手紙
昨日、生まれて初めて手紙を書いた。
勿論それは僕が覚えている範囲の記憶だけど、僕の性格からして、こうなる前に手紙なんてものを書いた事はないと思う。
活字中毒のオルガと違って、かなりつたない言葉だし、お世辞にも綺麗とは言えない文字。
書いた本人である僕がそう言うのだから、オルガやシャニに見せたとしても同じ言葉が返ってくるだろう。いや、もしかしたらもっと酷い言葉かもしれない。
まぁ、絶対見せる事なんてないから関係ないけどね。

宛先は僕が一番大切だと思っている人。
ちなみにここでのポイントは"僕"が"思っている"って所。
あの人と僕が同等なんて事はありえないし、所詮、僕はあの人の道具にすぎないからね。
それでも僕が思っている事を正直に綴ったんだ。

手紙を書こうと思った理由はいたって簡単。
僕が僕であるうちに、この気持ちをどこかに残しておきたかったから。
きっと僕が死んだら、この世に僕がいた痕跡は一切なくなるだろう。
そうしたら、僕があの人に抱いていた気持ちもなくなっちゃうって事なんだよね。
それってなんか悔しくない?
もしかしたらあの人は封を切ることなく、破り捨てるかもしれない。
だってあの人はそういう人だから。
それでも僕は手紙を書いたんだ。結構、一途だと思わない?
所詮は自己満足だけど、そうせずにはいられなかったんだから仕方ないじゃん。





「おい、クロト」

ラストステージに差し掛かった時、検査から戻ってきたオルガが、声を掛けてきた。
ステージ2のこいつは、僕やシャニよりも薬に対する耐久性が強いのか、よく検査に引っかかる事が多い。
まぁ、僕には関係ないことだからいいんだけどさ。

「何?今、僕すっごく忙しいんだけど」
「おっさんがお前の事、呼んでたぞ」

アズラエルさんが?何かしたかな?僕…。

オルガの言葉で一瞬不安になった。
しかし最近、僕はミスらしいミスはしていないはずだ。
訓練でのスコアは三人の中で一番だし、研究員達に反発するような行動もしていない。
それ以外であの人に呼ばれる事なんて、そんな数多い事ではない。
どうせここで考えていてもきりが無いし、あまり待たせるとあの人の機嫌が悪くなるだろうと思い、僕は体を起こしてオルガに言葉を返した。

「分かった」

名残惜しかったけど、ゲームの電源を落としてテーブルの上に置くと、アズラエルさんの部屋へと向うべく部屋を出た。





"コンコン"とドアをノックし、ドアを開ける。

「失礼します。クロト・ブエルです」
「あぁ、来ましたね。ちょっと、こっちへ来なさい。クロト」
「はい」

ドアをゆっくりと閉め、アズラエルさんが座っているデスクの前まで行き、ぴしっと立つ。
一応これでも、僕は自分の身分をわきまえているからね。
アズラエルさんはそんな僕を一瞥し、引き出しに手を掛けた。

「クロト、これは今日の訓練の結果です」

そう言って、何枚かの紙の束を、僕の前に出した。
一番上の紙には、僕の名前といくつもの数字、そしてグラフなどが書かれている。

「シューティングゲームが好きなだけあって、命中率は君達三人の中でも、ずば抜けて良いです。ですが、ちょっと被弾が目立ちますね」

"トントン"と、ペンで紙の一点を叩く。
確かに、オルガやシャニのデータと比べると、僕だけ数字が大きい。
つまりそこが被弾率を表しているのだろう。

「僕としては期待してるんですよ、君に。オルガやシャニよりも身体はまだ未熟ですが、その分、頑張っていますしね」

"そうですよね?"と、アズラエルさんの目が聞いてくる。
僕は視線をそらさないように、はっきりと答える。

「はい、もちろんです」

僕の答えに、アズラエルさんは満足そうに笑った。
しかし次の瞬間、その笑みは消えた。
アズラエルさんの綺麗な瞳が鋭く光り、僕を捕らえる。

「ただね、戦場では結果が全てなんですよ。殺す前に殺されたら、意味が無いんですよ。わかりますよね、クロト」

つまり被弾率が多い僕は、戦場に出たら敵を撃つよりも早く死んでしまう確率が多いという事だ。それではアズラエルさんが求めている結果が出るはずも無い。
僕はこの人の道具。
この人の望む事をしないといけない。

「はい、アズラエルさん」

その目を見つめて、こくりと頷く。

「では、結果を出して下さい。蒼き清浄な世界の為に…」
「はい。蒼き清浄なる世界の為に、頑張ります」

アズラエルさんが好きな言葉を復唱して答えると、アズラエルさんは頷いた。
そして僕にはもう興味が無いように、僕からデスクの上にある書類へと視線を移した。

「話はそれだけです。戻っていいですよ」

その言葉を聞き、僕は深くお辞儀をした。

「わかりました。失礼します」

そう言って、入ってきた時の同じように、静かに部屋をあとにした。





部屋から出て、数歩歩いた所で立ち止まると、僕は深く深呼吸をした。
あの人の前にいくと、いつも落ちつかなくて、緊張する。
心臓だってありえないくらいにバクバク言ってるし、下手な訓練よりもスリルあるかも。

そしてあの人の目を見る度に、自分が"道具"としてあの人の目に映っている事を思い知らされる。それって、自分で思っている以上に悲しくて、辛い事なんだよね。
頭ではわかっているはずなのに、気持ちだけが追いついて無いって言うのかな?

本当に僕って、分の悪い恋をしてると思うよ。
一生、それこそ僕が死んでも叶わない恋。
それでも自分の気持ちに嘘をつく事は出来ないし、したくも無い。
それは僕が僕であるための、一種の証だから。
これだけは誰にも譲れない。





昨日、生まれて初めて手紙を書いた。
宛先は僕の所有者であるムルタ・アズラエル。
僕がこの世で最も大切な人。
たぶん、これが最初で最後の手紙だと思う。
だって、僕はもうすぐ死んじゃうからさ。
この手紙を読んでもらえるかどうかわからないけど、読んでくれたら嬉しいな。
そうしたら、頭の片隅で僕の事を覚えててくれそうだから。

僕が生まれて初めて書いた手紙。
それは遺書という名の手紙だった。



END





モドル