七夕
凄く懐かしい夢を見た。
確か、僕がここに初めて連れて来られた頃だったと思う。
初めてあの人と話した、大切な日。




ここに初めて連れて来られた頃、僕はまだ小さくて、よく大人たちの目を盗んでは、逃げ回っていた。僕より先に、ここに来ていたオルガやシャニは、いつも自分の事だけで、いくら声を掛けても相手にしてくれなくて、嫌いだった。大人たちは、何かと僕を拘束しようとするから、もっと嫌いで、僕はいつも一人物陰で息を潜めていたんだ。
小さな身体をぎゅっと抱きしめて、誰かに救いを求めていたのかもしれない。


「そこに隠れているのは、誰です?」

声が聞こえた。
その言葉が、自分に向けられているのだと気付くのに、少し時間が掛かった。
だって、膝を抱えて下を向いていたから。
誰だろうと思って顔を上げると、見知らぬ人が立っていた。
金色の髪に、ぱりっとしたスーツを着た男の人。

それが、初めてあの人に会った瞬間。

「おや?君は…」

そう言って、あの人が僕の前に腰を下ろした。

「確か、クロトでしたね?」

本当は口もききたくなかったんだけど、僕は肯定の意味を兼ねて、こくんと一度だけ頷いた。

「何をしてるんです?」
「何も…」

何もしてなかった。ただ、この無意味に過ごすしかない時間をどうにかしたくて、がむしゃらにじたばたしてたのかもしれない。ただ、当時の僕はあまりにも幼すぎて、その事をうまく表現できず、黙り込んだ。
そんな僕に、あの人は困った顔をした。

「えっと…。クロトは、折り紙が好きですか?」

折り紙?
一体、どうしてそんな単語が出て来るのだろうと疑問に思っていると、あの人は色とりどりの正方形の紙を、鞄から取り出した。
どうしてそんな物が、鞄に入っているのか気になったけど、あの人は僕に見せるように、一枚の折り紙を手に持った。

「これをですね、こうすると…」

僕より大きな手で、そのうちの一枚を持ち、丁寧に折り始めた。

「はい。鶴の完成です」

そう言って、僕の手を取ると、ちょんっと手のひらに置いた。

「どうです?クロトは、鶴の折り方を知ってますか?」

僕の目を真っ直ぐに見つめ、優しく問いかけてくる。
今まで、折り紙なんて一度も折った事はなかったから、もちろん鶴なんて折れない。だから、首を横に振るった。そうしたらあの人は、にっこりと僕に笑いかけた。

「そうですか。じゃあ、お教えしましょうか?」

そう言って、僕に一枚の折り紙を差し出した。

「まずは、この紙を三角に折って下さいね。こことここを合わせて折るんですよ」

言われたとおり、対角線になる角と角を合わせて折る。

「じゃあ、もう一度半分に折って、また三角にして下さい」

そう言われ、折り紙を半分に折る。

「そうそう、上手ですね。では今度は、ここを開いて下さい」

褒められたのが嬉しくて、僕は教えられたとおり、折り紙を折り続けた。

「できた…」

あの人のと比べると、凄く不恰好だったけど、初めて自分で折った鶴に、僕は酷く興奮していた。

「どっ、どう?」

小さな手のひらに乗せて見せると、あの人は、優しく笑ってくれた。

「上手ですよ。クロト」

そう言って、頭を二、三度撫でてくれた。

「では、今度はこの色で作ってみましょうか?」
「うんっ!」

あの人に差し出された折り紙を受け取り、僕は再び折鶴を折った。




「・・ロト。おい、起きろ!クロト」

目を開けると、目の前にオルガがいた。なぜか心配そうな顔で、僕の事を見ている。

「お前、大丈夫か?」
「何が?」
「何がってなぁ…」

少し呆れたように、オルガが僕の顔に触れた。

「寝ながら、泣いてただろ?」

そう言って、目尻に溜まった涙を拭ってくれた。
昔の事を夢で見たぐらいで泣くなんて、どうかしてるな。僕も…。

「どうかしたのか?」
「ううん。ただ、懐かしかっただけ」

そう、あの頃のアズラエルさんは、僕の事を普通にかまってくれた。
まだ"普通"の人間だったから。
あれから、僕は色々な手術を受け、色々な薬を試して、今では立派な生体CPUになった。生体CPUに、立派かどうかなんてあるか分からないけど、駄目になっていった他の奴らと違って、僕は今、こうして生きている。取り合えず、それは立派と言っても良いと思う。
例え、あの頃のように、アズラエルさんと一緒にいられなくても、僕はあの人の為に生きて、役に立つ事を望んでいるんだから…。




「あれ?アズラエルさん?」

廊下を歩いていると、前方で危なっかしい足取りで歩いているアズラエルさんが目に入った。

「あぁ、クロト。君ですか」
「どうなさったんです?そんな物持って…」

アズラエルさんは両手で、アズラエルさんに不似合いなダンボールの箱を持っていた。

「僕が持ちますよ」

そう言って、アズラエルさんの手から、ダンボールを受け取る。

「あぁ、すみませんね。クロト」

ダンボールは見かけほど重くは無かったけど、アズラエルさんが自分で、こんな物を運ぶなんて珍しいと思った。

「で、これをどこに運べばいいんですか?」
「あぁ、君達の待合室に運んでもらえますか?」

僕達の待合室?

「この中、一体何が入ってるんですか?」

疑問に思って聞いてみると、アズラエルさんは嬉しそうに笑った。

「開けて見ての、お楽しみですよ」

こういう時は、何度聞いても答えてくれない事を知ってるから、僕はその後は何も聞かず、部屋に向かった。




部屋の中心に位置するテーブルに、ダンボールを置く。

「はーい。注目して下さいね」

そう言うと、本を読んでいたオルガが顔を上げた。
シャニは…、寝てて気付かないみたいだ。
アズラエルさんが、わざわざシャニを起こそうとしている。シャニは起こしても、中々起きないのを知っているアズラエルさんにしては、珍しい行動だと思った。

やっと、シャニが目覚めた所で、アズラエルさんが口を開いた。

「本日予定されていた訓練は、全てキャンセルになりました。と言うより、しました」

アズラエルさんの意外な発言に、僕達は一斉に目を丸くする。

「何言ってんだ?オッサン」
「口が悪いですよ、オルガ。折角、僕が君達を訓練から解放してあげたと言うのに…」

"少しは感謝して欲しいですね"と、アズラエルさんは呟く。

「で、好きに過ごしていいの?」

まだ眠そうにしているシャニから、質問が上がる。

「残念ですが、それは無理です」
「じゃあ、なんで訓練が無いんですか?」
「いい質問ですね、クロト。君達には、これをやってもらいます!」

そう言って、さっき僕が運んだダンボールの箱を開けた。

「何これ?」
「笹?いや、竹か?ミニチュアの」
「あと、折り紙?」

三人して首を傾げると、再び嬉しそうにアズラエルさんが口を開く。

「君達には、七夕飾りを作ってもらいます」

えっ?七夕飾り…。
何故か一瞬、今朝の夢が頭をよぎった。

「なんで、俺らがそんな物を作らなきゃならないんだよ」
「ウザ~イ」

不満を言う二人に、アズラエルさんは"パンパン"と、手を叩く。

「はいはい、静かに。これは国防産業連合の理事である、私からの命令です。よって、一切の文句は受け付けません」
「大体、七夕って今更なんなんだよ…」
「まぁまぁ、たまにはいいでないですか。休息だと思えば」

アズラエルさんの言葉に、"どこがだよ"とオルガが毒づく。

「でも突然、どうしたんですか?」

僕の問いに、アズラエルさんが嬉しそうに笑う。

「ちょっと懐かしい夢を見ましてね」

えっ?もしかして…。
アズラエルさんの言葉に、期待してる自分がいた。

「では、まずは折り紙で何か折ってもらいましょうか」

そう言って、机に折り紙の束を広げる。
渋々といった表情で、オルガとシャニが席につく。

「けど、俺は何も折れないぞ」
「俺も~」

確かに、オルガとシャニは、大人しく折り紙を折るタイプの子どもでは無かったと思う。本を読むオルガとお昼寝をするシャニ。今と全く変わらないね…。

「そうですか…。クロト」
「はっ、はい」
「君は、鶴が折れましたよね?二人に教えて上げて、もらえませんか?」

そう言って、初めて会った時の様に、優しく笑った。

やっぱり、そうなんだ…。
アズラエルさんの言葉に、期待してもいいかもしれないと思った。

「はい、分かりました!」

凄く嬉しくて、元気良く答えると、シャニに"クロト、ウザ~イ"って言われた。
いつもなら怒る所だけど、今は気分がいいから見逃してやった。




あとでアズラエルさんに、短冊に願い事を書くように言われたけど、僕には書くことが何も無かった。だって、アズラエルさんが"あの日"の事を覚えててくれた事が、何よりも嬉しかったから…。



END





モドル