心配 |
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目に映るのは、ここ数日で大分見慣れた天井。 身を沈めるのは、多分大分前から使っていたと思われる自分のベッド。 体の下では白いシーツが深い波を刻んでいる。 そして僕は掻き毟るように、自分のタンクトップを掴む。 ちょうどそれは心臓の上ぐらいだった。 「はぁ…。苦しい」 別に、薬が切れかけているわけではない。 確かに先ほどまで"お仕置き"を受けていたが、今では体の隅々までγグリフェプタンが行き渡っている。 今、僕の体を蝕むのは"あの人"だ。 初めはなんてムカツク奴だと思った。 いきなり「部品」扱いされて、反抗もできなくて、全てが気に入らなかった。 それでいて次に会った時は、僕の事を気遣うような発言ばかりしてきた。 切羽詰った声で僕の名を呼んだ。 苦しそうに僕の事を見て、そして諦めの表情を浮かべた。 あの時、僕の胸にはもやもやとした得体の知れない感情があって、それは今のこの苦しさにどことなく似ている。 そして今日は頬を叩かれて、お仕置きを受けた。 定期的に摂取するγグリフェプタンを摂取せずに放置という、過酷なものだった。 あの薬を摂取している時、いつもの自分じゃない感じに襲われる。 なんでも出来るような、自信に満ちた感じだ。 その一方で薬が切れると、今度は体が悲鳴を上げる。 心さえも、弱くなってしまう気がする。 なぜかとてつもない不安に襲われる。 そんな僕の姿を見て、あの人は何を思うのだろうか? いや、きっと何も思わないのだろう。 だって、僕は"物"でしかないのだから。 わかっていた答えになぜかがっかりしている自分がいる。 ここ数日で起こった気持ちの変化を認めたくなくて、僕はこの馬鹿げた思考を停止させる為に眠りについた。 『以上でカラミティ、レイダーのテストは終了。サブナックとブエルは医務室へ。次にフォビドゥンのテストを行う。アンドラスは搭乗しろ』 スピーカー越しに次の指令が下り、僕はレイダーのパワーを落とすとハッチを開けた。下に降りたら整備や技術班の奴らがいて、僕の存在などお構いなしにレイダーについて話し合っている。 僕はそいつらの脇を通り、医務室へと向かった。 途中、同じく医務室に向かうオルガと一緒になった。 同じG3のパイロットだが、こいつと馴れ合うような事はしていない。 それは勿論もう一人のパイロットであるシャニも同じだ。 お互い相手の事はあまり意識しない。 それは僕達の間に出来た暗黙の了解だった。 ただ僕はオルガと行動を共にする事が多かった。 オルガの機体カラミティは飛行能力がない。その為、僕のレイダーが輸送するメニューが取り入れられ、僕達のテストも同時進行で行われるようになった。 正直、この役目は迷惑この上ない。 だってお荷物を抱えている為にレイダーの速度は落ちるし、オルガの所為で僕のレイダーが傷つけられたら嫌じゃん。 嫌々始めたMSの操縦も日を追う毎に馴染んできている。 嘘みたいだけど、レイダーが僕の分身である事はなんとなく理解した。 あの人の言葉を信じる信じないは、この間の経験で嫌というほど思い知らされた。 だから僕は嫌だけど全てを認めることにした。 過去の記憶がないのも、僕がMSに乗るのも、全てあの人の筋書きで僕はその駒の一つだと。 本当なら憎むべき相手なのに、なぜか今の僕はそれが出来ずにいる。 もしやこれもインプラント手術とやらの影響なのだろうか。 それを確かめる術は目の前にある。 「ねぇ」 「あぁ?なんだよ」 あからさまに迷惑だという態度で、オルガがちらっと僕の事を見た。 さっきまでカラミティを乗せて移動する練習をしてやっていたというのに、この態度はないよね。 だがここで相手を煽る事は得策ではないから、直球に質問を投げかけてみた。 「あのおっさんの事、どう思う」 「アズラエルとかいう奴の事か」 「そう」 過去にどんな繋がりがあったのかわからないけど、僕たちを集めたのはきっとあの人だろう。2度目に言葉を交わした際、過去の記憶にまつわる事を言われたから間違いないと思う。 だから過去がインプラント手術に影響を及ぼしているのか、それもオルガの反応から見受けられると思ったのだ。 「まぁ気に入らない奴だとは思うが、それだけだな」 「それだけ?」 あまりにもシンプルなオルガの答えに、僕の頭は真っ白になった。 この得体の知れない気持ちがインプラント手術の影響だったらという淡い期待を持っていたのに、オルガの答えはそれを見事に裏切ったからだ。 「おっさんの事、嫌いじゃないのかよ。言われるままで、嫌じゃないのかよ」 「まぁ命令されるのは気に入らないが、カラミティに乗るのは嫌いじゃないからな。好きなだけ暴れられるんだ、悪くないだろ」 確かにオルガの言葉には一理ある。 そりゃ僕だって外の世界がどうなろうと興味はない。 ただゲームのように、自分が楽しければそれでいいと思う。 でもアズラエルの事は全く気にならないというのは何故なのだろう。僕はこんなにも振り回されているのに、なんでオルガは無関心でいられるんだろう。 頭の中で答えの出ない問いがぐるぐると渦巻いている。 その時、オルガの肩越しに見える光景に釘付けになった。 「あっ」 「今度はなんだよ」 イライラとした感情が言葉から伝わってくるが、僕にはどうでもよかった。 僕の視線はあの人を捕らえてからだ。 僕たちが歩いている通路の先、白衣を着た奴らと話をしながら歩いてくる。 お互いに歩みを進めているから、あっという間に間の距離は縮まり、すぐ脇を通り抜けていく。 その瞬間、ちらっと横目で見たあの人の顔には影がさしていて、ほんの少しだけ視線が混じった気がした。 「どうして、あんな顔をするんだろう」 「あぁ?なんか言ったか」 オルガの言葉を無視し、僕は離れていくあの人の背中を眺めていた。 全てを拒絶しているようでいて、何かにすがり付いているような背中。 僕にはそう見えて仕方がなかった。 僕を蝕むもの。僕を縛り付けるもの。 それはきっとあの人に他ならない。 恨んでしまえば、きっと楽なはずなのに。 なぜ、僕はあの人の事を気にかけているんだろう。 自分の中に生まれた矛盾に、僕は問わずにはいられなかった。 |
END |