内緒話
下の者をまとめるトップと言うのは、いつどんな時でも仕事の話がくるので、本当に厄介です。それはもちろん僕も例外ではありません。なぜなら、こうして自室でお茶を楽しんでいた時でさえ、仕事の通信が入ってくるんですからね。
機械越しに聞こえる声は、クロト達の担当をしている研究者のものだった。

『彼らの状態も大分整ってきましたので、例の手術を近日、実行したいと思っております』
「3人ともですか?」
『はい。何か問題でも?』
「いえ、そんな事はありませんよ。わかりました。では詳しい書類の提出を頼みますよ」


すぐそばに居る彼に気遣いつつ、指示を与えると、通信を切った。
席に戻ると、クロトが僕の事をちらっと見て口を開いた。

「何話してたの?」
「すみませんね、クロト。トップシークレットって奴です」

そう言ってしまえば、この子がそれ以上何も言わないのを僕は知っている。
少しズルイとは思いますが、機密事項をよそにもらすなんて事は出来ないんです。
例え、君達に関係がある事であってもね。

「忙しいんですね、アズラエルさんも」

少々、皮肉めいた言葉で言うクロトに、僕は苦笑するしかなかった。

「僕も出来れば、君といる時くらいはゆっくりしたいんですけどね」

そう言えば、クロトは少し機嫌が良くなっったらしく、ちょっと口元を緩めて笑った。
テーブルの上にあるクッキーに手を伸ばし、クロトは市松模様のアイスボックスクッキーを口にほおばった。
その姿は、口いっぱいに木の実をほおばるリスのようにも見え、とても可愛らしくて見とれてしまいそうなほどです。

「そう言えばさ…」

何かを思い出したように、クロトが口を開いた。

「この間、シャニと何を話してたんですか?」
「ゴホッ…」

クロトの予想もしなかった言葉に、紅茶が気管に入ってしまい、思わず咳き込んだ。

「だっ、大丈夫ですか?」

おろおろと慌てるクロトに、僕は手で静止をかけて、きちんとクロトに向き直った。

「すみませんでしたね。大丈夫ですよ」
「本当に?」
「えぇ」

まさか、今頃あの時の事を聞かれると思っていなかったので、かなり焦りました。
なぜならあの時シャニに話した事といえば、僕がクロトに「僕って、アズラエルさんのどこが好きなのかな?」と言われ、ショックを受けた事ですよ。
まさかそれを正直にクロトに言えるわけないじゃないですか。
日ごろから、クロト達に嘘はいけないと言っていますが、それとこれは別物ですよ。

「あれはシャニの訓練内容の結果が思わしくなかったので、それの注意をしたんです」
「本当ですか?」

疑惑のまなざしで見てくるクロトに、ここは話を変えたほうが得策だと思い、45度ほど会話をそらした。

「もしかして、あの時クロトを無視した事を怒ってます?」

実はあの時クロトの事を無視してしまった事が、ずっと心に引っかかっていた。
恐る恐る聞いてみると、クロトは極上の笑みを浮かべた。

「そんな事、あるわけないじゃないですか」
「本当ですか?クロト」
「えぇ。例え、普段ウザイくらい僕に関わってくるアズラエルさんが、僕の可愛い言葉を無視したからって、そんな事で怒るほど僕の心は狭くないですよ」

にこにこと言っているクロトの言葉に、大量の刺が含まれている気がするのは、僕の気のせいではないと思うんですけどね…。

「その、すみませんでした」

思わず謝罪の言葉を言うと、クロトは首をかしげた。

「なんで謝るんですか?」

にっこりと笑っているはずなのに、その笑顔が先ほどの言葉同様に冷たく感じた。

「機嫌、直してもらえませんか?」
「別に僕の機嫌は悪くないですよ?」

そう言うものの、クロトの機嫌が悪いのは一目瞭然です。
これなら無理に話を変えるんじゃなかったと思いますが、変えてしまったものは仕方ありません。ここはなんとしても、僕の手でクロトの機嫌をよくしなくては。
心の中でガッツポーズをし、再びクロトに向き直った。

「なっ、何?」

少し無愛想に言いつつも、じっと見つめられたのが恥ずかしいのか、クロトはちょっと目線を伏せた。

「クロト、ちょっと僕の脇に来てくれませんか?」

そう言って、自分の脇を軽く2度ほど叩いた。
クロトは一瞬、驚いたように顔を上げ、少し経ってからゆっくりと僕の脇に腰を下ろした。
彼との距離は約15cmといったところだろう。
その距離を縮めるように、僕はクロトの肩に手を置いてぎゅっと抱き寄せた。
その瞬間、少しクロトの体がこわばったが、それには気付かないふりをして、更に顔を耳元に寄せた。

「クロト、これから僕と内緒話をしませんか?」
「なっ、内緒話ですか?」

一体、どういった風の吹き回しだろうとクロトは思っているのでしょう。
でも恋人同士である僕らですから、別に不思議な事では無いと思いませんか?

「えぇ。誰にも話してはいけない、内緒のお話です」
「いいんですか?」
「えぇ、君さえよければの話ですけど」

そう聞くと、クロトは嬉しそうにこくんと頷いた。
きっとクロトは、僕とシャニが裏でこっそり話していたのを羨ましく思っていたのでしょう。
そしてそれに嫉妬の念を抱いていた。
だからこそ、さっきのような態度が表にあらわれていたのでしょう。
そこに気づいてあげる事が、シャニの言っていた"クロトを理解し、カバーする"と言うことなのでしょう。
どうやら今回はそれに成功したらしく、クロトは僕の腕の中で嬉しそうに笑っていた。
そんなクロトに、僕はどんな内緒話をしようかと考えていた。
多分、これは長くは続かない幸せな時だと思います。
ですが今だけは、楽しい一時を過ごしていてもいいですよね?
例え、この後にどんな運命が待ち受けているとしても。



END





モドル