堕落 |
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「クロト、もう少しで部屋ですから、それまで起きてて下さいね」 背中でうつらうつらしているクロトに声を掛けると、ろれつの回らない口調で返事が返ってきた。一応まだ起きているようですが、それも時間の問題でしょう。 それにしても、まさかクロトがこんなにもお酒に弱いとは思ってもいませんでしたね。 先ほどまで行われていたパーティーに、僕はクロトに護衛としてついてきてもらいました。 いつも着る改造された軍服ではなく、スーツを着せて一緒に参加させたんです。 日頃から与えられた仕事をキチンとこなすクロトは、護衛としての任も、きちんとこなしてくれました。 あぁ、きちんとでは無いですね。9割と言った方が正しいでしょう。 喉が渇いただろうと僕が勧めたマンハッタン。 少々強いカクテルですが、どちらかというと甘口です。 クロトのお酒の好みは知らないものの、これなら平気だろうと勧めたのですが、それを半分ほど飲んだ時の事でした。 今までキチンと立っていたクロトの足元がおぼつかなくなり、僕に体を預けてきたのは。 酔っ払ったクロトを放置する事も出来ず、結局僕は皆さんより一足先に帰ってきたというわけなんです。 少しすればクロトの酔い冷めるかと思えば、逆に睡魔が襲ってきたらしく瞼を閉じそうになったクロトを背負うはめになってしまいました。 何の為にクロトを護衛として連れてきたのか分からなくなってしまいましたね。 そんな事を思いつつ歩いていると、ようやく自室の前まで辿り着いた。 「クロト、部屋に着きましたよ」 とりあえず照明を眩しすぎない程度につけて、部屋を照らした。 背負っていたクロトを一旦ソファの上に横にし、スーツの上を脱がす。 さすがにこのまま寝たらしわになってしまいますからね。 少しだけ緩めておいたネクタイも取り払い、Yシャッツのボタンも上2つを外すと、細い首があらわになった。 もともと他の二人より華奢な体つきだったが、この前より少しやせた気がする。 あとで注意をしておこうと思いつつ、立ち上がろうとした時だった。 すっとクロトの手が伸びてきたかと思うと、その手は腰に回り、僕に抱きついてきた。 「その…、邪魔しないでもらえませんか?」 これでは君をベッドまで運べないじゃないですか。 いくら若いとは言え、ソファーで寝るのは体にも悪いですよ? まぁ、シャニ辺りはいつも待合室のソファーで寝ていますけどね。 そんな事を思いつつ、クロトの手を外そうと試みるが、さすがに鍛えられているだけあって、全く外れません。 一応言っておきますが、僕だって人並みの力はあるんですからね。 自力で外すのを諦め、僕は小さなため息をついた。 「クロト、君は僕を困らせたいんですか?」 正直、そうとしか考えられないんですけどね。 だがそう問えば、クロトは少し悲しげな表情をして首を横に振った。 とりあえず意識はまだあるようですね。 寝ぼけていないのであれば(まぁ、この状態は寝ぼけているのと大した差はありませんが…)自然と手を外してくれるだろうと、僕は目の前の赤髪に触れた。 何度も梳くように触れていると、クロトは顔を上げて僕の事を見つめてきた。 「どうしました?」 「ねぇ、アズラエルさん。このまま僕と一緒に落ちちゃわない?」 どこかかなたを見つめているような瞳。 僕の名を呼ぶ声もどこか儚げで、きちんと捕まえていないとどこかへ行ってしまいそうな錯覚さえ受ける。 「クロト?」 不安になって名前を呼べば、クロトは真剣そうだった顔を緩め、からからと笑った。 「冗談ですよ、冗談」 腰に回していた手をぱっと話、クロトが僕との距離をとる。 さきほどまでの寂しい色をした瞳は消え、どこか無理をしているような笑みでクロトは僕の事を見た。 君はどうして、僕がそれに弱い事に気付かないんですかね。 それとも気付いていてやっているのでしょうか。 どちらにしても、そうさせてしまっているのは、僕の所為なのでしょうね。 その事を残念に思いつつ、僕はクロトの瞳を見つめ返した。 「君が望むのであれば、僕は構いませんよ」 もともと、僕が君を誘い入れたんですからね。 君が望むのであれば、僕はどこまでも堕ちていく覚悟がある。 そう思いつつ笑いかければ、クロトは不意打ちを食らったようにきょとんとした顔をした。 しかし小さな子供がすねるように、ぷいっと顔をそむけた。 「その笑顔反則…」 僕にとっては、君のその態度の方が反則なんですけどね。 正直にそう言えば、目の前のお子様は僕の前から逃げるでしょう。 だから逃げ道をふさぐ様に、ぎゅっと腕の中に閉じ込めるように抱きしめる事にした。 「アズラエルさん?」 「もっと我が侭を言ってくれていいんですよ?」 君に無理をさせてしまったのは僕ですが、僕以外の誰にこの事を言えるでしょうか。 うぬぼれなのかもしれませんが、僕はそう思うんです。 君はまだ子供なんですから、ゆっくりでいいんですよ。 ゆっくり大人になれば…。 「いいんですか?我が侭を言っても」 「えぇ」 不安そうに言うクロトに大きく頷くと、クロトは遠慮がちに口を開いた。 「僕が眠りにつくまで、一緒にいてもらえますか?」 「おやおや、可愛い我が侭ですね」 いつもであれば反論の一つでもありそうなものだが、ほろ酔いのクロトは嬉しそうに笑って僕に体を預けてきた。 いつもこうだと嬉しいんですけどね。 きちんと抱えなおすと、クロトは安心したような顔で眠っていた。 「ゆっくり大人になってくださいね」 君のペースでいいから、焦らないで下さい。 眠りについたクロトの頬にそっとキスを落とし、僕はクロトを僕の寝室へと運んだ。 |
END |