飼い主 |
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別に飼われているつもりはない。 だけど、今の僕は飼い犬と一緒なのかもしれない。 なぜか知らないけど、目が覚めたら、全ての記憶が消去されていた。 頭の中が真っ白って感じ。 ゲームで言う初期化と一緒。 そしてゲームには決まって、初期設定がある。 RPGなら主人公が使える技とかHPとかMP、シューティングゲームなら使える弾数とか。 僕の場合は"クロト・ブエル"と言う名前と"飼い主"がその初期設定にあたると思う。 あとお仲間って言う訳じゃなけど、"オルガ・サブナック"と"シャニ・アンドラス"。 こいつらも僕と同様に、初期化された人間。 あぁ、"あの人"曰く人間じゃないんだっけ。 確か生体CPU。 僕達が乗るMSの部品なんだって。 失礼しちゃうと思わない? これでも僕には自我があるのに、部品だなんてさ。 だからすました顔でそんな事を言う"あの人"を一発殴ろうとしたんだ。 それなのにおかしいよね。 僕の体、自分の意思通りに動いてくれないんだ。 あと一歩という所で、動きが止まっちゃったんだよね。 その後は、酷い頭痛に襲われた。 もともと手術を受けてすぐ後だった所為もあって、僕の体はそれ以上使い物にならず、再びベッドに運ばれた。 アレから数日が経った。 僕は以前のように(と言っても、全く覚えてないんだけどさ)体を動かせるようになった。 体を動かせなかったのは僕だけじゃなくて、オルガやシャニも一緒だったようだ。 白衣を着た男達に様々なデータを取られる事2時間。 やっと開放されて、僕は暇つぶしのゲームをするべく、待合室に向っていた。 この角を右に曲がって、2つ先の角を左に行けば待合室だったのに、運悪く"あの人"と出会ってしまった。 「クロト、止まりなさい」 僕の名前を呼ぶ"あの人"の声に、僕は歩みを止めて向き直った。 「なんですか?アズラエル理事」 目の前にいるのは水色のスーツに身を包んだ男。 認めたくないけど結構綺麗な色の金の髪。 僕の瞳に似た、それでも僕より冷たい印象を与えるブルーの瞳。 認めたくないけど、僕らの飼い主ムルタ・アズラエルだ。 「あれから、体調の方はどうです?」 「えぇ、お陰様で調子良いですよ」 あの後、色々な検査を受け、体の隅々まで調べられた。 それこそ脳みその中から内臓までって感じ。 検査を受けた直後は、何か嫌な気分が残っていたものの、体調にいたっては万全と言っていいほど調子よかった。 「そうですか。それはよかった」 どこかほっとしように言うアズラエルに、僕は違和感を感じた。 それは僕の飼い主として、心配していたようには見えなかったからだ。 アズラエルのその時の表情を表すと、心の底からほっとしたって感じ。 所有物である僕に対してそれは、とても不似合いな物に感じられた。 「食事の方はどうです?きちんと毎食食べれますか?」 「えぇ、オルガがうるさいですからね」 なぜか知らないけど、僕のお仲間にあたるオルガは、妙に僕とシャニの面倒を見てくる。 正直うるさいと思うけど、食事は人間の三大欲求だし素直に従ってやってる。 ここで勘違いしてもらっちゃ困るんだけど、僕が従ってやってるんだからね。 そこはわかってよね。 「オルガがですか。やはり彼の性格なんですかね、そういうのは…」 そう言って、アズラエルは妙に納得している。 どうしてこの人がこんなに僕に関わってくるのか、僕には不思議だった。 オルガやシャニがいるところでは、こんな言葉を掛けられた事はない。 勿論、こんな言葉をアズラエルに言われたいなんて思っていないけどね。 ただ、こうして話しかけてくるアズラエルに言い表しにくい感情がある事も確かだった。 それはどこか居心地の悪いもので、僕は早くここから立ち去りたい一身から、先手を打つことにした。 「用件はそれだけですか?なら、僕は部屋に戻らせてもらいますよ」 一応、僕の飼い主だから丁寧な言葉ではっきりと僕の意思表示をし、僕はきびすを返して歩き出そうとした。 一歩、二歩と足を前へ出そうとした時だった。 「…クロト!」 どこか切ないような声で、自分の名を呼ばれてた。 だけど僕はそれをただ面倒だとしか感じなくて、自分でも信じられないくらい冷たい声を発していた。 「なんです?」 そう言ってくるりと振り返れば、アズラエルは何か苦しい事でもあるのか、(あまり認めたくないけど)整った顔を歪めていた。 だから僕は、自分が何かいけない事をしてしまったのだろうかと不安になった。 今までの経験で、この人に逆らう事はしちゃいけないと学んだから当然だ。 それなのにアズラエルは、何かを諦めたような笑顔を浮かべた。 「いえ、なんでもありません。長い間、引きとめてしまってすみませんでした」 そう言うと、アズラエルは"仕事がありますから、失礼しますね"と言って僕の前から立ち去った。 コツコツと床を歩くたびになる靴音がどんどん遠ざかり、次第に何も聞こえなくなった。 それで僕は、アズラエルは完全に立ち去った事を理解した。 アズラエルに声を掛けられるまで、僕は自室に戻ろうと思っていた。 だが急にアズラエルに呼び止められ、足を止めた。 そして今、アズラエルに開放された僕は部屋に戻っていいはずだ。 それなのになぜか、僕の足は自分の意思に反して動こうとしない。 まだどこか調子が悪いのだろうかと思ったが、先ほどアズラエルに答えたように体調万全のはずだ。 ならどうして、僕の足は動かないのだろうか? 僕は気持ちを落ち着かせる為、大きくゆっくりと深呼吸をした。 胸いっぱいに取り込んだ酸素を、ゆっくりと吐き出すと、僕の足は暗示が解けたように動くようになった。 もう一度深呼吸し、僕は再び自分の部屋に向って歩き出した。 そう言えば、あの感じはなんだったんだろう。 あの人が僕の名前を呼ぶたびに、胸の辺りがもやもやとした感覚に襲われた。 これは僕があの人を飼い主だと認めていないから? それとも消えてしまった記憶に、何か関係しているのだろうか? もう2度と戻ってこないであろう不確かな記憶に縋ろうとしてしまう自分が、何よりも不快に感じた。 以前の僕がどんなのだったかなんて覚えてないけど、今の僕は僕らしくない。 あの人の所為で、僕のリズムが狂わされていく。 「最悪だ」 ぼそっと呟いた言葉が、あの人に対して発した言葉なのか、それとも自分に対してなのか分からないけど、今の僕にはそれしか言う言葉が見つからなかった。 |
END |