あの人に初めて貰った物は、人を殺す為の道具だった。

「いいですか?狙う場所は、ここかここですよ」

"トントン"と、指で指された所は左胸と眉間。

「じゃないと、命取りになりますからね」

そう言って、自分には不似合いな銃を渡された。

「迷ってはいけません。確実に一発で仕留めなさい」

僕の目をまっすぐと見つめ、あの人はそう、僕に言い聞かせた。
誰の為に?
あの人から銃を受け取ってから、5年という月日が経とうとしていた。
あれから僕があの銃を使った数は、自分でも覚えていられないほど多い。
別に、その事を後ろめたく思う気持ちはない。
なぜなら、僕の中から感情という感情は、殆ど消え去ってしまったから。
脳内の施されたインプラント手術と、魔の薬であるγグリフェプタンの副作用だ。
過去の記憶も、理性も、感情も段々と無くなっていくんだ。
それなのに、なぜか消えない感情が一つだけ残っている。
僕の希望であり、存在する理由。
だけど、僕はその気持ちをどうする事も出来ないんだ。





部屋から出て行こうとした時、いつものようにアズラエルさんが僕の事を呼び止めた。

「愛しい私のクロト。蒼き清浄なる世界の為に戦ってください。わかりましたね?」
「はい、アズラエルさん」

アズラエルさんの目を見て、にっこりと答える。
それが、アズラエルさんに気に入られるコツってやつだ。

「では、失礼します」

軽く頭を下げ、アズラエルさんの部屋を後にした。
通路には僕以外、誰の姿もない。
こんな時間なんだから当たり前と言えば当たり前だ。

それにしても…何度、この言葉を聞いただろう?
アズラエルさんは、いつも僕に"愛しい"っていうけど、本当はそんな事、これっぽちも思ってないんでしょ?わかってるんだよ。本当は初めから気付いてるんだよ?
それでも"蒼き清浄なる世界の為"なんて言わないで、"僕の為"って言ってくれれば、僕はあなたの為に何でもするのになぁ…。

そんな女々しい感情に、僕は自称気味に笑った。
所詮、この想いは一方通行でしかない。
だって、僕は生体CPU。
あなたの為に作られた、都合のいい操り人形なんだから。





部屋に戻ると、オルガはいつものように読書をしつつ起きていて、昼間でも年中寝ているシャニはベッドの中で静かな寝息を立てていた。
僕達はお互いを干渉したりはしないが、正直言ってこの三人部屋ってのはどうにかしてもらいたい。こんな時間に部屋に戻ってくる僕に、オルガは何も言わないけど、いつも何を思っているかわからないから逆にそれが居心地が悪い。
かと言って、僕がわざわざ話さなきゃいけない理由もないんだけどね。
そう割り切って、シャニの脇を通過し、一番奥のベッドへと向かおうとした。

「また、あいつの所に行ってたのか?」

オルガの脇を通ろうとした時、突然腕を掴まれて、そう言われた。

「そうだけど。それがどうかした?」
「よく、あいつの所なんて行けるな」

"俺なら、絶対行かないねぇ"と言うオルガを、僕は睨み付けた。

「アズラエルさんの事を悪く言うなよ」
「本当の事だろ?俺らをこんな身体にしたのは誰だ?あいつだろ!?」

そんな事、オルガに言われなくなった知ってるっうの、ヴァーカ。
過去の記憶なんて、一切残ってない。覚えている事と言えば、暗い檻の中から、あの人が僕を救い出してくれたと言う事だけ。
薬と引き換えに、外に出る自由をくれた。
もちろん、それはほんの一時的なもので、今では薬という檻に閉じ込められている。
だけどさ、あの時に比べたら、今の方が何倍もまし。
今の僕にはアズラエルさんがいる。それだけで僕は幸せなんだ。

「僕はあの人の為なら、この命なんて惜しくないね」

そう、もしあの人の為に死ねるなら、どれだけ本望だろう。
いつか、この記憶さえ無くなったとしても、あの人を守れるのなら、僕はなんだってする。
辛い薬にも耐えてみせるし、アズエルさんが望むなら、全てのコーディネーターだって、殺してあげる。
アズラエルさんが襲撃を受けたとしても、僕は身をていして守り抜く。
例え、僕の命が尽きたとしても。

そう思った時、オルガが鼻で笑った。

「違うな。お前はあいつに殺されたいんだろ?あいつが、お前を覚えているように」

オルガの言葉が胸に刺さる。

アズラエルさんに、殺されたい?
うん…、そうかもしれない。
あの人は、僕が死んでもすぐに忘れてしまうから、どうにかして、あの人の心に残っていたいのかもしれない。

「だが、あいつはお前を殺してくれないぜ」

"きっとな"と言葉を付け加える。
オルガの言葉に、僕は心の中で頷いた。
確かに、殺してくれないだろうね。あの人は、そう言う人だから…。
そんな事、わざわざオルガに言われなくても分かってる。
なら、僕はどうしたいんだろ。
あの人の為に生きているのに、僕が死んでもあの人は僕の事を覚えていてくれない。

それなら一層の事、この手で…。

「えっ?」

今、僕は何を考えた?僕が、あの人を殺す?
何言ってんだろう。何よりも大切な人なのに。
それを自分の手で消そうだなんて、どうかしてる。

「あははっ…」
「クロト?どうした」

いきなり笑い出した僕に、オルガは眉間にしわをよせて声をかけてきた。
僕はポケットから小型銃を取り出すと、左手で弄んだ。

「ねぇ、オルガ。僕が狂う前に殺してくれない?」
「狂う前?」
「そう」

手に持っていた銃をオルガに渡し、軽く目を閉じる。
そして自分の眉間を指差した。

「そうだな。狙う場所はここかな」

そうすれば、最後にあの人の事を思っていられそうだから。

「お前、本気か?」
「当たり前だろ」

僕が完全に狂ってしまったら、きっとあの人に手を掛けてしまう。
それだけは阻止しなければならない。

「覚悟は決まってるんだな」
「あぁ」

オルガの深い緑の瞳をじっと見ていたら、オルガは軽く頷いて、僕の手から小型銃を受け取った。そして僕の眉間に銃口を当てた。

「俺はお前との約束を守ってやる。だがお前は、狂うなよ」

そう言って、オルガは銃を下ろした。
緑色の瞳は済んでいて、オルガが覚悟を決めている事が分かった。

僕はあの人の為に、僕が狂いそうになったらオルガに僕を殺してくれるように頼んだ。
そしてオルガはその依頼を受けてくれた。
しかしそれは誰の為なのだろうか?
僕の為?それともあの人の為?

聞く事の出来ない言葉を飲み込んで、僕は再びオルガから僕の銃を受け取った。
近い未来、その銃が使われるその日まで、それは誰にも分からない。



END





モドル