自由 |
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カタカタとパソコンを弄る音だけが響く部屋。 そんな中、僕は時々ジュースを飲みながら、その作業をしている人を見ていた。 さらさらとして、綺麗な金髪。 資料に目を落としつつ作業しているために、睫毛に見え隠れするブルーの瞳。 すらっと伸びた、しかし男性特有の骨ばった指は、ピアノを鍵盤を弾くようにパソコンのキーを弾く。 きちんと着こなされたブルーのスーツと紫色のシャツに、薄紫のネクタイ。 その姿は、非の打ち所が無いほど、完璧だと僕は思っている。 「えーっと、クロト」 遠慮がちに僕の名をアズラエルさんが呼んだ。 「はい、なんですか」 「その…。じっと見つめられると恥ずかしいんですけど」 そういわれ、僕は手にしていたグラスをテーブルに置き、ゆっくりと問い返す。 「そうですか?気のせいですよ」 「いえ、気のせいじゃないと思うんですけどね」 そう言って僕の方をちらっと見ると、見事に目と目が合った。 もちろん、僕はずっとアズラエルさんの事を見ていた。 だから、どちらかと言えば僕の言葉は嘘になる。 でもそれを認めてしまったら、僕はここにいられない気がして、わざと嘘をついた。 まぁ、嘘をつくことはいけない事だけど、仕方ないじゃん。 僕はここから追い出されるわけにはいかないんだからさ。 アズラエルさんが出張から帰ってきた日の次の朝、僕はなぜかアズラエルさんの部屋で目を覚ました。 昨日、アズラエルさんに会ってミルクを飲んで、そのまま眠くなって寝てしまった事を思い出していると、アズラエルさんが近づいてきて、突然こんな事を言ったのだ。 「今日の訓練はやめましょう。今日はお休みです」 そして予定されていた訓練は全て中止になった。 お陰で、僕たちは今日一日、自由に時間を使えるわけだ。 きっとオルガは日の当たるところで本を読むことに没頭してるだろうし、シャニもどこかいいところを見つけて、音楽を聴きつつ昼寝をしているだろう。 そして僕は、アズラエルさんの許可を得て、ここに居座っているわけだ。 「クロト、嘘はダメだといいましたよね?もう一度、僕の目を見て言えますか?」 さわやかな笑顔と共に、アズラエルさんにじっと見つめられた。 正直、アズラエルさんのこの顔に僕は凄く弱い。 小さくため息をつき、僕は嘘をついた事を認めた。 「すみません、嘘です」 そう言うと、アズラエルさんは満足そうに笑ったけど、これで僕が引くと思ったら大間違いだからね。 「だけどアズラエルさん、言いましたよね?今日一日、僕の好きに過ごしていいって」 「えぇ、確かにいいましたよ」 "ですけど…"と言葉を続けるアズラエルさんを畳み掛けるように、僕は口を開く。 「男に二言は無い、ですね?」 そう言って、にっこりと笑って見せれば、アズラエルさんは開きかけてた口を閉じ、またパソコンに向ってカタカタと始めた。 本音を言えば、仕事なんかしないで僕の相手をしてほしいところだけど、そんな我侭が言えるほど、僕も子供ではない。 一様、自分の立場はわかっているつもりだ。 それでも、少しでもこの人の傍にいたくて、僕はこの部屋にいるのだ。 それを選んだのは僕自身だし、別に不満があるわけでもない。 それなのに、アズラエルさんはさっきから他にしたい事はないのかと、僕に聞いてくる。 「ねぇ、アズラエルさん」 「なんですか?」 パソコンの画面から視線を外さずに発せられた言葉に、少しむっときたけど仕方ない。 アズラエルさんは、偉い人で忙しい人なんだから。 「もしかして、ここに僕がいるのは邪魔ですか?」 そう聞くと、アズラエルさんは驚いた顔をして、僕の事を見た。 「そんな事はありませんよ。邪魔だと言うのであれば、初めからここにいる事を許可なんてしませんからね」 よかった…。 アズラエルさんの言葉に、思わず安堵する。 これで邪魔だなんていわれたら、僕は当分立ち直れないからね。 「じゃあ、なんでそんなに僕の事を気にかけるんです?」 僕の言葉が予想外だったのか、アズラエルさんは少し何か考えるように僕から視線を外し、そしてもう一度僕を見た。 「もしかして、傷つきましたか?」 「まぁ、ちょっとは…」 少し視線をそらしつつ言うと、アズラエルさんはパソコンを離れ、僕の座っているソファーのところまできた。 そして僕と同じ目線になるように腰をかがめ、僕の目を見つめた。 「それはすみませんでしたね。ただ僕は、やるべき仕事があって、君の話し相手にもなれず、暇なんじゃないかと思ったもので。折角、今日一日を自由に使えるのに、勿体無くないですか?」 「別に。僕はアズラエルさんの傍にいられる事が嬉しいんですから、いいんですよ」 そう告げると、アズラエルさんはちょっと嬉しそうに笑った。 「でも君たちは、いつも制限されているじゃないですか。本当なら、もっと色んな事を経験したい年頃なのに。ですからたまには、自由に時間を使えたらと思ったんですけどね」 そう、少し寂しそうに言うアズラエルさんに、僕は抱きついた。 「クロト?」 「そんな事、ないですよ。アズラエルさん…」 アズラエルさんは、気づかないんですね。 僕は幸せなんですよ。 こうやってあなたの傍にいられる事が。 あなたに触れていられる事が。 すでにあなたは、僕に自由を与えてくれているのですよ。 いつでもあなたの傍に"自由"にいられる権利をね。 「そんな事を思うんなら、早く仕事終らせてよね」 「そうですね。それを君が望むというのなら、頑張りましょう」 そう言って、アズラエルさんはにっこりと笑い、再びデスクに戻った。 僕は氷の融けかけたオレンジジュースの入ったグラスに手を伸ばし、そんなアズラエルさんの姿を見つめた。 アズラエルさんが一刻も早く、自由な時間を作ってくれる事を望みながら。 |
END |