vsサブナック
それにしても驚きました。
遠方への出張から帰ってきたら、僕の部屋の前にクロトが居たんですから。
思わず腕にしている時計に目をやりましたが、時計の針はほぼ真上を指そうとしていました。いい子はベッドに寝る時間です。
それにも関わらず、僕の部屋の前に、クロトは立っていたんです。
それは幻であるはずもなく、僕が声を掛けたら、クロトは振り返りました。
もちろんクロトも、突然僕が後ろから現れて、かなり驚いてましたがね。

取り合えず、立ち話もなんだったので、部屋に招きいれたわけです。
ですが当のクロトは俯いてばかりで、そんなクロトの緊張をほぐそうと、僕は彼にホットミルクを出したんです。
もちろん、それには別の策略もあったわけですが。

クロトの可愛い本音も聞けたところで、クロトにも睡魔が襲ってきたらしく、僕はそのまま僕のベッドに運びました。
お陰で今は、僕のベッドで健やかな寝息を立てて寝ています。
そんなクロトに、僕はそっと口付けを落とした。
本人が起きている時は、滅多にしませんからね。
最近では、そうそう時間もありませんし、何よりクロトが恥ずかしがりますし。
けど、こうやって君が来てくれたんですから、これ位の我侭はいいでしょう?

それにしても5日ぶりですね。こうして君と会うのは。
これでも僕も、人の上に立つ人間ですから、色々とやる事があるわけです。
ですから、5日間の出張は仕方のない事でしょう。
それでも本当は、君に会えないのは辛いんですよ。出来ればずっと傍にいて、こうして君のちょっと癖のある髪や肌に触れていたんです。

ですが、目の下のクマや肌荒れはいただけないですね。
まぁ、それに気付いたから、ミルクにちょっとアルコールを混ぜたんですけどね。
取り合えず、今は健やかに眠っているので、大丈夫でしょう。

「それにしても困りましたね」

思わず、独り言がもれる。
本当ならこのまま傍に置いておきたいのですが、さすがにそれも出来ません。
これから、僕が留守にしてた間に溜まった仕事を片付けないといけませんし。
となると、誰かにクロトを引き取ってもらうしかありませんね。

机の上のボタンを押し、ある一室の内線に繋ぐ。

「やはりまだ、起きてましたね。すみませんが、急いで僕の部屋に来てもらえますか?」

彼に反論する間を与えずに、さっさと内線を切り、彼の到着を待ちます。
しばらくして、不機嫌そうなオルガがやってきました。

「すみませんが、クロトを部屋に運んでもらえますか?」

そう言うと、もともと不機嫌そうな顔をしていた彼が、より一層不機嫌な顔をした。

「オッサン、クロトに手を出したのか?」

おやおや、心外ですね。

「残念ながら僕は、寝ている人間に何かするほど、野蛮な人間じゃありませんよ」
「けっ、よく言うぜ」

本当に君は口が悪いですね。少しはクロトを見習ったらどうです?
少なくとも彼は、僕に対しては身分をわきまえていると言うのに…。

「あと1つ、お願いがあるんですがいいですか?」
「なんだよ」
「僕がいない間、クロトの面倒を見てもらえますか?」

いくらなんでも、僕が居なくなっただけで、この生活の乱れはいただけませんからね。
そんな僕の申し出に、オルガはうんざりとばかりに、ため息を吐き出しました。

「俺は、これでもこいつの面倒を見ているつもりだ。だけどな、こいつはお前じゃないと意味が無いんだよ」

オルガの予想もしなかった言葉に、僕はいつもより一歩半反応が遅れてしまいました。

「と、言いますと?」
「オッサンが、出張で会えなくなっただけで不眠症に陥ったりするのは、俺じゃどうしようも無いって言ってんだ」

不眠症?クロトがですか?
まさか、クロトの睡眠不足の原因が、僕だったとは思ってもみませんでした。
僕はてっきり、僕がいない間に、クロトがゲームに夢中で毎晩夜更かしをしているものと、思っていましたからね。
そうだったんですか。僕に会えず、寂しい想いをしていたんですか、クロトは…。
不謹慎かもしれませんが、僕はそんなクロトの気持ちがとても嬉しかったりするんです。

「そうだったんですか…。わかりました。君はもう、自分の部屋に戻って結構です」
「ああん?クロトの奴はどうするんだよ」
「クロトは、朝起きるまで僕の部屋にいてもらおうと思います。折角、久しぶりに会えたんです。それ位は僕の自由でしょう?」

僕がそう答えると、オルガはそれ以上何も言わず、ドアのところまで歩いていきました。
しかし、ドアの所で一旦立ち止まると、くるりとこちらを向いた。

「一言だけ言っておくぞ」
「はい、何ですか?」
「もしまた、同じような事が起こったら、そん時は遠慮なく、俺がクロトを奪うからな」

そう言うオルガの目は真剣で、冗談ではないようです。
おやおや、もしかしてライバル宣言ってやつですか?
可愛いものですね、オルガも。

「どうぞお好きに。ですが、そう簡単にはいかないと思いますよ?」

クロトは僕の事を、とても信用してますし、好いてくれています。
そして僕も、クロトの事を愛しています。
今回の事は、予想外の事でしたが、もう2度と同じ真似をするつもりはありませんからね。

「その言葉、覚えておけよ」
「えぇ、もちろんですよ」

そう答えると、オルガは部屋を出て行きました。
それを確認すると、僕はベッドで眠っているクロトの髪に触れた。

「もう2度と、君に寂しい思いはさせませんからね」

そう言って、もう1度クロトの唇にキスをした。
それは誓いのしるし。
君に寂しい思いをさせないという。

「じゃあ、僕はさっさとお仕事を終わらせますかね」

そう言って、僕は書類が沢山積まれているいるデスクに向った。



END





モドル