の呪縛
――眩しい…。

日の光が、部屋を満たす。
本当なら、もっと眠っていたい。
でも何故か頭の方は、はっきりしだしていて、僕は仕方なく目を開けた。

――眩しいな。

2,3度瞬きをし、背伸びをするように、手を天井に向けて、伸ばす。
すると、手首に走る、赤い痕が目に入った。

「最悪…」

体調だって、決して良いわけじゃない。
思い出すだけで、気分が悪くなる。
その上、こんな目に付く所に、痕が残っているなんて…。

「どうしよう」

シャニと違って、僕の制服は半袖だ。
まぁ、自分で裁断したんだけど、そのお陰で、自然と腕をさらす事になる。
そうなると、オルガ辺りが目ざとくこの痕を見つけて、何か言ってくる。
はっきり言って、それは面倒としか言いようが無い。
それに僕は、これについては話す気なんて、毛頭無い。
つまり、この傷跡を隠すしかないんだけど…。

――どうしよう。

僕は、大きなため息をついて、その傷跡を見つめた。




「クロト。それ何?」

朝食を食べていると、シャニが手首に着けている"コレ"について、聞いてきた。

「リストバンド。見つけたから着けてみた」

そう言うと、しばらくじっとリストバンドをシャニは見つめた。
けど、のろのろとカップスープに口をつけて、一言呟いた。

「ふ~ん、変なのー」
「うっさいな!別にいいだろう」

シャニの反応に、僕は内心ほっとした。
取り合えず、誤魔化せたらしい。
そのまま、食事をしていると、今一番聞きたくない声がした。

「好き嫌いせず、食べていますか?」

国防産業連合理事ムルタ・アズラエル。そして、ブルーコスモスの若き盟主。
僕達を、γグリフェプタンで束縛する人物。
僕が、今一番会いたくない人。

「おっさんが、ここに顔を出すなんて、珍しいな」

関心なさそうに、目の前のオルガが呟く。

「そうですか?君達の状態を、把握するのも僕の役目ですから、当然でしょう」

そう言って、オルガの脇に腰を下ろした。

「シャニ、野菜をよけるんじゃありません。きちんと食べなさい」
「ヤダ。ウザ~イ」

そう言って、尚もシャニは野菜をよけて食事をすすめる。

「うざいじゃないせすよ。クロトも、さっきから全く減ってないじゃないですか」

そう言って、僕の事を見た。
やめて。見ないで。嫌だ。

「おい、クロト?」

オルガの奴が、心配そうに声を掛けてくる。
でも今の僕にとっては、シャニじゃないけど、それも凄くうざい。

最悪。もう、全部消えちゃえ。嫌だ。

僕の肩に置かれた、オルガの手を、乱暴にはらった。

「何をしているんです。クロト!」
「誰か、人を呼べ」
「おい、落ち着けよ。クロト」

ごちゃごちゃと五月蝿い声が聞こえた。
いつの間にか、僕は暴れていて、何人もの奴らに取り押さえられた。
それでも抵抗を止めないから、注射を打たれた。
ちくっとした痛みを感じ、僕はそのまま意識を手放した。
最後に見たのは、あの人の呆れたような顔だった。

本当に、最悪だ。




あれから、どれ位時間が経ったんだろうか。
ゆっくりと開いた目に映るのは、よく見慣れた白い天井。
薬の所為だろうか。
まだ頭がぼーっとする。
心なしか、身体もダルイ。

「全く、君は本当に手のかかる子ですね」

あの人が、僕の脇に立って、そう言った。

「聞いてるんですか?」

上手く身体を動かす事の出来ない僕の顎を掴み、無理やり目線を合わせられた。

「自分の立場が分かっているんですか?下手したら、廃棄処分されても可笑しくないんですよ」

顎を掴む手に、力が入る。
人の事は言えないけど、この細い身体のどこに、こんな力があるんだろうか。
声も発せ無い僕は、嫌な笑いをするアズラエルを見ながら、そんな事を思っていた。

「まぁ、君は優秀ですからね。そうそう廃棄処分にはしませんよ」

"でもね"と言って、一旦言葉を切る。

「君は、何か勘違いしているんじゃないですか?」

突如、ぐっと首を絞められた。

「君達は、僕の物なんですよ。だから、素直に僕の指示に従っていればいいんですよ」

力を込められた手から、すっと力が抜けていく。
離れていく手を、なぜか僕は名残惜しいと思ってしまった。

「折角、可愛がってあげようとしたのに、君ときたら…」

そう言って、腕にしていたリストバンドを外されて。

「そんなに、人に見られるのが嫌ですか?」

"この傷跡を"と言って、その傷に舌を這わせた。
ざらりとした舌が、傷跡を辿る所為でヒリヒリと痛む。

「良い子にしていれば、また可愛がってあげますよ」

そう言うと、アズラエルは僕から離れた。

「まぁ、よく考えるんですね」

そう言ってあの人は、まるで何も無かったように部屋を出て行った。


最悪だ。
なんで、僕があの人の物になってしまったのか。
なんで、あの人が僕をここまで追い詰めるのか。
なんで、僕はあの人を好きになってしまったのか。
全て、最悪なのに…。
それでも何かを期待していたのかもしれない。
あの人が、僕に振り向いてくれる事など、無い事は当の昔に分かりきっていたと言うのに。

僕の求めていた物は、こんな関係じゃ無い。
それでも、この赤い小さな繋がりに、縋ってしまう自分がいるのはどうしようも無い事実で。
そんな手をぎゅっと握り締めて、僕は涙を零した。
この想いが、この涙と共に流れてくれれば、僕はきっと楽になれるのに…。
それでもやはり、それが出来ないこの状況が、何よりも悲しかった。



END





モドル