安心する場所 |
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目を開けると、特有の薬臭さが鼻についた。 ここはいつも新しい薬を与えられる時に使う部屋だ。 それは今日も例外じゃなくて、よくは知らないけど新薬のテストらしい。 真っ白な天井から、脇へと視線を移す。 すぐ隣は空っぽのベッドが1つ。それをはさんで、オルガが寝ている。 僕が起きたのに気が付いて、二人の男が近づいてきた。 「クロト・ブエル、覚醒。体温正常」 そう言って、取れたデータを何かに記入していく。 「起き上がれるなら、部屋に戻っていいぞ」 もう、データは取れたらしく、もう一人の男が言う。 僕は無言で起き上がり、地に足をつけた。 まだちょっと、薬の所為で頭がグルグルしてる。 だけど、いつまでもここにいるのも嫌で、僕は体に渇を入れて歩いた。 シュンッと、後ろで扉の閉じる音がした。 今まで張り詰めていた緊張を解放するように、僕は深く呼吸した。 本当は、もう少し気分が良くなるまであそこで休んでいればよかったんだけど、僕はあいつ等と関わるのが特に嫌いだ。もちろん、オルガやシャニも好きな訳ないだろうけどさ。 でも、今回のはちょっと辛いかもしれない。なんとかここまで歩いてきたけど、それも限界。 僕は壁に体を預けて、そのまま冷たい床に座りこんだ。 まだ薬の嫌な感じが残ってる。 気分もよくないし。すっごい、最悪。 そう思いつつ、床を眺めている時だった。 「おやおや、どうしたんです?そんな所にうずくまって」 顔を上げると、ややオーバーな言葉を掛けてきたアズラエルがいた。 「そんな所にいたら、踏まれても文句言えませんよ」 「好きでこうしてる訳じゃありませんよ」 そう答えるのがやっとだった。 どうして、こんな姿をこの人に見られなきゃいけないだろう。 はっきり言って、僕はこの人が苦手だ。 まず第一に僕をこんな体にした張本人だし、いつも何考えているか分からない。 訓練でミスをすると、お仕置きだと言って長時間薬を与えられずに、苦しい思いをさせる。 そのくせ、最後は甘い言葉で僕達を騙すのだ。 「失敗さえしなければ、生きられるのですよ」 だけどさ、失敗しない人間なんている? そんなの無理に決まってる。 だけどその時の僕は、その言葉に縋りついてしまう。 刷り込みされた雛の如く、信用してしまうんだ。 あとで気付いた時、そんな自分自身に嫌悪すら感じる。 「で、君は何をしてるんです?」 「見て分かりませんか?座ってるんですよ」 「じゃあ、なぜ座っているのですか?」 「体に、力が入らないからですよ」 一々答えるのも、はっきり言って面倒だ。 だけど無視していても、結局動けないのだから、逃げようもない。 「あぁ…。そう言えば、今日は新薬のテストでしたね」 「えぇ」 今頃思い出したのかよ。 どうせ、あんたがあいつらに指示を与えてるくせに、いい気なもんだよね。 「気分はいいんですか?」 「良いわけ無いじゃないですか」 アズラエルの無神経な発言に、僕はぷいっと顔をそらした。 気分がよかったら、こんな事にもならないに決まってるのに。 なんでこの人は、わざわざ分かりきってる事を聞いてくるんだろう。 「もう、検査は済んだんですよね」 「そうですけど」 「部屋に、戻るだけですか?」 「えぇ、そうですよ」 シャニじゃないけどさ、もうウザイんだけど。 どっか行ってくれないかな。 いつも、自分は忙しいんだとか言っておきながら、よくこんな所で油売ってる暇はあるよね。 そんな事を思っていると、はぁーと、アズラエルが大きくため息をつくのを感じた。 「ちょっと、失礼しますよ」 何の事だろうかと思っていると、急に僕の足は地を離れた。 「えっ!?ちょっっと、なんっ」 突然のアズラエルの行動に、僕は言葉にならない声をあげた。 だって、予告も無しに抱えられて、驚かない方がどうかしてる。 「すみませんが、もう少し静かにしてくれませんか。折角、心優しい僕が君を運んでさしあげるんですから」 心優しい?嘘つけっ! 心の中で悪態をついてみるが、一応こっちは動けないところを運んでもらっているから、口にはしなかった。 触れ合った肌から伝わる体温が心地よい。 なんか温かくて、ほっとする。 どうしてだろう、凄く気分もいい。さっきまでの不快感が嘘みたいだ。 …って、僕は何言ってんだろ。クロト・ブエル一生の不覚だ。 よりにもよって、アズラエルの腕の中が心地よいなんて…。 そんな事を思っている間に、僕の部屋に到着した。 僕の事をゆっくりとベッドの上に降ろすアズラエル。 「じゃあ、気分が良くなるまで大人しくしているんですよ」 ベッドに横になった僕に一言だけ言って立ち上がった。 そのまま出て行ってよかったのに、僕は自分でも予想外の行動をした。 出て行こうとするアズラエルの(趣味の悪い)スーツを掴み、呼び止めたのだ。 案の定、アズラエルも少し驚いた顔をして、僕の事を見た。 「その…。ありがとう…ございます」 やっとの事でそれだけを言うと、何故かアズラエルはフッと笑った。 「どういたしまして。今度からは気をつけるんですよ」 そう言って、ぽんぽんと2回、頭を叩かれた。 いつもなら「子供扱いですか?」と聞き返すところだったのに、なぜかそれが出来なかった。 そうしている間に、アズラエルは部屋を出て行った。 どうしちゃったんだろう、僕。 なんか、らしくない。 ただわかる事と言えば、アズラエルの腕の中が居心地良かった事と、なぜか心臓がバクバクと急ピッチで動いている事ぐらい。 本当に、らしくない。 アズラエルといい、僕といい…。 なんで急に、優しくするんだよ。 僕は得体の知れない感情に、心が埋め尽くされていくのを感じた。 |
END |