やきもち
訓練もなく、俺らは各々に好きなことをして過ごしていた。
俺が一昨日から読んでいた本に読みふけっていた時の事だ。
物凄い音をたててドアが開いたかと思うと、アズラエルのやつが入ってきた。
俺はてっきりクロトに会いにきたのだと思っていたら、おっさんはクロトの事をあっさりと無視し、ソファでだらんと寝そべっていたシャニをたたき起こし、引きずるように連れて行ってしまった。

「なんだ、あれ…」

アズラエルの理解しがたい行動に、俺が唖然としていると、脇の方から、クロトの少し残念そうな声がした。

「あ~ぁ、おっさん行っちゃったよ」

そうに呟いたクロトだが、すぐに先ほどまでやっていたゲームを再開した。
その反応はいつもと同じようだが、俺は違和感を覚えた。

「クロト、お前ってアイツの事をおっさんって、呼んでたか?」

俺の記憶が正しければ、"アズラエルさん"って呼んでいたはずだ。
もともと、クロトはアズラエルに絶対的な信頼を寄せている。
その所為か、さん付けでアイツの名を呼んでいる。

「あぁ、本人の前では言わないけどね」
「へぇー。どういう心境の変化だ?」
「反抗期ってやつ?僕も15だしね」

反抗期ってな。
なんともこいつらしい考えだと思うが、呆れるな。

「ガキ」

何気なく思っていた事を口にすると、ダンッとテーブルを叩いてクロトの奴は立ち上がった。

「んだと!?僕のどこがガキだって言うんだよ」
「そう言って、ムキになるのがガキだって言うんだよ」
「オルガだって、僕と同い年のくせに、言う事がおっさんくさいんだよ」
「おっさんくさいだと!?あんな奴と一緒にするんじゃねぇよ」

俺はあそこまで、おっさんじゃねぇ!!
っうか、俺はまだ15だ!

そう、心の中で言い返すが、こいつとこんな低レベルな事で言い争っていたら、それこそガキだと言うことに気づいて、俺は読んでいた本に再び視線を落とした。
クロトの奴は、てっきり俺がそれに食らい付いてくると思っていたらしく、大人しく本を読み始めた俺を見て、小さく舌打ちをするとソファーに座り込んだ。
さっきまで熱中していたゲームをやり始めるかと思っていたが、クロトはゲームに手を伸ばさず、ごろんとソファーに横になった。
そのまま寝るのかと思っていたが、ぼそりとクロトが呟いた。

「あの2人って、実は仲いいよね」
「はぁ?お前、それ本気で言ってるのか?」

シャニとアズラエルの仲が良い?
どこをどう見たら、そう思えるんだ?
こいつの目は、節穴か?

「だってそうだろ?今だって僕の事を無視して、シャニを連れて行ったし、2人で内緒話してんだからさ」

内緒話というか、十中八九お前の事について話してると、俺は思うけどな。
あのアズラエルが、あそこまで血相を変えてシャニを連れ去ったんだからな。
それに気づかないこいつは、お子様なだけでなくバカでもあったんだと妙に納得した。

「お前って、本当にバカだったんだな」
「僕はガキでもないし、バカでもない!」

がばっとソファーから体を起こすと、俺を睨み付けて言い張った。
ったく、どこからその自信は出てくるんだかな。

「じゃあ、お前は今、自分が抱いている気持ちがわかってるか?」
「僕が抱いている気持ち?」
「そうだ。言ってみろよ」

そう言うと、クロトは少し黙って考え込む仕草をしている。しばらくブツブツ呟いているかと思うと、やっと考えがまとまったらしく真っ直ぐに俺の事を見た。

「普段は僕に何かと付きまとうくせに、なんで今日に限ってあっさり無視してんだよ、ヴァーカって感じ?」

散々考えて出した結果がそれかよ。
あまりに低レベルなクロトの発言に、俺は小さくため息をつくと、読んでいたところにしおりを挟んで本を閉じた。

「そう言うのを、世間一般じゃ嫉妬とかやきもちって言うんだぜ?」
「嫉妬?やきもち?はっ。何言ってんの、オルガ。僕がそんな女々しい気持ち抱くわけ無いじゃん」

そう言って、不機嫌そうにクロトは口元をとんがらせた。
ったく、こいつも素直じゃねぇよな。
だが、それでも少しずつ成長している事は確かだ。
反抗期どうこうはこの際無視するが、昔よりずっと自分の気持ちを表に出すようになった気がする。それは俺らだけじゃなくて、アズラエルに対してもだ。
昔のこいつと言えば、自分でこの実験の被験者になると言い出したくせに、アズラエルと少し会えなくなっただけで不眠症になったりして、随分とデリケートな奴なんだと呆れつつも、妙に感心したものだ。
だが、あの時はそれを見ているのが痛々しくて、アズラエルに宣戦布告みたいな事までしてしまった。
今思えばかなり恥ずかしい事をしたと思うが、もしアズラエルがあのままだったら、俺は容赦なくこいつら2人を離していただろう。

「女々しくってもいいんじゃねぇの?それが恋ってやつだろ?」
「なっ、何言ってんだよ!恋って、なんだよ。オルガも、頭いかれちゃったんじゃないの?」

"シャニみたいにさ"と言って、クロトは毒づくが、そんなに顔を真っ赤にした奴に言われても、なんの説得力もないんだけどな。
そしてそんなクロトに恋愛指導をしてやてる俺自身に、少し呆れたりしている。
シャニといい、俺といい、どうしてクロトとアズラエルの2人に振り回されてるんだろうな。
全くもって不思議だ。
ただ、クロトが自分の気持ちに気づけたのなら、俺達の苦労も減るんだろうな。

「まぁ、頑張れよ」

そう言って、ぽんぽんとクロトの頭を叩くと"子ども扱いすんな!"と言って手をはらわれた。
ったく、可愛くねぇガキだ。
それでも、俺はこいつの事が結構気に入っている事を知っている。

仕方ないから、もっと大人の思考が出来るまで、俺達がサポートしてやるよ。

絶対、口には出せない言葉を思いつつ、俺は閉じていた本を開いて読書を再開した。



END





モドル