Mother's day |
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いつものようにソファに座ってゲームをしていると、アズラエルがやってきて、僕達にこう告げた。 「今日は特別に街に出る事を許可します。今すぐ準備して下さいね」 それはいつも不規則に与えられる休息だった。 形だけとは言え、一応軍属である僕達にも給料なるものが支給される。 と言っても他のやつらみたいな額ではなく、子供のお小遣い程度の額だ。 それでも僕がゲームを買うには十分な額で、文句があるわけじゃない。 しかしこの施設内にいる限り、それを使うのは限られている。 だから気まぐれに与えられる外出許可はかなり特別な意味を持っていた。 一種の自由だ。 勿論、本当に自由になれるわけはないけど、それでも無いよりはマシだと思う。 アズラエルが立ち去ると、僕達は限られた時間を有効に使う為、急いで部屋に戻った。 外出の際、僕達は同年代のやつらが着るような私服に着替える。 さすがに軍の制服だと、街中で目立ってしまうからだ。 服を着替え終えると、僕達は施設の西側にある門から外に出た。 そこには1台の車が止まっており、それで僕達を街まで送り届ける手はずになっている。 「帰りは3時間後の1600だ。遅れないように」 僕達を下ろす際、運転席にいたヤツがそう告げた。 まぁ3時間もあれば、買い物には十分だろう。 もともと、買う物も決まってるし。 そう思いつつ、車から降りる。 僕達を下ろした車はそのまま街の中に消えていった。 「で、今回はどうする?」 「決まりだからな。いつも通り順々に店回るか」 オルガの言葉に、いつもながら面倒だと思った。 アズラエルが僕達に初めて街へ出る許可をくれた日、僕達は1つの決まり事を言われた。 常に三人で行動する事。 それは僕達の秘密が外部に漏らさない為に決められた約束事だった。 もし一人ひとりで行動している時に、何かあった場合対処が出来ないが、複数ならどうにかなるだろうと言う事なのだろう。 「俺はいつも通り本屋だな」 「僕もゲームかな。シャニは?」 どうせ予想通りの答えが返ってくると思ったが、一応シャニに問うと、シャニは僕達が予想もしていなった言葉を返してきた。 「花屋」 「「はぁ?」」 思わずオルガとハモってしまったが、それ位シャニの発言は意外なものだった。 「シャニ、お前熱でもあるんじゃないの?」 「それとも、とうとう頭がイカレタか?」 そうでなかったら、あのシャニがそんな事を言うはずがない。 大体、花を見て喜ぶようなやつじゃないだろう、お前は。 僕とオルガの心配(?)をよそに、シャニは僕達の手をひいて歩き出した。 「とりあえず花屋。それが1番」 勝手に店を回る順番を決めたシャニに、僕達は反対の声を上げたが、シャニは聞く耳を持たずに歩みを進めた。 かくして、僕達三人は花屋に来た。 暖かい季節だからだろうか。 花屋の店先には色とりどりの花が飾られている。 ピンク、白、黄色、オレンジ、紫。 そんな中、赤いカーネーションの花が妙に強い自己主張をしていた。 花と共にバケツに挿してあるプレートには"Mother's day"と書かれている。 それを見て、今日がその日だという事に気付いた。 5月の第二日曜日。 自分を生んで育ててくれた母親に感謝する日だ。 「母の日ね。まぁ、僕には関係ないけどさ」 ぼそっと呟いて、僕は先に店内に入っていたシャニに視線を移した。 どこか機嫌良さそうに花を見ていたかと思うと、一つの花を手にした。 「シャニ。お前、それ買うの?」 それと言って指差したのは、シャニが手にしている真っ白なカーネーション。 確かに、僕達をここに連れてきたのはシャニだが、実際にシャニが花を購入しようとしている姿を見て、僕は自分でも間抜けだと思う質問をしていた。 「もう、いないから…」 どこかかみ合っていなさそうな言葉だったが、僕はシャニの言おうとしている事をすぐさま理解した。 母の日に贈る花は、真っ赤なカーネーションと決まっている。 ただしそれは生きている場合に限り、故人には白いカーネーションを贈るらしい。 少し前に聞いた話だけど、シャニの母親は既に死んでいる。 だからシャニが白いカーネーションを持っているのは分かる。 でもまさか、シャニがそんな日を重んじるタイプだとは思ってもいなかった。 「クロトは?」 「僕?買わないよ。大体、生きてるのかどうかも分からないし」 戦争孤児のシャニと違い、僕は捨て子だから、自分を生んだ親が生きているか死んでいるかなんて知らない。 別に生きていようと死んでいようと、今の僕には関係ないし。 大体、自分を捨てた人に感謝するなんて、僕には出来ないね。 そいつの所為で、僕はあんな場所で生きるはめになったんだから。 そう思っていると、オルガも白いカーネーションに手を伸ばした。 「何?オルガも買うわけ」 「まぁな。たまにはいいだろう?」 オルガにしては珍しく綺麗な笑みを浮かべて言った。 なんだかんだ言ってオルガもロマンチストだから、それはなんとなく納得出来る気もする。 だが会う事の出来ない人に花を買って、それでどうするというのだろうか。 「クロトは?」 先ほどと同じ言葉で聞いてくるシャニに、僕はいい加減うんざりしていた。 「買わないって言ってるだろ。大体、僕を捨てた人に感謝なんかしたくないね!」 「でも、俺達がこうして会えたのは、その人がクロトを生んだからだろ?」 「そうかもしれないけど…」 ぷいっとシャニから視線をそらすが、それでもシャニが僕の事をじっと見ているのは気配でわかった。 確かに、シャニやオルガ、そしてあの人と出会えた事はよかったと思う。 普段は自分勝手な事をしている僕達だけど、他者にはわからない繋がりを持っているのは確かだ。 だからシャニにじっと見つめられ、僕はどこかいたたまれない気持ちになった。 そして白旗を振ることにした。 「わかったよ。買えばいいんだろ」 半ば諦めた感じに言うと、シャニが少し嬉しそうに笑った。 僕は早く自分の欲しかったゲームを買いに行きたかった。 だからこんな事はさっさと終わらせたくてそういったんだけど、実際にカーネーションを目の前にして、思わず悩んだ。 赤のカーネーションは生きている人に、白のカーネーションは死んだ人にか。 シャニやオルガは既に亡くなっているから白のカーネーションなんだけど、僕の場合は生きているかどうかすらわからない。 この場合って、どうすればいいんだろう? カーネーションの前で悩んでいると、シャニが何か悟ったらしく声を掛けてきた。 「真ん中とって、ピンクは?」 「ピンク?」 シャニに言われ、そういう考えもあるのかと思わず感心した。 赤と白の絵の具を混ぜると乙女チックなピンク色になる。 生きているか死んでいるかわからないから、間をとってピンク。 うん、まぁ悪くはないかもしれない。 そう思いつつ、僕は店員に声をかけてピンクのカーネーションを1本包んでもらった。 誰かの為に花を買うなんて、僕の短い人生の中では初めてで、なんか不思議な気がした。 普通の生活を送っていたのなら、好きな子に花の1つ位は贈っていたかもしれないけど、今、僕達が送っている生活では本当に特殊な事だ。 最も、今僕が好きな人に花を贈ったとしても喜ばれる気はしないけど。 「リボンのお色はどれになさいますか?」 店員の言葉で、僕は壁に掛けられたリボンのサンプルに目を移し、右端から3番目にある水色のリボンを指差した。 器用にリボンが結ばれ、可愛らしいラッピングが完成した。 オルガ達もカーネーションの代金を払い、僕達は次の店に向う事にした。 店から店に移動する際、店内で物を見ている際、色々な人の視線が僕らの手にしているカーネーションに集まり、僕は落ち着いてゲームを選ぶ事が出来なかった。 シャニとオルガは別に気にならないのか、マイペースに自分の買い物を終え、僕達は基地に戻る事にした。 「おやおや。君たちにしては中々気のきいた物を持ってますね」 早く部屋に戻ってゲームでもしようと思った時、運悪くもアズラエルに遭遇した。 アズラエルは僕達が手にしているカーネーションを見て、感心したように呟いた。 「たまにはいいだろう」 シャニがダルそうに言うと、アズラエルも"そうですね"といって頷いた。 そしてなぜか僕に向き直り、アズラエルは僕が手にしているカーネーションを凝視した。 「それにしても…。クロト、そのカーネーションは誰にあげるんですか?」 「誰って、別に…」 アズラエルの突然の問いに、僕は無愛想に答えた。 実際、母親にあげられるわけもない。 ただ、その場の雰囲気で買ったようなものだ。 それでも折角購入した物を捨てるのも勿体無いし、僕は部屋にでも飾っておこうかと思っていた。だがアズラエルに改めて言われ、この花は"誰か"にあげるべきなのではないかと思ってしまった。 でも僕が接触できる人物は物凄く限られている。研究員の奴らには、お世辞でもあげたくないし、シャニやオルガにあげるのも少し違う気がする。 そうなると、目の前にいるアズラエルしかいない。 ただ、この人に花を贈るのは少し恥ずかしい気もする。 ちらっとアズラエルを盗み見て、意識しなければいいかという考えが浮んだ。 出来るだけいつもどおりに、自然に。 「おっさん、これいる?」 そう問えば、アズラエルは面を食らったようにぽかんと口を開けた。 正直、この人のこんな顔が見れるなんて思ってもいなかった。 「何?僕、変な事言った?」 「いえ、そんな事はないですよ。いただけるのなら、喜んでいただきますよ。"ピンク"のカーネーション」 妙にピンクって所が強調されていた気がする だけど僕は大して気にせずにカーネーションを渡した。 「ありがとう御座います、クロト」 にっこり笑ったかと思うと、なぜかアズラエルの顔が近づいてきた。 ぶつかるんじゃないと思い、思わず目をつぶれば唇に何かが触れる感触があった。 驚いて目を開けば、アズラエルの顔が遠ざかっていくさまが映った。 「なっ、何すんだよ!!」 「何ってお礼ですよ。これのね」 そう言って先ほどあげたカーネーションを見せてきた。 アズラエルは一人涼しい顔をしていて、僕が黙っている間に"では、僕も仕事があるので失礼しますよ"と言って立ち去ってしまった。 どうして花を贈ったお礼がキスなのか理解できなかった。 でもその行為自体は嬉しくて、それと同時に恥ずかしかった。 それは僕の正直な気持ちだ。 ただその場にシャニやオルガがいた事が更に羞恥心を増幅させ、僕は逃げるようにその場を後にした。 そしてこんな事になるのなら、花なんか贈らなければよかったと少しだけ後悔した。 「なんだ、クロト知らなかったんだ…」 自室へと走り去ったクロトの後姿を眺めつつ、シャニがぼそっと囁くように呟いた。 普段であれば聞き逃してしまいそうな声だったが、珍しくもオルガはシャニの言葉を聞き取っていた。 「知らなかったって、何がだ?」 「カーネーションの花言葉」 「花言葉?」 「そう、花言葉」 赤のカーネーションの花言葉は「母への愛」 白のカーネーションの花言葉は「私の愛情は生きている」 そしてピンクのカーネーションの花言葉は「熱愛の告白」 アズラエルはクロトからカーネーションを受け取る際、妙に"ピンク"のカーネーションと強調して言っていた。その事からも、アズラエルがカーネーションの花言葉を知っていた事は明白で、それに気付いていなかったのはクロトだけという事になる。 「確か、唇へのキスも愛情を表すんだったよな」 花のお礼だと言ってクロトにキスを贈ったアズラエル。 悪戯にしたという可能性は低く、アズラエルなりの返事だったのだろう。 「クロトもあそこで素直になればいいものを、妙に意地張っちゃって」 "まぁ、そこが可愛いんだけど"と言葉を呟きつつ、シャニはどこか楽しそうに笑った。 オルガは呆れたような顔でシャニを見ると、小さくため息をついた。 「お前、こうなる事を見越してクロトにピンクのカーネーションを勧めたのか?」 シャニがクロトにピンクを勧めた際、どこか含みのある笑みでクロトを見ていた。 普段は何を考えているのか分からないヤツだが、自分が考えている以上にシャニは頭が良い事をオルガは知っている。 オルガの言葉に、シャニはにやっと笑った。 「これくらいお膳立てしてやらないと進展しないだろ?お子様の恋はさ」 そう言ってシャニは手をひらひらと振って部屋を出て行った。 オルガは当分解決しないであろうクロトの恋に巻き込まれるのは面倒だと思いつつも、きっと心優しく見守ってしまう自分に呆れつつ自室へと向った。 かくして、久しぶりに外出は無事に終ったのだった。 |
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