頭が弱い子だとは思ってもいませんでしたよ」
「どういう事だよ、それ!」
「シャニにからかわれたんですよ、君は。シャニだってその赤い痕がキスマークだなんて、これっぽっちも思っていませんよ」

わざわざ指で"これっぽっち"を表現しつつ、アズラエルが言う。
その仕草が更に僕の気持ちを逆撫でしていく。

「あっ、そう。おっさんは僕を抱く自信がないんだ。ならいいよ。僕が抱くから」

一瞬の隙(というか、おっさんは隙ありまくりだけど)をついて、目の前に立つアズラエルを押し倒す。ちょっと身長差があるけど、そんなのは訓練で無効にする術を知っているから意味は無い。バランスを崩したアズラエルが、ソファーに座り込んだ。

「クロト、残念ながら僕にこちらの趣味はないんですけどね」

"さすがに君に組み敷かれるのは、僕のプライドが傷つきますよ"というアズラエルに、僕は睨みをきかせた。
プライドが傷ついたのはこっちの台詞だ。

「ぐだぐだ文句を言って、僕を抱く様子が無かったからですよ」

そっけなく答え、アズラエルのネクタイに手を伸ばそうとした時だった。
ぐるんと視点が半回転した。
どうやら、僕が組み敷こうとしていた力を逆に利用して、アズラエルは僕と自分のポジションを入れ替えたようだ。

「さすがに、君に組み敷かれるのは僕のプライドが許さないんでね」

そう言って上から覗き込むアズラエルは、満足そうに笑みを浮かべている。

「ちなみにクロトは覚悟が出来ているんですよね?僕に抱かれる」
「そりゃ、まぁ…」

成り行きとは言え、それなりに覚悟は決めて来ているつもりだ。
だが改めてそういわれてしまうと、一瞬戸惑ってしまうのが人間と言うものだろう。
しかしアズラエルは僕の戸惑いを気にするでもなく、楽しそうな笑みで僕と視線を合わせた。
その瞬間、僕の背にぞくりと嫌な感覚が走った。

「そうですか。なら、遠慮は無用のようですね」

"是非、素敵な声で鳴いて下さいね。手加減はしませんから"
アズラエルのその声に、僕は血の気が一気に引いていくのを感じた。
もしかして僕は、かなり間違った人選をしてしまったのかもしれない。
そう考えるよりも早く、アズラエルの行動を止めようと口を開いた。

「えっ、ちょっとタンマ!」
「待ったは無しですよ」

"なにせ、誘ってきたのは君なんですからね"と言って、アズラエルは嬉々と僕の服を脱がしていく。
先ほどまであった隙もどこかに姿を隠し、いつの間にか自分が不利な立場に立たされている事に気付いた。

こうして僕はプライドと引き換えに、何か大切な物を失ったのだった。
あんなシャニの挑発に乗るんじゃなかったと、後々になって後悔したのは言うまでも無い。



END





モドル